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愚者4~女神の軍団②

 レナ軍第8師団は、エステル川を遡上して、陸路パブロダル市まで2日の場所まで来ている。前方のパブロダル市には帝国軍約3万が入り、防衛準備を固めているという。


 司令官のイェルド・アクセルソンは、レナ王国の第8王子、まだ16歳と若いがレナ族は、強力な“女神”という特殊能力を得た代償に、“側索硬化の呪い”という死に至る恐ろしい病も受け継いでいる。その死病のために30歳から40歳までの間で死に至るため、レナ族は若いうちから大人として扱われ、16歳はけして早熟というわけではない。

 実際、隣にいる妹、法兵長の第48女のシーラ=マリー・アクセルソンはまだ14歳である。


「お兄様、偵察の報告が来ました」


 もう一人の妹、第32女のミア=モニカ・アクセルソンは16歳、航空騎兵長である。航空騎兵の偵察任務も請け負っていた。


「敵が夜の内に後方に回り込んで、陣地を構築したって!?」

「はい、敵の河川艦隊は我々を無視して、どんどん後方に兵力を送っています」

「僕達の退路を断ったというわけか」


 報告を受けたイェルドはエステル大河を見ながらつぶやいた。彼が視認できる範囲でも、河川を航行している艦隊が見える。

 法兵の射程内だが、いくらレナ族の法兵が強力でも、動いている艦船に曲射する迫撃魔法は当てられない。


「王子、こうなる危険は予め申し上げたはず」


 師団参謀のラスムス・ノルドクヴィストはいつものように小言を述べている。彼は、王子の傅役(もりやく)である。


「そんなことは分かっているさ。でも帝国の奴らは、西の戦線で主力を喪失しているというじゃないか。おそらく急編成した3万だろう。僕達は、女神アルテナの加護を受けた強力な精鋭。敵を粉砕して、皇帝に永遠の講和を誓わせる。そうしないと平和は来ないよ」

「ですから、他の兄君と協力し合い、連携してですな……」

「ファルス軍が既に帝都近郊まで侵攻しようとしている今、帝都から遠くヴェルダン周辺でチマチマと地場固めしてなんになるんだ。敵に機動力がある河川艦隊がある以上、僕達にとって奪っても仕方がない土地だよ。だから、急進して帝都を脅かし、かつ東方からの物資流入を断つべきなんだ、そうすれば皇帝は手を上げるしかない」

「お兄様の言われていることはもっともですわ」

「さすがお兄様です」


 レナ族は一緒に育った家族とのつながりが非常に強い。

 ミア=モニカとシーラ=マリーは、典型的なお兄様が大好き思想のレナ族の娘達だった。彼女達は優秀で、非常に強力な航空騎兵と法兵であるが、戦術的な意見としてはまったく役に立たない。


「王子、こうなった以上は、戻って退路の敵を粉砕するしかない。それはご理解いただけますね?」

「もちろんだ。ラグナ族の築城技術は優れているからね。僕達の補給が断たれている状態で強固な陣地を作られると拙い。敵の陣地が整わないうちに速攻で叩く。それが火力主義の僕達のやり方だから」


 イェルドは拳を突き出して、河川艦隊が上陸しているという後方を示した。


「王子には小言を言いましたが、私もまだ戦った事はないですからね。戦いたくて仕方がないですよ。20年前のアスンシオンとの戦争は出陣できなかったが、やっと借りを返せるってもんです」


 彼は33歳。彼が若い頃、レナとアスンシオンの間に大きな戦争があり、その戦争で父や兄などの家族を多く失った。戦争は敗戦してタイミィル半島、ヴェルダン峠、プトラナ台地を奪われた。レナ王国の多くの国民はその屈辱の払暁機会をずっと伺っていたのだ。


 レナ軍第8師団の後宮師団に対抗する作戦はきわめて杜撰に策定された。

 今日は1日引き返して、敵軍から夜襲を受けない距離を置いて布陣、夜が明けたら、移動して敵陣地を全力で攻撃するというものである。

 もっとも、帝国軍も回り込んでから1日しか余裕が無く、たいした設営もできていないはずだという目論見もあった。補給路を断たれた以上、時間が経過して相手に強力な陣地を作られては困るという事情もある。


****************************************


 翌朝、師団長イェルドは、警報の笛で目が覚めた。もちろん夜直の兵が鳴らしたものだ。

 夜明けとともに、帝国軍の航空騎兵の編隊が、大挙して襲撃してきたのである。


「朝駆けか。シーラに対空法で迎撃させろ。ミアは迎撃騎を出すように!」


 彼は、すばやく起きて、側近に指示を出す。そして上空を編隊飛行する、帝国軍の航空騎を観察する。

 彼は、妹達の航空騎兵の訓練や働きをよく見ていた。処女を失う危険性を恐れて男性と引き離すアスンシオンと違い、レナ族はそんなことは気にしない。寿命が短くて出生率が高く、ヴァルキリーの血が濃いので女性が生まれやすいため、若い娘の供給の絶対量が多いという事情はある。


 アスンシオンの航空騎兵隊の動きは、妹達の動きに比べて驚くほど稚拙な動きだった。見た目の数は2000近くいる大編隊なのに、一航過で直進し焼夷擲弾を投げ込むだけ。

 帝国の航空騎兵は弱いと聞いていたが想像以上のレベルの低さである。

 もちろん、今まで帝国軍からのこのような航空騎による払暁攻撃は無かったため、油断はあった。

 そのため、迎撃態勢を整えるはかなり遅れている。そして配置につく頃には、航空騎隊は全て立ち去った後だった。


「ミア、見たかよ。あれだけの大編隊で攻撃して、僕達はカタパルトが少しやられただけ。兵力に被害なし。アスンシオン軍は本当にレベルが低いのだな」

「ええ、お兄様。私も敵騎の動きを見ていましたが、まるで素人同然の動きでした。私達が飛び立ってさえいれば、私と部下の500騎だけでも、全て撃ち落としてみせます」

「あれじゃ、ファルス相手に無残に負け続けたというのも頷けるね」


 大笑いするイェルド。しかし、法兵長のシーラは申し訳なさそうにしている。


「お兄様、対空法は間に合いませんでした。申し訳ありません」

「払暁攻撃で、一航過で逃げ去る相手を対空法で落とすなんて無理だよ。シーラの所為じゃないさ」


 妹のシーラを宥めるイェルド。実は、彼らレナ族は弓が苦手である。弓兵隊も一応いるが練度が低く、法兵に比べて威力も弱いため、量も質も少ない。

 だから、今回の航空攻撃でも弓ではなく対空法に頼ろうとした。だが法兵は配置に時間がかかるため、配置が間に合わなかったのである。


「しかし、あれだけの数を揃えて空襲を仕掛けて、先手を取って打撃を与えるチャンスだったのに、ただ通り過ぎるだけなんて、いくら損害を恐れるにしても逃げ腰すぎるだろう……」


 イェルドは改めて、敵を臆病だと侮っている。レナ族は男女とも勇敢な事で知られていた。彼らの寿命は短く、逃げ腰の人生では、何もしないで終わってしまうからだ。


「今日の昼頃には会敵するはずだからね。あんな航空騎だけど、こちらの突撃の時に、上から絡まれると面倒だ。制空は頼んだよ」

「お任せくださいお兄様」


 彼らは自信を深め、予定通りに進軍を開始した。


****************************************


挿絵(By みてみん)


 後宮師団が上陸した地点では、到着した順に作業を開始していた。

 身体が王族だろうが、メイドだろうが、巫女だろうが関係ない。陣地に到着した者は、みんなでスコップを持って塹壕掘りである。その任務は法兵や騎兵でも逃れられない。


「妹の身体で穴掘りは疲れるな……」

「ドノー伯、私もまさか妹の身体で法撃をする前に穴掘りすることになるとは思わなかったですよ」


 マトロソヴァ伯とドノー伯は騎兵の家系と法兵の家系で軍閥が違ったが、いつのまにか仲良くなっている。

 ちなみに、マトロソヴァ伯の方が年上だが、身体はプリムローザの方が年上である。


「しかし、エルマリア王女やら、後宮の妃達やらメイドやらが黙々と穴掘りしている姿は、なんだか奇妙だよなぁ」

「我々もそうですけどね」


 彼女達は “ヴェスタの加護”を持っているため、金属鎧は付けていない。服装も、ドレスではないが、普段着のスカートの丈の短い服を着ている。歩兵、騎兵、法兵は全員が太腿にVAFリングと呼ばれる専用装備をつけており、これを付けていると金属鎧並みの防御力が得られる。

 この装備は太腿を露出していないと効果が無く、かつ金属鎧を装備していると得られない。

 ただし、防御力は、あくまで金属鎧並みである。衝撃に対してはVAFの方が高い防御力を持っているが、斬撃に対しては金属鎧の方に分があるらしい。

 また極めて高価な装備なため、全員分はとても用意できない。アスタナ要塞を接収したのは、どちらかといえば、これらの装備を入手するという意味合いも大きい。


 この装備で一番重要な点は、女性の攻撃力自体は変わらない事である。

 いくら金属鎧並みの防御力を持っていたって、女性は女性である。“戦処女”“戦巫女”の能力が無ければ、腕力が男性並みに強くなったりはしない。


 だから、塹壕掘り作業は大変な労力だった。

 とはいえ、このためだけに男性の身体を動員すると、陣地構築が間に合わない。後方に回り込んだ都合上、河川艦隊で輸送できる兵力には限りがあるのだ。


 妃達が泥まみれになって作業する姿は、2年前の後宮籠城戦の時にも見られたが、彼女達はどちらかというと嫌々やっていた。それに対して、彼らは進んで穴を掘っている。

 これから戦う敵が、法兵が強力な相手で、塹壕がないと死ぬとわかっているからである。


「ふぅー、進捗状況はどうかな」


 自らもスコップを持って作業しながら質問する皇帝の身体。

 第12妃セーラ・デューク・カザンの身体を使う、第1工兵大隊長のジャンが答える。


「昼の会敵までにはなんとか。団長の希望までの物が出来そうですが時間ギリギリです」

「さすがに疲労困憊じゃ戦いにならないから、三段目は諦めて部隊を休憩させよう。トーマス、部隊に休憩を指示して」

「了解しました」


 作業止めの合図が鳴ると一斉に手を止める。女の姿で、大の字になったり脚を広げて座ったりして、あられもない姿の師団員達。

 休憩に入ると、キッチン長フレッサの身体を使う補給第2大隊長リッキーは部下達と共に、師団に機能性飲料を配っている。

 この飲料はスポーツドリンクと呼ばれる清涼飲料水で、発汗疲労を回復させるためのムラト族の文化の飲み物だ。また容器はPETという素材の特殊樹脂である。

 これらの品々は、優雅さがない、見た目も地味、味も微妙といった理由で、ラグナ族は利用しない。

 だが、今の彼らの姿は1人のムラト族もいないが、身体の意図とは関係なしに、飲まされていた。

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