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愚者3~無血クーデター④

 アンセムは、その日の夕方までにカバンバイ丘陵にある帝都最終防衛線「プリンセス・ライン」に戻ってきた。

 防衛陣地に残した市民兵達の身体になってしまった女性達が心配だったからである。


 アンセムが戻ると、彼女達の様子は様々だった。楽観視している者もいれば、不安そうなものもいる。多くが動揺しているようだったが、少なくとも逃げ出したりしている者はいないようだった。

 幸いなことに敵は現れず、その気配もないらしい。


 そして、戻ったアンセムと一緒に帝都から続々と、もと防衛陣地の兵士だった者達の精神、外見上はラグナ族の女性達が到着した。


 コンドラチェフの身体のマイラは、不安そうな顔をしながらアンセムが陣地に戻るのを出迎えたが、彼と一緒にマイラの身体が来たことに、とても驚いている。


「あ、あたし!?」


 お互い、指を示して驚く侍女のマイラと工兵士官のコンドラチェフ。もちろん、ナーディアの侍女マリカと工兵士官のエイブル、もう一人のレシアの侍女ミーナと工兵士官ストラトスも同じことをしている。


 それだけではなく、マリカとレシアは、彼女達の女主人であるナーディアとレシアの身体が現れた事にも驚いている。


「えっ、お嬢様!? どうして戦場に!?」


 妹のナーディアの身体のレーヴァンと、妹のレシアの身体のシムスは、苦笑せざるを得ない。

 アンセムは帝都の状況、そしてTS法について説明した。帝都で発行している新聞もすべて持って来ている。


「帝都の人たちも全員この現象に合っているの!?」

「大変、洗濯物取り込まないと」

「また、卵の値段が上がるのかしら……」


 多くの彼女達の感想は、あまりアンセムが理性的に受け入れられるものではない。だが、現状を冷静に判断して質問する者もいた。


「……つまり、私達はここで男の身体で戦わなくちゃいけないってことなのでしょうか」

「そうだ。そして、君たちの精神だけじゃない。君たちの身体を使う男達もこれから続々と到着する、そっちも戦わなくちゃならない」


 彼女達はその報告を聞いてショックを受けている。帝都に帰りたいと泣き出す者もいた。もっとも身体は男なので、すすり泣く姿は、可哀そうというより不気味である。


「もし、帝都に逃げたいなら逃げてもいい。TS法では、その身分は精神の立場に従う事になっているから、君たちは一応、今は徴兵された市民という身分ではないよ」

「で、でも私達の身体の方は?」

「君達の身体を使っている男の精神の方は、TS法に従い、もともとの徴兵された身分だ。だから、その立場に従って戦わなければならない」

「そ、そんな! 私達女の身体に戦争をさせるなんて!」


 アンセムの通告は極めて冷たい。

 女の精神の男の身体の兵士は、TS法では強制徴兵された市民兵の身分ではない。だから、帝都の自宅に戻って元の仕事をすることは可能である。

 だが、男の兵士の精神の女の身体は、TS法では徴兵された身分である。だから、アンセムの指揮下で戦わなくてはならない。


「それに…… 帝都では再動員が予定されている。今まではある程度の志願が認められていたが、今回の徴兵令は全ての適正ある男子が対象になる。言いにくいが、今の君達の身体は徴兵適正のある男子のものだ。おそらく、帝都に戻っても後で強制徴兵されるだろう」


 アンセムは、帝都に戻っても、再動員の用意がされていることを告げた。これは、本来は徴兵対象外だった異種族の難民までも含めた動員を行うためのものである。

 身体の性別、年齢や体格で選ばれ、精神の性別の主張など考慮されない。彼女達は、兵士になった壮年の男で、この徴兵令に必ず引っ掛かる。徴兵逃れは、帝国では強制労働の罪だった。


 どちらにせよ、彼女達にとってはとんでもない話である。しかも、殆どの者が自分達の身体と市民兵が入れ替わっており、例え自分がこの場から逃げても、身体を人質に取られているようなものだ。


 女性にとって、自分の身体が戦って死んで、精神だけが男に入れられた身体で生き残っても、それで生きる価値があるのだろうか。


「ひどいです……」

「どうすればいいんでしょうか……」


 皆、口々に困惑を示す。


「皇后様はどうされるのですか?」


 マイラは質問した。彼女はアンセムの侍女なので、この場に残る必要がある。

 だが、彼女はコンドラチェフの身体になってから、アンセムに触れようとしなかった。妃は皇帝以外の男に触れさせることはできないと教育されている彼女にとって、皇后である彼に、たとえ自分の身体であっても、男が触れると穢れると思っているらしい。

 これは女性ではよくある考え方である。


「私? 私は戦うよ。元々そうするつもりだったし、やることは変わらない。帝都のみんなを守るためにね。今度の新しい上司は評価に厳しい人だから」


 アンセムは苦笑する。


「ここに残った場合、私達は何をすることになるのでしょうか?」


 市民兵の身体の女性1人が手を上げて質問する。


「それも変わらない。ここは設営地点だ。敵が来るまでに敵を防げる陣地を構築する。もともとここにいた男達は連れて来たから、労働力は減ったけど、同じことをするだけだ」

「つまり、私達の身体は、ここで陣地設営をするってことですか?」

「敵が来たら戦う。私も、市民の志願兵も」


 女性達はほとんどが悩んでいるようだった。

 アンセムは不思議に思う。ラグナ族、アヴジェ族、ムラト族、バサラ族の女性は航空騎兵や法兵でない限り、ほとんど戦わない。ところがヴァン族、テーベ族、カウル族、タイキ族、エルミオンヌ族では女性も戦うのが当たり前である。

 同じ帝国内の“啓蒙の法”下にあり、人口は違うが、与えられた情報量やルールにそれほど違いはないはずだ。

 女性が戦わないラグナ族とアヴジェ族はR属、ムラト族はH属、バサラ族はE属。女性が戦うヴァン族、テーベ族、エルミオンヌ族はR属、カウル族はH属、タイキ族はT属である。遺伝子的な差異があるとは到底思えない。

 どうしてこの差が生まれるのだろうか。


「皇后様、みんなや帝都を守るためなら私達はどうすればいいでしょうか?」

「そうだなぁ、男の労働力がなければ敵が来るまでに陣地が完成しない。実は、帝都での男子の再動員は私が要請したものだ。とにかく労働力を結集する。帝都と防衛線の補給ラインを整備して、資材の搬送を容易にするのが目的だ。厳しいようだが、帝国の国民である以上は、法律ができたら働いてもらうよ」

「それでも…… 私はどうしていいかわかりません。私の身体で人殺しなんてしてほしくないけど、私が代わりに、武器を持って戦うなんてできません」

「それは分かっているさ。段階的な話だけど、志願した市民や、強制動員した男達だって兵士としてはあまり役に立たない。でも、戦争は武器で殴り合うだけじゃない。戦う兵士は帝都で再編成をしている。でも、実際に武器で殴り合うためには、その武器をちゃんと使えるようになるまで、部隊として訓練しなければならないからね」


 アンセムは防衛線の準備と反撃の為に時間を稼ぐ事が必要だと説明する。


「あの、私も質問よろしいでしょうか?」

「なんだい?」

「もし、私達の身体…… 女の身体が、ここで戦って負けて捕まったら、敵はどうするでしょうか?」

「殺しはしないだろうね、連れて帰るのさ。ファルスでは女の奴隷は儲かるらしいよ」

「……」

「男っていうのは、だから戦う。いつの時代、どこの文化でもそれは不変の原則だ。君達の精神は男ではないから、わからないかもしれないけど」


 アンセムは説明する。

 女が戦わない種族はいる。だが、男が戦わない種族は大陸にひとつもない。


「元の身体に戻る方法はないのでしょうか?」

「今回は女神シオンが起こした奇跡らしいね。どうなるかはシオンに聞いてみないとわからないよ」


 一同は沈黙する。アンセム自身が再動員を要望したのなら、すぐにされるだろう。彼女達はまさに進退窮まったといえる。


「さて、こうなった以上は、君たちの判断に任せるしかない。今後の見通しは伝えた通りだ」


 しばらく、時が流れた後、彼女達は次々と決意を表した。


「私は残ってここで頑張ります。少なくとも元に戻るためには、私の身体…… いえ、帝都と皆を守らないと。女を言い訳にして戦いから逃げていたら、きっと、シオン様の罰を受けます」

「そうですね。元の身体が無くなってしまったら、戻る時にも戻れなくなってしまうし、異種族では女性も戦うのが当たり前の種族もいるのに、私達が逃げていてはダメなのかもね」

「私達の種族の誇り(エラン ヴィタール)を見せましょう!」


 彼女達は「異種族では女も戦う種族もある」と言っているが、実際は少し違う。ラグナ族に分類されるレナ族、トルバドール族、テーベ族、アテナ族、ティルス族、バイエル族などは、比率こそ違うが、実際は女性も戦う種族の方が多い。ラグナ族諸派の中で、アスンシオン帝国のラグナ族の女性がもっとも非戦的である。


****************************************


 その日のうちに、工事は再開された。

 アカドゥルから撤退する際に主要道路を爆破したため、時間は稼げているが威力偵察は来るかもしれない。


 アンセムは、集結した40万の市民兵をさらに細分化させてチーム分けし、ローテーションを組ませて24時間体制を作った。

 厳しい肉体労働と聞いて彼女達の多くは幻滅する。

 しかし、それでもやらなければならない。


 幸い陣地構築の設計等は出来ていた。作業手順についても、労働力と資材を注ぎ込むだけである。

 極端な表現をすれば、今まで防衛陣地を設営していた工兵士官と市民兵が全員女の身体になって労働力が減少し、そのまま自分の身体を持つ女性の精神が応援に来たような状況だった。


 だが、新しい防衛部隊の問題点は別のところにあるようだ。


「皇后さま、私の身体がこんなボサボサ髪で…… ちゃんと髪を梳かさせてください!」

「私の身体に汗を掻いたらちゃんと拭いて、服を洗濯して着替えさせるように言ってください!」

「女の身体で立ってトイレをさせないでください!」


 市民兵の身体になった女性たちは、主に、女性の身体になった市民兵の苦情を言って来た。


「皇后さま、髪が邪魔だから、切ってもいいですか?」

「着込みすぎて汗を掻くんで、シャツ一枚で仕事してもいいですか?」

「別に小なら草藪で隠れてトイレしてもいいですよね?」


 アンセムはこの要望に対処していて思った。彼らの要望は、ほとんどが女性の身体に対する要望なのである。

 夏のカバンバイ丘陵は蒸し暑い。

 しかし、髪を切るのは禁止した。シャツ一枚も下着が透けるので禁止した。草むらでトイレも禁止した。


 アンセムは、なぜ、ラグナ族の女性が戦わないのか、その理由が一部分かったような気がした。

 それは男女とも、女性の身体に対する要求が多いからである。

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