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愚者4~女神の軍団③

 帝国歴3017年8月9日、パブロダルの北東方約100kmの地点で両軍は対峙した。

 開戦は正午ごろである。


「急造の野戦陣地だな。アスンシオンらしいが」


 敵の陣地を観察していたイェルドは、そう感想した。簡素な柵と土嚢、塹壕が掘ってあるだけ。彼らが突破したヴェルダン要塞の濃密な砦群とは比べ物にならない。


 もちろん、レナ族の法兵は強力な事で有名なので、敵の歩兵が塹壕で対抗することは十分考えられることだ。生身で晒されたら一網打尽である。


 上空から、索敵中の航空騎兵隊長のミアが合図を送っている。後方にいる法兵隊も攻撃準備が出来ているようだ。歩兵隊、騎兵隊もいつでも戦える体制だった。

 彼も上空の妹に信号弾を送る。


「攻撃開始! 蹂躙せよ!」

「おう!」


 レナ族では指揮官も前に出て戦う場合が多い。種族的に寿命が短く、勇敢な振舞いを求められるからである。

 イェルドは威勢のいい掛け声をかけて騎兵の先頭に立って突撃を開始した。両翼からラスムスが歩兵を指揮してこちらも合わせて突撃を開始する。


 レナ軍第8師団は、騎兵4000、歩兵16000、法兵4000、工兵1000、補給兵4000(ただし現状にはいない)、航空騎兵1000(うち整備兵が半分、偵察兵を含む)という構成だった。

 レナ族らしい、法兵と歩兵に特化した構成だ。法兵と航空騎兵はすべて女性である。補給部隊が多いのは突出したため補給の負担が大きくなっていることによる。


 対するアスンシオン軍後宮師団は、騎兵4000、歩兵16000、法兵3000、工兵3000、補給兵2000(主に河川艦隊に配置)、航空騎兵2000(主に近郊の飛行場に配置)、偵察兵1000(主に河川艦隊に配置)という構成だった。


 アスンシオン軍後宮師団は支援部隊が4000ほど別の場所にいて本作戦には参加できない。これは敵の後方に回り込んだ都合上仕方がない事である。


 つまり、兵力的にはほぼ同数の戦闘といえる。

 だが、歩兵の内情はかなり違う。後宮師団の歩兵16000には、聖女連隊4000、天槍連隊1000、聖旗連隊1000、巫女連隊4000、テーベ族の月影隊3000がいた。


 レナ軍の戦法は、伝統的でかつ有効な蹂躙戦法である。

 航空騎兵で制空し、法兵を着弾誘導して、敵の法兵や防御陣地を粉砕、前進していた歩兵は陣地を制圧して、騎兵は一気に蹂躙する。

 もっともこの戦法自体はレナ族専用というわけではなく、どこの国でもある当たり前の突破戦術である。


****************************************


「敵航空騎300、北方から来ます」

「敵航空騎200、南方から!」

「敵正面約20000!」


 ムラト族旅団の司令部には次々と報告が入る。そして、彼自身も双眼鏡で布陣を確認していた。


「予想通り、一般的な蹂躙形式の突撃で来ましたね。まぁ、こっちは女の子ばかりだから、お手柔らかにしてほしいものですが」

「索敵の報告だと、敵は両翼に歩兵、中央に騎兵を配置しているようです」


 索敵していた、サブリナ・マグダリアの身体を使う第1偵察大隊長ノートンは、傍にいた報告する。


「じゃあ、伯爵、対空戦闘は任せたよ」

「了解です。レン殿」


 ロウディルは妹の身体で真剣な表情で応答した。


****************************************


 ミア=モニカ・アクセルソン率いるレナ軍航空騎兵隊は敵陣地上空に到達した。南北から分かれて突入したが、敵騎はまったく現れる様子はない。

 倍以上の敵との空中戦を覚悟していた彼女達は拍子抜けしたが、予定通り上空を旋回して敵の陣地を索敵、味方に信号弾を送る。

 これによって、法兵隊が撃ち込むべき場所を指示するのである。


 ヒュンヒュン――


「キャッ!」

「どうしたの!?」


 上空を旋回していた彼女達だが、突然、風を切るような音と共に、弾丸による攻撃を受けた。現在の高度まで届く弩はないはずである。


「対空法!?」


 地上からの対空法撃は、長射程だが、これだけ高度があるとそう簡単に当たらない。

 ミアが地上を確認すると、アスンシオン軍の法兵は、全員対空魔法を装備しているようだった。

 レナ軍でも対空法は使うが、普通、迫撃法による火力優先でここまでの数を装備しない。なぜなら対空法は構造上、対空と狙撃にしか使えないからである。また、航空騎兵同士の空中戦になると敵味方の識別が難しく味方撃ってしまう可能性がある。


 ミア達も対空魔法を警戒はしていたが、帝国軍があまりに濃密な対空射撃を繰り出すのでたまらない。


「全騎回避機動をとりながら味方の支援を!」


 彼女達は訓練された航空騎兵である。上空での回避運動も心得ていた。ただし、敵の陣地に近接するのが難しく、上空に長時間滞在することが出来ないため、味方への航空支援は限られる。


「どういうこと? 迫撃法を用意していないなんて!?」


 航空騎兵の最初の任務は、まず敵航空騎兵を制圧し、次に敵の迫撃法兵を叩く。そのため焼夷擲弾を投擲したり、味方の法撃を誘導する。場合によっては、投槍による直接攻撃も行う。

 法兵は、装備換装に時間がかかる。迫撃法も対空法も大きくて重い。しかし、ミアが眼下を視認する限り、彼らは迫撃法をまったく準備していない。

 ミアは、敵側の法兵が全員対空装備で、完全に対空対策に偏重していたことに驚いたが、逆に考えれば、それは地上部隊の攻撃を容易にすると考えられる。

 いくらレナ族兵士の火力が高くても、防御は甘い。突撃中に反撃に迫撃法で叩かれたら突破陣形が粉砕されてしまう。相手に迫撃法がないなら、それは地上部隊の突撃をしやすくするだろう。

 彼女は、ただちに信号弾を放ってその状況を師団長の兄に連絡する。


****************************************


「うーん、せっかくの“ソミュア”の火力でも、なかなか当たらないんだな」


 帝国の精鋭法兵隊“ソミュア”の隊長グリンダ・コンテ・サラエヴォニアの身体を使うムラト族旅団の法兵大隊長のマックと、彼が率いる “ソミュア”の身体を使うムラト族旅団の法兵隊は、砲身の長い対空法を使って、対空射撃を行っていた。


 しかし、はるか遠い小さい的には、なかなか命中させることが出来ない。それに、実はマックやムラト族の法兵は対空法を使ったことが無かった。

 法兵の火力はPN回路による。対空魔法の場合、PN回路の強さは射程距離に対して影響が強い。

 帝国一魔力が低い法兵隊と呼ばれたマック達が対空砲を装備しても、射程距離は恥ずかしいレベルになってしまう。

 だが、今の身体は、帝国の精鋭法兵のPN回路を持っている。射程距離は雲泥の差だ。

 しかし、撃ったことがないのだから、当てることは難しい。対空法は迫撃法と違って、命中した場所と角度を調整して次を当てるような武器ではない。


 第16妃レニー・コンテ・マトロソヴァの身体を使う後宮法兵長のロウディル・コンテ・マトロソヴァと彼が率いる後宮法兵隊も対空射撃を行っているが、彼らも苦戦していた。


「レニーの力でも対空法を当てるのはなかなか難しいですねぇ」


 帝国では要塞司令官は法兵の職であることが多い。今の法兵総監バンドゥール・リッツ・ヤロスラヴリの前の配置はアスタナ要塞司令官である。

 それは、要塞はすべて航空騎兵対策に対空法を装備していて、要塞は動かないから、予め設置された対空法は訓練すると同じ場所に撃てるようになるからである。その指導のために、要塞司令官は法兵職なのだ。


 もっとも、上空の航空騎兵達は、直接攻撃を企図していなかった。単に監視、誘導目的のようである。

 直進してくれば当てやすいが、熟練されたテクニックで旋回する彼女達に弾を当たるのは難しい。


****************************************


「おや、ミアの信号弾。敵対空法多数、迫撃法は…… なし?」


 上空の妹からの信号弾を見ていたイェルドは、疑問に思いながらも、絶好の突撃機会だと考えた。


「よし、じゃあ、いくか。法撃開始、こちらは敵陣の前面まで進出する!」


 攻撃準備法撃の合図を放つイェルド。少し後方に配置されていた、シーラ=マリー・アクセルソン率いる“女神連隊”の法兵隊は、ただちに法撃を開始した。

 女神アルテナの力を受けた彼女達の法兵火力は大陸最強。強靭な要塞を吹き飛ばすほどである。

 眼前にある即席の急造陣地など木っ端みじんになるはずだ。


 強烈な地響きが戦場に鳴り響く。

 法兵隊の弾幕に合わせて、歩兵と騎兵も前進を開始する。法兵が弾幕を止める頃に、歩兵と騎兵が同時に敵の防衛線に突入を開始する手筈だ。

 とても訓練された動きである。これだけの火力を叩きこまれた後に、これだけの兵力で突入されたら、普通は防御側が持たない。


 だが、彼らの目論見はそうはいかなかった。


****************************************


「すごいですね、“陽彩”の力は」

「いやー、こんな便利なものを持っているなんて、ランス族の純潔主義に感謝しなくちゃね」


 皇帝レンと参謀のトーマスは、その火力をみて感想を漏らす。

 しかし、それはレナ族の火力についてではなく、自分たちの状況についてである。

 大陸最強の法兵隊による火力を受けながら、レン率いる後宮師団の兵員や陣地は微塵も損害を受けていなかった。

 レナ族が誇る法撃魔法は、着弾近くになると、虹色の光を放って大幅に威力を削がれ、着弾する頃には、弱い花火程度の火力になってしまう。


 これは、エルミナ王国が誇るランス族の処女で構成された“聖女連隊”、その“陽彩”の力である。

 この力を持っているのは、ランス族の身体であって、精神ではない。その身体を全て奪ったムラト族旅団は、彼女達の身体を前衛に配置していた。


 レナ族は不器用なことで知られ、法撃も大雑把だ。関係がない場所に着弾している法弾だけは、“陽彩”の影響を受けずに、激しい地響きを鳴らしているが、主要な部分はまったく影響がなかった。


「まったく…… こんな凄い力があるなら、俺達はあんなに多くのモノを失わずに済んだんだが……」


 ハティル・コンテ・ドノーはその様子を見ていて思う。

 エルミナ戦線で、この力を有効に使っていれば、味方の損害は大幅に軽減されていただろう。おそらく、いくつか勝っていた局面はあったはずだ。

 だが、この力を使うためには、彼女達は前衛に立たなくてはならない。この法撃弾幕の後に敵の突撃があることは戦術的に自明である。

 いくら特殊能力があっても、“聖女連隊”の精神や腕力は普通の女の子。その後で突撃を受けるという恐怖を持ったまま、しかし法撃を受けている間は、ずっと前衛に立たなくてはならないのである。

 この能力を使う上で一番問題なのは、やはり精神は普通の女の子であることの方なのかもしれない。

 ドノー伯はこの問題の解決策が、彼女達の身体を没収することが最善などとは考えたくなかったが、事実それが効果を上げているのだから、否定しようもない。


 隊列の各所には、エルミオンヌ族の“聖旗連隊”が配置されていた。

 エルミオンヌ族は、アスンシオン帝国に住む少数種族でR属のラグナ族とは別系統、エクスシア系の種族である。とはいえ外見は非常によく似ている。

 エルミオンヌ族は、“ブレイヴ”の能力がある。周囲の味方に対して、勇気を高めその能力を高める。彼女達がよく軍旗を持つのは、その能力の範囲を広げる為であるという。

 エルミオンヌ族はかつてエルミナ王国のある地域に居住していた。エルミナ王国の名前はエルミオンヌ族からきている。

 当初は、エルミオンヌ族とランス族は共に暮らしていた。特殊能力的に相性も良く、蜜月の時代もあった。

 だが、ある事件を発端に対立し、結果ランス族が勝利、エルミオンヌ族はローラシア帝国やアスンシオン帝国に亡命して、ひっそりと暮らしている。

 軋轢の原因は様々あるが、ランス族はマキナ教徒、エルミオンヌ族はエクス教徒であることが大きいだろう。マキナ教徒は“啓蒙の法”従い、エクス教徒は“聖典の法”に従う。聖典は神から与えられた教義という意味である。

 よって、今でもエルミオンヌ族にとって、ランス族は仇敵だった。もちろん、エルミナ戦役へ援軍としての参戦など最初から要請もされない。その仇敵の種族同士が並んで抜群の配置で連携している。文化的な憎悪の歴史的背景など、精神が別人であれば関係が無い。


 さらにレンは、煙幕を用意していた。

 激しい音で、連絡は途絶えていたが、各隊は予定通り、煙幕を使用して、着弾が効果を上げているように見せた。

 これは、航空騎兵からの視認を隠す偽装である。


 敵の航空騎兵がもう少し陣地に近づいていれば、法撃がまったく効果を上げていないことに気が付いたかもしれない。

 そのために対空法を多数用意したのである。

 煙幕を法撃の効果と誤認した上空の航空騎隊は敵陣地の壊滅の信号弾を味方に放った。


****************************************


「突撃――!」


 激しい法撃が止み、雄叫びを上げながら陣地に殺到するレナ軍の歩兵部隊。イェルドの傅役、ラスムスも先頭に立って突撃を開始した。


 だが、突撃中の地上部隊は猛烈な飛び道具の反撃を受ける。

 まず弩の弾幕が飛んできた。その反撃があまりに激烈だったので、法撃の効果を疑う者もいたが、アスンシオン軍の歩兵は普通、弩を装備しているし、塹壕が確認されていたので、法撃に耐えた塹壕から放たれたものと判断して突撃は継続される。


 レナ族の法撃は確かに大陸一だが、塹壕の法撃に対する防御力はとても高い。だから、歩兵は法撃中ここに隠れて、突入してくる敵に弩で反撃する。その程度の反撃は予想された事だ。

 だからこそ、兵力を集中して一気に突破を図るのである。弩は連射が出来ない。

 そして、塹壕自体は凹みに隠れるものだ。直接的な斬り合いになってしまえば、攻撃側の方が強い。


 だが、弩の直後に飛んできたのは、円盤状の飛び道具だった。


 回転力を与えられて飛来する飛び道具、円月輪は南方の熱帯地方で使われる。

 しかし、金属鎧を着られないような蒸し暑い環境で使う武器で、固められている装甲を撃ち抜けるほどの威力はないはずである。

 ところが、敵軍から放たれるこの円月輪は、金属鎧で威力を削がれることなく貫通し、一撃で歩兵を薙ぎ倒した。


「な、なんだこれは!?」

「チャクラム? マトモな威力じゃないぞ!?」


 ラスムスはその投げ込まれる円月輪の威力に驚いた。いくら回転力を加えたところで、所詮は斬る武器である。空中でのバランスで射程が伸びているだけで、金属装甲を貫通する力などないはず。

 ところが、その円月輪は前方の歩兵を突き破って、その後ろにいた歩兵まで突き刺さっている。こんなに貫通威力のある円月輪など聞いたことが無い。


****************************************


 円月輪を投げているのは、レンを信奉するラール率いるローランダー族の精鋭“拳聖隊”、だが、その使用している身体は、テーベ族の女性メイド兵である。

 テーベ族の“月影”の力は、手で投げた投擲武器に対してのみ有効だ。


 投擲武器で一番射程が長いのは、投槍である。

 しかし、女性は投槍の投擲が男性よりも苦手である。これは身体の構造上そうなっているので仕方がない。人類は投槍の投擲を覚えたから直立二足歩行の人類になったという説もあるぐらいだ。


 テーベ族の男性は投槍を使うが、テーベ族の女性は通常、投剣を使う。射程は大幅に劣るが、軽量で投げやすい。

 しかし、テーベ族の女性の身体を手に入れた“拳聖隊”は、円月輪を使用した。これも手で投げる投擲武器で、“月影”は有効である。

 射程は、投剣より大幅に長く約5倍程度もある。テーベ族の女性の投擲貫通力は極めて高く、射程が長いとそれだけ強力だ。

 ただし円月輪の使用には極めて熟練を要する。この点、テーベ族女性の身体を使用している“拳聖隊”はこの武器に精通した熟練兵だった。


 ラール達の円月輪はどんどん飛来する。

 他の歩兵も所持していた弩に太矢を込めて放っている。前衛のランス族の“聖女連隊”など全員が射撃に参加している。彼女達は弩の訓練などしたことはないはずだが、中の人は違った。


 これらの飛び道具による攻撃で、レナ族の歩兵隊は壊滅的損害を受けた。そもそも、法兵によって破壊されているはずの陣地がまったく損害を受けていない。積まれた土嚢も、木柵も壊れておらず、そんな状況で歩兵が前進したら、飛び道具の格好の的である。


 それでも、ラスムスを含めた一部の者達は、敵陣内に突入を果たした。損害を顧みず突撃する勇敢さは褒め称えられるべきだろうが、この場合は、相手を侮った次の報いが現れた。

 彼らを待ち受けていたのは、また別の特殊能力である。


「バサラ族!?」


 突入した彼らの前に表れたのは、東方の巫女服を着るバサラ族である。

 帝国に住むバサラ族は男女とも“修羅”という特殊能力があり、斬攻撃を行う剣に対して、テーベ族の“月影”のような貫通効果がある。

 さらに、バサラ族の処女は“戦巫女”という能力を持っている。これはヴァルキリー族の“戦処女”のように、処女であれば自身の能力を大幅に高める力がある。


 ただし、バサラ族の女性は非戦的な性格で戦わない。バサラ文化では、戦うのは男の仕事で女は家を守るものとされていた。当然、徴兵には応じない。

 だが、強力な“戦巫女”の力を持つ彼女達の身体は、全員ムラト族旅団の男達によって奪われていた。

 そして、新しい身体の持ち主によって、この戦場に立たされてしまっているのである。そして、あろうことかバサラ族文化では使用しない武器である弩で射撃に参加し、そして突入して来た彼らに対して抜刀して斬り合いを始めたのである。


 この“戦巫女”の能力上昇はとても強力だった。“修羅”による倭刀の攻撃力も致命的である。

 バサラ族の女性でも、ごく稀に戦う者がいて、“戦巫女”の能力を駆使した女性剣士の事を“剣姫”と呼ぶ。この“剣姫”が、彼女達の身体を奪う事によって、意図的に量産されてしまったのである。


 ラスムスは突入した歩兵達と奮戦するが、剣姫の鋭い攻撃の前に成す術もなく討ち取られた。


****************************************


 中央突破を図っていたイェルドは、陣形中央で思わぬ罠にかかっていた。


「落とし穴!?」


 上空からの索敵では分からなかったが、イェルドが突撃した騎兵の進路には隠蔽された落とし穴が掘ってあったのである。

 彼らは次々とそこに嵌り込んでしまう。


 相手の行動を読む事に長けたレンにとって、塹壕と土嚢でどのように陣地を固めれば騎兵隊がどのように進撃してくるか予想する事など造作もない事だった。


 この罠は極めて原始的な方法で、特殊能力でもなんでもない。しかし、有効であることは疑いがない。


「こんな小細工に怯むな! 突撃だ!」


 落とし穴と弩の攻撃で怯んでいたレナ軍の騎兵隊だったが、イェルドは部下を叱咤すると、訓練された騎乗技術で落とし穴を飛び越え、塹壕を乗り越えて敵の陣地に肉薄する。

 しかし、法撃が効果を上げている様子はない。柵はそのまま残り、突入部隊の進路を妨害していた。

 木柵の中からは飛び道具の射撃が次々と放たれている。


「法撃の効果がまったく無いだと!?」


 イェルドは混乱していた。大陸一と自負する自軍の法撃が、まったく効果を上げていないという状況が信じられなかったのだ。


「くそっ、他の場所は……」


 場所を変えようとする彼に止めを刺したのは、後宮旅団が持つ最後の特殊能力だった。

 現れたのはハイランダー族の女性の身体を使う “天槍連隊”の“惑星”の能力である。これは、接近した敵の行動を遅くする能力である。


 法撃や弓矢などに効果はない。さらに接近戦しか使えない。処女が戦場で使うには危険極まりない力で、この能力目的の為に戦場に処女を投入するのは憚れるレベルだ。だから、ハイランダー族は天槍連隊を実務的な部隊としては編制していない。

 だが、火力主義、突破主義のレナ軍は猛然と突進し、そして、この“惑星”の能力に捕まった。


 イェルドには、相手の動きが何倍にも早く見える。彼の身体の神経伝達は通常の半分以下まで落ち込んでしまっているのである。

 これでは所持している大剣を振るっても当たるわけがない。いかに彼らレナ族が持つ“女神”の力が乗っていても、当たらなければ意味がない。


 さらに、彼女達の身体を使うのは、ムラト族でも精鋭の第1歩兵連隊、指揮をするのはメリエル王女の身体を使うヨーダだった。

 たちまち、彼はハルバードによって引き倒されてしまう。本来、ハイランダー族の長槍兵は、文化的側面から長槍のパイクを装備していたが、彼女の身体を使うムラト族は関係が無いので、多機能なハルバードを持っている。

 イェルドは抵抗しようとするが、近寄られて“惑星”の効果がさらに拡大すると、もはや抵抗することも不可能だった。


****************************************


 午後3時ころ、指揮所で様子を見ていたレンは感想を漏らす。

 敵の歩兵も騎兵も攻撃は失敗し、上空の航空騎兵はどうしていいかわからず混乱している。後方の法兵も撃ってこない。味方の様子が分からないので、対応しかねているようだ。


「どうやら、敵の突撃は防ぎ切ったようだね」

「こちらの被害は微少です。いやはや、特殊能力は恐ろしいですな」

「有効に使えればね。じゃあ、ハティル。これからは君の出番だ」

「心得ました。しかし、この身体だと何か湧いてくるものがないですが……」

「まぁ、女の子だからね、仕方がないよ。では、全軍、陣地を越えて突撃せよ!」


 レンはすかさず反撃命令を出した。

 ドノー伯は、下馬して弩の射撃に参加していた自分の騎兵隊に騎乗させ、他の歩兵達にも陣地から出て反撃を指示する。


「よし、出番だ。いくぞ!」

「おう!」


 ドノー伯はいつもの雄叫びを上げ、部下も応じるが、妹の身体、女の身体ではいまいち気合が入らない。


 指揮官のレンに躊躇ない。

 迎撃戦では十分に対策を取っていたためほとんど被害は出なかったが、陣地を出て反撃を開始すれば、後宮師団側にも相当な被害が出るだろう。レナ族は、法兵も“ヴェスタの加護”に護られ“女神”の火力を持っていて、女の子でも近接火力が高い。

 だが、敵が指揮を失って混乱している今、損害を恐れず突撃して敵を叩き潰さなければならない。


 ドノー伯の騎兵隊が陣地を越えて突撃を開始しようとしたとき、レンは突然相手側の様子を見て対応を変更した。


「ん!? 突撃やめ! 中止!」


 レンは近くにいたトーマスに連絡する。トーマスは信号弾を放って突撃を中止させた。

 レナ軍の本営から、降伏を示す狼煙、そして白旗が揚がったからである。


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