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運命の輪3~入宮初夜③

「いいよ、恥ずかしいから1人で行くよ」


 アンセムは運動から戻ると、マイラに勧められて風呂に向かうことになった。

 一緒に付いて来ようとする侍女に対して、彼は激しく抵抗する。

 アンセムはマイラの裸を想像して目を背け、頬を赤らめる。メトネの件もあり、まだ妙に興奮が冷めない。

 そのあたりはマイラも理解を示した。


「わかりました、お嬢様。それでは一言ご注意があります」

「なに?」

「お髪をお湯に浸けては傷みますので、髪にタオルで巻いてから湯船にお入りください」

「わかった」


 男が絶対に失敗しそうな的確なアドバイスを受けて、彼は風呂桶とタオルと着替えを腰に抱え、決意して出発する。


****************************************


 当たり前だが、浴場はボイラー室の近くにある。

 そして後宮回廊側から辿り着いた浴場は、なぜか入り口が男湯と女湯に分かれていた。


「なんで、後宮に男湯があるんだよ……」


 そう呟いたアンセムだったが、少し考えると、後宮にも男はいた。

 男湯は皇帝専用と考えれば、むしろ男湯があるのは当然ともいえる。


 アンセムは男湯・女湯と掲げられた浴場の前で立ち竦んだ。

 耳を澄ますと、当たり前だが、男湯は誰も入っておらず静かである。対称に女湯からは若い娘達の楽しそうな黄色い声が聞こえてくる。

 彼はその声で中の様子を想像し、今日見た美しい娘達が衣服を纏わない姿で中にいること考えるだけで、心臓の鼓動が早まり、異様なほど興奮してきた。

 エリーゼの身体は、アンセムの男性的な興奮に対して再び激しく抗議する。

 彼の新しい身体には、男の強い性的興奮に反応して外見的にわかるような部分はない。

 しかし、男としてこんなに強烈な興奮状態で果たして女湯に入る事ができるのだろうか?

 アンセムは、その自問に対し、理性を維持できる自信は全くなかった。


 もし、アンセムの身体が妹のエリーゼのものではなかったら、この時の彼の男性的欲求の犠牲者として、最も身近にいる処女、つまりエリーゼが襲われていただろう。

 エリーゼの身体は何も抵抗することはできず、男の欲望の捌け口として思いのままに汚されていたはずである。

 だが、アンセムは妹に対して性的欲求をまったく抱かない。

 妹は美少女だとは思うが、妻にしたいとは思わない。妹の身体が自分の身体になってもそれは変わらない。


 煩悩でクラクラした頭を整理し、アンセムは決意する。

 彼は、男湯の戸を開けて中に入っていった。

 女の身体であっても男の精神は変わらない。身体は処女でも、心はまだ壮健な男子のつもりである。

 それに、この浴場は啓蒙の法で皇帝用と宮女用とに分けられているわけではない。

 男性用と女性用に分けられているのである。ならば男性用の湯を使うべきだ。アンセムは、そう自分を納得させた。



 男湯に入ると、当然の如く誰もいない。

 しかし、使用する者が留守にもかかわらず、いつでも使用できるように整備されていた。

 本来は皇帝しか使わないはずなので、湯を入れても仕方がないはずだが、風呂の構造上湯船の配管が男女の風呂で繋がっているようである。

 若しくは、帝国最高権力者の使用する場所であるから、不在でも常に使用可能な状態に整備することは後宮における日課なのかもしれない。

 これは珍しいことではなく、皇帝の使う馬や武器などは、皇帝が不在で絶対に使用しない日であっても、いつでも使えるように整備しておくものだ。


 アンセムはシャワーで身体を洗って汗を流すとマイラに教わったことを思い出し、髪の毛をタオルで巻いて頭の上に乗せてから湯船に浸かった。


 こんなに大きな浴槽に1人で浸かるのは初めてだ。浴場の維持には大量の燃料を使うために、大貴族でもこれほど大きな施設を持っている者は少ないだろう。

 帝都には何カ所か共同浴場があり、アンセムのような下級貴族はそこを利用する事が多い。

 そのような共同浴場の男湯は、常に男達の喧騒で賑わっていた。


 お湯に浸かった感覚は、男性の時とはかなり違った感触である。

 まず、胸が湯船に浮こうとする。エリーゼの乳房は特に大きいので、浮力感が凄い。股間の感触の違いも大きかったが、そこを考えるとまた興奮してきそうなので、深く考えない事にした。


 静かな風呂で湯船に身体を沈め、年頃の女の子としては考えられないような恥ずかしい姿勢で大の字になり、目を瞑って心を落ちつる。

 ゆったりと湯の浮力に任せていると、とても心地が良く、時間の感覚を忘れる。

 アンセムは、その状態で完全にリラックスしていたため、外への警戒心を怠っていたのは、この後のことを考えれば致命的だったかもしれない。


 ガラッ――


 突然、浴場の戸が開いたのである。アンセムは驚いて、そちらの方を見る。

 入り口には男が立っていた。もちろん、股間にはアンセムも見慣れたモノをぶら下げている。

 男はアンセムの姿を見て少し驚いた様子だったが、特に困惑した様子もなくそのまま浴室内へと入って来た。


挿絵(By みてみん)


「宮女が男湯を使うとは、珍しい娘だな」


 その男はアスンシオン帝国皇帝、リュドミル・シオン・マカロフ。

 アンセムは、交感神経を総動員してすぐに正気に戻ると、湯船から飛び出て片膝を立てて跪き、皇家に対する敬礼の動作を行う。

 士官学校で散々教練したので身体…… いや精神に染みついていた。


 アンセムは訓練した通りにエリーゼの身体を動かして、教練通りの完璧な敬礼をした。

 ただし、それは男がする敬礼である。

 女の身体で、裸で片膝を立てて跪いて敬礼したため、皇帝から見るとエリーゼの秘所がまる見えである。

 その恰好があまりに珍妙なので皇帝は目を逸らした。


「いや、風呂は空いているのだ。自由に使えばよい」


 皇帝そういうと、桶に湯を汲んで身体を濡らす。アンセムはそのまま畏まっているが、自分の状態をみて、急に恥ずかしくなり、そのまま硬直してしまう。

 頭がぐるぐる回ってロクに働かない。


「どこの娘だ」


 皇帝は簡潔に質問した。

 アンセムは混乱していたが、皇帝の命令に身体が反応し、立ち直るとすぐに名乗る。

 これも教練で染みついた成果である。もっとも、この場合はそれが有効に機能したかどうかは別であるが。


「ヴォルチ家当主、アンセム・リッツ・ヴォルチと申します。陛下」


 言った後で、すぐに大きな間違いに気づく。

 いや、どこも間違ってはいない。しかし、もはや訂正しようもない。


「……なかなか面白い奴だ」


 皇帝はそう言うと、アンセムのことなどまるで気にしていないかのように湯船に入る。


 女の身体で跪き男の敬礼をしたり、後宮で自分の名前を正直に言ってしまったり、そもそも皇帝陛下も裸で自分も裸でエリーゼが裸で……

 アンセムの頭は完全にパンクしそうであった。


 そもそも、陛下が帝都に戻るのは2日後ではなかったのか?

 しかし、地方の訪問予定などは、延期したりキャンセルされることもあるだろう。その可能性をまったく考えなかったのは迂闊であった。また、帰宅後にすぐに風呂に向かうのも予想外である。


 いや、逆の立場で冷静に考えてみれば、もし自宅に風呂があった場合、長期不在する仕事から自宅に戻った男は、まず風呂に入ろうとするだろう。

 そう考えれば、帰宅した皇帝がまずここに現れるのは自然の理ともいえる。


「ヴォルチ家の当主が女だという話は聞いたことがないな」


 もはや、フォローのしようもなく、アンセムは事情を説明することにした。


「申し訳ありません陛下。私はアンセム・リッツ・ヴォルチですが、肉体は妹のエリーゼのものです。原因不明の現象で妹のエリーゼと身体が入れ替わってしまい、やむを得ずそのまま後宮に参内いたしました」


 皇帝は怪訝な顔をして聞いている。

 にわかには信じがたい事実である。


「ヴォルチ家の息子といえば、バイコヌールでアタス砦にいた部隊か?」


 アタス砦…… その名前はアンセムに忌々しい記憶を思い出させる。


 3年前、アスンシオン帝国は、敵対する隣のエルミナ王国と内通したとの嫌疑で、南方にあるカラザール伯爵に対する討伐令を下した。

 この措置に、カラザール伯は即座に反応し、エルミナ王国と同盟し、先手を打って隣のバイコヌール公領に侵入した。

 戦闘は主にバイコヌール地内で行われたため、これをバイコヌール戦役と呼ぶ。

 当初、帝国政府はバイコヌール戦役を、三ヶ月程度で終わることを予測していた。

 しかし、カラザール伯軍の粘り強い抵抗とエルミナ王国の軍事介入、皇帝の病気、指揮系統の混乱と悪条件が重なって長期化し、帝国軍は各戦線で苦戦することになる。


 カラザール伯軍によってバイコヌール市に包囲された味方を救援するべく派遣された第一次救援軍の中にアンセムはいた。

 彼は新任の工兵士官として、その途上にある補給集積拠点の設営に携わる。

 しかし、動きの鈍い帝国軍に対して、カラザール伯軍は素早く展開し、野戦築城と地形を活かした分断作戦によって、帝国軍をバイコヌール市、アタス砦、カルサク砦にそれぞれ孤立分断させる包囲戦を仕掛けてきた。

 アンセムはアタス砦の建設に関わっており、多くの味方の収容に成功したが、街道は封鎖され、武器・食糧が窮乏し極めて危険な状態に置かれる。

 当時皇太子であったリュドミルは、再度編成された第二次救援軍を率いてカルサク砦に向ったが、途中でカラザール伯軍の別働隊の奇襲を受けて壊滅。皇太子の退却を助けるために、何人もの親衛隊が命を落としたという。このとき、皇太子と不審な関係であった側近も命を落としたらしい。

 救援の見込みがなくなったカルサク砦は全員が自決して陥落。救援軍敗北の連絡を受けたアタス砦の将兵、そしてアンセムも死を覚悟した。

 その後、カラザール伯と同盟していたエルミナ王国が敗退、宰相に就任したテニアナロタ公が、エルミナ王国とカラザール伯の関係の隙をついて、カラザール伯の罪を許したうえ、伯爵が望む領地の相続を認める代わりに、エルミナ王国と手切れすることで妥協し、外交決着させたのである。

 もし、この合意があと一カ月、いや一週間遅ければ、アンセムもカルサク砦の将兵と同様に砦を枕に討ち死、もしくは餓死していただろう。

 アンセムは工兵士官としてアタス砦建設に携わり、そして施設防衛の現場主任として配置されていた。脱出は考えられない状況にあったのである。

 総括すれば、バイコヌール戦役は帝国軍の敗北である。最後に外交交渉によって全面敗北は免れ、カラザール伯を服従させてメンツは保ったとはいえ、伯爵の要求は全て通る事になったのだ。


「アタス砦の件は、私の戦略ミスだ。カルサク砦ではなく、アタス砦に進軍するべきだった」


 男女が同じ風呂に入っている光景というのは異様である。とはいえ、形式上、皇帝が夫でアンセムが側室、つまり夫婦なのだから、それを問題とするのはおかしいのだが。


「そうすれば、あいつは死なずに済んだのだ……」


 皇帝は風呂の中で静かに目を閉じ、瞑想するように呟く。


「陛下。恐れながら申し上げます」

「なんだ?」

「陛下の戦術的失敗の原因は、解囲を早急に目指し過ぎた事にあると思います」


 アンセムが皇帝の戦術に異を唱えたので、皇帝は不機嫌そうになった。


「女に軍略がわかるのか?」

「いえ…… 私は女ではありません」

「そうだったな」


 皇帝は苦笑する。アスンシオン帝国では、戦場では指揮官の命令は絶対だが、事前軍議に参加している士官は、位階や立場に捉われず意見を発して良いことになっていた。


「陛下の援軍がアタス砦に来ても、敵はアタス砦で待ち伏せしたでしょう。既に我々は後手に回っていたのです」

「……だが、父上は私に孤立する味方を救援せよと命じたのだ。部下達も早急な救援が必要と上申している。包囲されている城砦からも…… お前達のいたアタス砦からも早期救援を求める使者が何度も来たぞ。早期の解囲を放棄する策などあるまい」

「そこが敵の狙い目なのです。我々の手を狭めて、進路を固定させる。後手に回った上、こちらの打つ手を絞られては、どんなに大きな力があっても打ち破られてしまいます」

「では、おまえはどうすれば良かったと思うのだ?」

「陛下、カラザール伯はアカドゥル渓谷を領地に欲していました。これには理由があります」

「アカドゥル渓谷がもともとカラザール家の領地だからだ」

「いえ、カラザール伯の領地には、アカドゥル渓谷に地政学上の弱点があるからなのです」

「地政学上の弱点?」

「はい、カラザール伯の領地へはアカドゥル渓谷を突破するとその中枢地域へ簡単に進軍できます。ここは伯爵の弱点になりやすいのです」

「しかし、アカドゥル渓谷は道険しくて狭く、帝都から大軍で通過するのは不可能だ」

「道が狭くて険しいから軍隊が通れないということはありません」


 アンセムは答える。険しい場所に道を作るのが職務の工兵らしい意見である。


「つまり、砦の救援に向かわずに敵の本拠地を直接叩くべきだった。と言いたいのだな」

「その通りです」

「もし、敵が本拠地で待ち構えていたらどうする? 退路を険しいアカドゥル渓谷に阻まれて補給もままならず全滅することになるぞ」

「敵が、陛下の援軍がリスクを恐れずアカドゥル渓谷を越えて本拠地を叩くと判断したのならそうするでしょう。しかし、そうはなりません」

「なぜだ?」

「陛下がそういうリスクの大きい戦略はとらないという確信があるからです。だから本拠地を空にしてバイコヌール領に攻め寄せる事ができる」

「つまり、私の性格から真っ直ぐに味方の救援に来ると確信されていたのか」

「はい」

「そうか…… 」


 再び皇帝は目を瞑り何かを考えている。

 アンセムの直言は皇帝が単純で読まれやすい戦法を用いたことを諫言している内容であり、不敬であったかもしれない。


「敵に私の若輩を読まれていたということか。カラザールには相当な知恵者がいたということだな」


 皇帝の指摘はその通りだと思う。

 カラザール伯軍は、圧倒的戦力差に対して、柔軟な外交術、正しい戦略眼、巧みな戦術機動で、常に帝国軍を翻弄し終始優勢に戦況を動かした。

 カラザール伯は、有能な将軍で野心家とは噂されていたが、そこまでの軍略家ではなかったと思う。

 あの時の敵方には、間違いなく稀代の名将といえる人物がいたはずだ。

 だが、それが誰かは分からない。表向きは、カラザール伯とその長男が主導していたからである。


「ヴォルチ卿。今日はなかなか面白かったぞ」

「光栄に存じます」


 アンセムは安堵する。

 男同士の仲の良い士官同士であれば風呂での軍略談義はつきものだ。

 相手が皇帝であったことに本来ならば恐縮するはずだが、文字通り裸の付き合いであったため、意外に思った事を全て話すことができた。


「ふぅ…… 身体も温まった。アンセムよ、もう少し私に付き合って欲しい」

「畏まりました」


 アンセムは皇帝の言葉に従う。

 だが、この時のアンセムはその言葉の意味を取り違えていた。


****************************************


 アンセムは下腹部を抑えて部屋に戻ってきた。迎えたマイラは、その姿を見て、すぐに厚手のガウンを着せる。


「お嬢様、今連絡があって陛下がご帰還なされたということです」

「知ってる」


 アンセムは俯きながら答えた。下腹部に鈍痛があり、痛みでエリーゼの美しい顔は青ざめている。午後に飲んだ痛み止めのロキソフェンも、もう効きそうにない。


「どうしました?」


 マイラはアンセムの様子がおかしい事に気づき、心配そうな顔で尋ねる。


「風呂場で陛下にやられた」

「えっ!?」


 マイラは、あまりの衝撃に声が出ない。


「いたた…… マイラ、冷たい水が欲しい」

「はい、ただいま」


 マイラは手際よく水差しを用意してガラスのコップに注ぐと、アンセムに差し出す。それを一気に飲み干すと彼は幾分落ち着いた様子になった。


「初めて会うのに、いきなりだなんて…… エリーゼ様の容姿はきっと陛下にお気に召されたのでしょう」

「うーん…… エリーゼが陛下の好みという理由ではないと思うけどな」

「でも、愛も育まないうちからお手つきになるなんて、それって一目惚れっていう事じゃないですか」


 マイラの考え方は極めて女性的なもので、運命の出会い的なものを想像しているのだろう。

 だが、アンセムは皇帝がそういう理由でエリーゼに手を付けたのではないと思っていた。


 男が愛を語るのは行為に至るためで、行為に至るのは単に性欲が溜まるからである。

 だから、男は性欲を「処理する」「抜く」という表現を使う。アンセムだって、男であった時には性欲は溜まり、相応の方法で処理していた。

 もし彼が男の身体で男性的性欲が溜まった状態で、こんな若い娘ばかりの場所に放り込まれれば、容易ならざる精神状態になっていただろう。そこには女性が求める愛など介在する余地は無い。


 結局、皇帝がアンセムを押し倒したのは愛などではないと思う。その行為自体もあっという間に終わってしまった。アンセムにすれば、ただ痛かっただけである。

 そして、エリーゼの知らないところで妹の処女を失ってしまったことに、彼は強い背徳感を覚える。

 もちろん、エリーゼは「自分の代わりに後宮に行ってね」と言ったのだから、アンセムに責任はないのであるが。


「皇帝への忠誠を毎日宣誓したが、まさか皇帝の女になるとは思わなかったなぁ……」


 士官学校では、毎日朝夕、各教場に掲げてあった帝国旗に対して敬礼し、国家、皇家、皇帝への忠誠を宣誓したものだ。

 アンセムはまだ残る鈍痛を感じながら、部屋の壁に掛けてある帝国旗を眺めながら、自分の立場について耽っていた。


********************************************


 翌朝、皇帝が政庁へと出発する際、妃全員と特に要件のないメイドは、後宮南門に隣接する挨拶の館の中央ホールで見送りを行う。

 豪華な赤い絨毯が中央に敷かれていて、妃が前列、メイドが後列で左右に分かれて並ぶ。アンセムも妃の列の最後尾にいた。


 皇帝が通路に現れると、メイド長のティトがまず挨拶をし、そのあとに並んでいる妃とメイド達が声を合わせて唱和する。


「いってらっしゃいませ」


 左右に並んだ宮女達は練習された通りのタイミングで一斉に頭を下げた。

 皇帝は、その列の中央を早足で進む。アンセムは頭を下げていたが、皇帝の姿に妙に恥ずかしくなり、皇帝を直視することができない。

 すると、皇帝はアンセムの前で立ち止まり、くるりと向き直る。すぐに、周囲にいた妃やメイド達にざわめきの声が上がる。


「昨日はなかなか面白かった。卿、今晩も私のところに来てもう少し話を聞かせて欲しい」

「はっ」


 いきなり声を掛けられたが、条件反射で彼は立った状態で行う男子の敬礼を行った。

 普通は剣を胸の先で掲げるイメージで右手を当てるのだが、その動作をするにはエリーゼの大きな胸がかなり邪魔である。

 周囲の妃たちの声は、ざわめきから、どよめきへと変わる。


 皇帝はそんな宮女達の声など聞こえないかのように向き直ると、後宮の南門から政庁へと抜けていった。


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