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愚者5~約束された平和①

 アカドゥル渓谷を抜け、カバンバイ丘陵の南に布陣したファルス軍の前衛部隊は、前方に建設されている防衛陣地の情報を本隊に送っていた。

 渓谷に布陣している本隊では、ファルス国王アルプ・アル・スランが、その詳細な報告を受けて溜息をつく。


「敵は丘陵地帯に40万の兵力で防衛陣地を築いています。そのほとんどは市民兵のようですが、後方の帝都には正規兵10万が待機しているようです」


 宰相のアル・マリクは、会議室の地図に用意された防衛陣地の模型から、その堅牢さ、敵の兵力の多さを指摘する。


「索敵の航空騎兵にかなりの損害が出ています。陣地や帝都へ偵察に行ったものはほとんどか未帰還騎になっていて、毎日の継続索敵ができません」


 航空騎兵“シュトゥーカ”の隊長アイーシャは、帝都への航空偵察の難しさを進言した。


「陛下、東方のレナ族はアスンシオンとの和平に合意、正式に講和を決定したようです。そして北のアテナ族の海賊達も湾内に閉じ込められて撃滅されたとか」


 外交官のマールバラは、周辺情勢について悲観的な見通しを述べた。つまり、自軍以外の要因で帝国が崩れる可能性は無くなったのである。


「アスンシオン領内のカウル族ですが、我々に帰属した長男のクトゥク、長男に対抗している次男のエゲン共に、アスンシオンを支持する三男のバアトルに圧されています。フルリ族を援軍に出していますが、彼らはもともと他種族の家督争いには口を出さない主義でして……」


 宮廷楽師のバールバドは、帝国から離反して内戦中のカウル族の動向は不透明である旨を説明した。

 帝国軍はカウル族の内紛で軽騎兵隊を失ったが、それを取り戻せば、ファルス軍の機動力での優位はなくなる。


「直接、敵の陣地を見てきたが極めて堅固だ。成形炸薬法弾にも耐えられるように工夫してある。あれを建設している指揮官は噂の皇帝の妃、“鮮血の姫”だそうだな。さすが、帝国の猛しい姫君と称賛するべきかな?」


 大将軍アル・タ・バズスは、防衛陣地の司令官を他人事のように褒め称えた。


「敵の中枢に近いのだから、抵抗が激しくなるのは予想された事だ。イリ方面からの進出やクリャージ川の西方からの進出も考えられるが、その場合はどうしてもエステル川水系を渡河しなければならない。敵の河川艦隊は健在、さらに要衝アスタナ要塞を突破しなくてはならず、とてもではないが補給を維持できないだろう」


 分遣隊の将軍ハサン・トゥトゥシュは迂回戦術を採るのは難しいと進言する。


「敵はさらに増強を続けています。報告では、レナ軍を撃破した際に、エルミナ王国の“聖女連隊”が参加しているのが見られたとか。エルマリア王女の気がなぜ変わったのか分かりませんが」


 宰相アル・マリクはさらに付け加える。


「好きと嫌いは表裏一体よ。ずっと嫌いだったけど皇帝に直接会ったら、急にトキめいて、祖国解放に目覚めたのかもね」

「女は嫌いな人に対しては、嫌いと表現するより、まずは無視ですからね」


 踊り子ファティマはそう茶化す。アイーシャも話を合わせた。


「皆の意見は分かった。どうやら結論は出ているようだ」


 国王アルプ・アル・スランは、そう発言すると立ち上がって宣言する。


「ローランド戦役から合わせると約一年半、潮時だろう。帝国の奴らもこちらの実力を思い知っているだろうし、捕虜もたくさん取った。ある程度奴らに旨いエサを吊り下げて華を持たせてやって、我々も講和することにしよう」

「はっ、ではただちに準備致します」


 結局、ファルス王国は妥当な選択をした。帝国に多少譲歩して講和することにしたのである。

 その日のうちに説客の外交官マールバラが全権大使に任命され、彼はただちに帝国軍へと派遣された。


****************************************


 皇帝率いる後宮師団が帝都に凱旋する。

 強国レナ王国をたった10日余りで撃破したこと、さらにアテナ族の海賊を撃破したことで、市民に歓声で迎えられるかというと、そうでもない。


 帝都の人々は、身体が入れ替わった状態のままで、市民の精神的困惑は続いていた。さらに再動員が決定され、国民財産の強制徴発も行われている。娯楽はすべて禁止、物価は高騰、食料はすべて配給制、物資は軍需優先、そして余暇もない。

 不自由で不便な生活、さらに自分の身体まで別人なのである。


 しかも、皇帝のレナ軍に対する戦勝も、その講和条件がレナ側の要求をほとんど呑む全面敗北に近い内容だったため、新聞報道でも勝利を謳うような好意的な内容は一切無い。それどころか、皇帝に対し先祖が血を流して得た自国の土地を譲り渡して妥協した売国奴と罵るものまであった。


 そんな混沌とした中、政府に戻った皇帝レンは、ちょうどファルス側の使者マールバラが、帝都最終防衛線「プリンセス・ライン」に到着したと報告を受ける。


 皇后アンセムは、皇帝の帰還を前に打ち合わせの為、帝都に戻っていた。全権大使の訪問を受けた防衛線の代理指揮官レーヴァン・コンテ・タブアエランは、彼を伴って帝都に戻って来る。

 そして、帝都に到着したマールバラは直接面会の前に、国王アルプ・アル・スランの親書を届けた。


「レン陛下、敵は何といってきたのですか?」

「講和したいってさ。占領している帝国の領土は返す。寝返ったカウル族、アヴジェ族は、帝国に再帰順、帝国政府は彼らの罪を問わない。捕虜に関しては、頭数で等価交換、不足分は身代金を払ってねって感じだね」


 アンセムがその内容を聞く限り、驚くほど好条件だった。敵は最低でもこちらの責任者の処分、つまり皇帝の退位ぐらいは申し向けて来るかと思っていたのである。

 捕虜の人数は多く、金銭的な負担は大きい。しかし、帝国はもともと経済力の強い国だ。戦争が終われば払えない額ではない。


「やっと…… やっと、戦争が終わるのか……」


 アンセムは、苦難の終わりを感慨深く実感すると同時に、少し残念に思った。


「アンセム~ 工兵のアンセムじゃ、せっかく作った陣地が無駄になったと思ってるんじゃないのぉ?」

「そりゃ思ってるさ。でもこれで良かったんだ」


 第21妃メトネ・バイコヌールは無邪気な表情で彼の心中を見透かして言う。

 彼が帝都の市民を40万人も動員し、帝国の資材をありったけ強制徴発して作った長大な防衛陣地は、無駄な投資になったのである。


「いやぁ、アンセム君のお陰だよ。敵が戦略目標の達成を諦めてくれないと、交渉には入れないものさ。敵が攻略を断念するほどの完成された陣地があるから、こうして敵の意図が挫けたんだ。君の作った陣地がこの講和を成立させたんだよ」


 アンセムは皇帝レンにそう評価されると嬉しくなる。戦って勝つのは戦争の一手段に過ぎない。相手の意図を挫き戦略目標を達成するのが戦争の本筋だ。


 帝国も彼も、この戦争で多くの大切なモノをたくさん失った。それがやっと終わるのである。


 その後、皇帝レンと全権大使マールバラの面談が行われ、停戦交渉は大筋で纏まった。

 講和の内容は、帝国人の誰が見てもかなり好条件に見えたし、他の閣僚も喜んで賛成している。

 ファルス側は、あまり時間を掛けたくなかったようであった。

 その日の内に停戦協定が結ばれ、さらに次の日には、さっそく皇帝と全権大使による調印式が行われる。

 調印式は、新聞記者を集めて大々的に発表され、国民は辛い戦争の終結を歓呼の声で喜んでいる。


 アンセムは外交官マールバラを「プリンセス・ライン」まで見送った。そして、両軍の撤収作業について、細かい事務的な手順を打ち合わせる。

 部隊の撤退については、ファルス側は戦略的価値と無関係の場所に布陣しているし、アンセムは帝都最終防衛線に布陣している。

 そのため、ファルス側から誠意をもって順次撤退するという方針で概ね問題はなかった。


「あなたが噂の“鮮血の姫”ですか。とてもお美しい方なので驚きましたよ。我々ファルスでは、帝都の最終防衛線を皇后妃が守備していると聞いて、皆驚き、どれだけ猛々しい姫なのかと、噂していたものです」

「そりゃあ、どうも」

「平和になったら、是非とも我が美しき高原の国ファルスへご訪問ください。我々トルバドール族は旅を愛する種族ですから」


 アンセムは男に美しいなどと言われても何も思わない。トルバドール族の男は吟遊詩人が多いと言うが、こういう美麗字句が好きなのだなと思った。

 もっとも、他種族から見ればラグナ族も同じである。


 撤退手順について確認文書を交付しあうと、マールバラは去っていった。

 アンセムは彼らを見送った後、自分が作った壮大な防衛陣地を眺めて呟く。


「こりゃあ、あと片付けが大変だな」


 アンセムが行った仕事は未曽有の突貫工事でありながら、帝国史に残る大事業だったのである。


****************************************


 その日の夜、帝都防衛司令官アンセム・コンテ・ヴォルチ、帝都防衛副官レーヴァン・コンテ・タブアエラン、帝都防衛参謀シムス・リッツ・フォーサイス、そして部下の工兵士官達は、急遽、帝都に呼び戻された。

 深夜にもかかわらずの帝都防衛部隊の幹部全員の召集である。彼らは、なにごとかまた異変があったのかと慌てて参集する。


 彼らが到着すると、政庁の会議室には、帝国軍の幹部、閣僚がすべて揃っていた。時刻は深夜の2時過ぎである。

 机の向こう側にいる皇帝レンは優しい平和的な笑顔だった。


「さて、みんな集まったかな?」


 皇帝レンが、次に発した言葉は、その場にいた閣僚達を全員凍り付かせるのに十分な内容である。


「じゃあ、これから条約破ってファルス軍を背中から叩くよ。奴らに戦争の恐ろしさを思い知らせてやらないとね」


 そう宣言する彼は、とても楽しそうに喜々としている。


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