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愚者3~無血クーデター①

“イ=スの奇跡”の一月前――


「作戦名は“イ=スの奇跡”。各隊長は受け取った資料を熟読し、隊員達に周知徹底して欲しい。決行は約一か月後。開始後は速やかに行動できるように準備しておくこと」


 ムラト族旅団の旅団長レンは、集めた隊長達に、具体的な作戦内容を説明していた。

 しかし、示された突拍子もない計画に、旅団員はみな目を疑うばかりである。


「今まで団長の作戦を疑った事などありませんが…… 本当に“精神入れ替わり”なんてありえるんですか?」


 旅団で最も精強として知られる第1歩兵連隊の連隊長ヨーダは、常識的な質問を返す。

 彼ら第1歩兵連隊の忠誠心は篤く、今まで数多の戦いで団長の作戦を信じて戦ってきた。

 しかし、さすがに今回の“身体を他の人間と取り替える作戦”と命令されても、簡単に信じることはできない。

 会議に参加している他の団員達も同様の疑問を持っているようである。


「そうだね。それじゃあ、実際にやってみせよう。リーフ、ナデシコ。ちょっと出てきて」

「はい、団長」

「大丈夫なんですか、これ……」


 レンに呼び掛けられて、第1騎兵隊大隊の大隊長リーフと、元航空騎兵のナデシコが壇上に出る。

 2人は、今から実験台にされるというので、さすがに不安そうな様子だ。


「それじゃあ始めるよ。シーク、やってくれ」


 レンが合図すると、教場の隅にいた白い作業着のタイキ族の男が、ピラミッド構造をした黒い塊を持って、リーフとナデシコの間に立った。

 そして、その場にいる人間には理解できない操作を行うと、その黒い物体は怪しく輝き始める。


「えっ!?」

「きゃっ!」


 その輝きは瞬く間に広がり、光線のようなものを発してリーフとナデシコを包み込んだ。

 光を浴びた2人は、眩暈のような感覚が襲い、一瞬だけ意識を失う。


 時間にすればほんの僅かな時間である。


 光が止む。

 すると、すぐにリーフとナデシコは自分の立ち位置が変わっていることに違和感を覚えた。

 リーフはシークの左側に、ナデシコは右側にいたはずなのに、それが逆になっていたのである。


「な、何があったんですか?」

「なんか頭がクラクラするわ……」


 リーフとナデシコはキョロキョロと周囲を見回している。そして、お互いの姿を見るなり、驚愕して大声を発した。


「うわっ、俺がいる!?」

「なんであたしがそこに……」


 幼馴染みの男女はお互いの身体を示して、ただ呆然とするばかりであった。


****************************************


 帝都郊外の教場で、ムラト族旅団は極秘作戦の教養を行っていた。

 参加している各部隊の隊長達は、いずれも旅団長レンが各地を転戦していた時から連れ添っている猛者たちだ。

 レンの示した作戦は、国家の政府だけでなく、個人の人生そのものまでも奪い去る恐ろしいクーデター計画であった。


 最初は奇跡など信用していなかった旅団員達も、実際にその効果を見せつけられては、信じないわけにはいかない。

 しかし、それでも、その現象に対して疑問は出てくる。


「団長、どうしてこんな現象が起こるのですか?」


 旅団参謀補佐のウォルターが質問する。

 すると、旅団長のレンに促されて、隣で控えていた旅団の軍医兼参謀長のトーマスが説明を開始した。


「まず、人間の精神の働きや仕組みについては、未だ解明はされていません。しかし、判明していることもあります」


 トーマスは前置きをしてから説明を開始する。


「例えば…… 野球というゲームで、飛んできた球の動きを確認して『打ち返すべき球か』『見送るべき球か』を判断して実際に身体を動かす行動、という精神の働きを例にします」


 トーマスは教場の黒板に精神の働きを分けて書き加える。


 A.球の動きを見る<確認>

 B.打ち返すべき球か考える<判断>

 C.打ち返すために身体を動かす、若しくは打ち返さない<行動>


「さて、この3つの精神の働きに対して、人間の脳は、どの順番で処理していると思いますか?」

「そりゃ、“A→B→C”でしょう。そんなの誰でもわかりますよ」


 トーマスの質問に対して、教場内からすぐに答えが返ってくる。


「はい、理屈上ではそうです。昔からそう考えられていたし、今でも常識的に考えてそう思う人が多いです。でも、実際の計測結果は違います。“A→C→B”なんです」


 参謀長の説明に対して団員達は皆、頭に疑問符を付けた。

 Cの行動が、Bの判断より早いなどという事が理解出来なかったからである。


「そんなのおかしいでしょう。先に身体が動いていたら、判断する意味がないじゃないですか」

「はい、おかしいです。これは矛盾しています。でも、計測結果はそう示しています」

「計測が間違っているという可能性は?」

「遥かな昔の“化石の文明”時代、我々の先祖が持っていた優れた科学技術で計測してもこの結果が出ています。間違いの可能性もないわけではありません。しかし、間違いを前提とするなら、その間違いの原因が何かを見つけなくてはなりません」


 団員達は考え込んでしまう。どうしてそうなるのか、いくら考えても結論がでないからである。

 レンはここでトーマスの説明に付け加えた。


「計測結果にそういう矛盾があるからこそ、私は、そこに人間の精神が持つ重要な秘密が存在するんじゃないかって考えている。この“イ=スの正錐”もその秘密に近づいた際に作られたようなんだ」

「それは団長がいつも言っている『“奇跡”とは、未来を変えようとする心の力』ってことですか?」


 レンの教え子であるリーフは、ナデシコの身体で質問した。


「どうだろう。でも心の働きが、一方通行で固定されているはずの時間の流れを変えることが出来るなら、この矛盾にもある程度の説明が付くんじゃないかな」


 結局、レンも精神の働きを説明出来ているわけではない。

 ただし、よく研究しているということは団員達も理解できたし、その成果を応用したのが、この作戦なのだろう。


「ところで、団長。俺達、元に戻れるんですか?」

「早く戻してください~」


 リーフとナデシコはお互いの姿で懇願する。


「あー、残念ながら。そう簡単には戻れないんだよね。君達ずっとそのまま」

「!!」


 戻れないと宣言する団長に対して、2人は絶句した。


「実はね。この“イ=スの奇跡”は、精神と身体が持つ認識の鎖を断ち切るところから、効果が始まるんだけど、精神が身体を、自分の身体だと認識していないと、それを切ることが出来ないんだよね」

「どういうことですか?」


 レンの説明は難しくてわかりにくい、リーフは分かりやすい説明を求めた。


「誰でも、自分の身体を自分の所有物だと確信しているだろう。だから自分の精神と身体は繋がっている。ところが、入れ替えられた後の精神は、その動かしている身体を、自分の身体だと認識していない」


 レンは、ナデシコの身体を指さして言った。


「今のリーフは、自分の身体を自分の身体だと思っていないだろう? 君の恋人、ナデシコの身体だと思っているはずだ」

「そりゃそうですよ! 俺は男ですから!」

「だから、その状態ではもう一度は使えない。精神と肉体の認識の接続を切断する最初のプロセスが働かないから」

「そ、そんな。じゃあ俺は、ずっとナデシコの身体のまま?」

「あたし、ずっとリーフの身体のままなんですか!?」

「まぁ、その身体でしばらく過ごして、その身体が自分の身体だと認識できれば、もう一度使えるよ」


 レンの説明は気の遠くなるような話である。

 他人の身体を自分の身体と思えるようになれ、と言っているのだ。


「つまり、俺はナデシコの身体が自分の身体だと思うようになればいいってことですか?」

「まぁ、そうだね」

「で、でも俺は男ですよ! 女の身体を受け入れて自分だと認識するなんて……」

「あたしだって女よ! いくら彼氏だって男の身体を自分ってことにはできないわ」


 リーフとナデシコの2人はお互いの姿で激しく抗議した。


「君達は幼馴染で、将来を誓い合った恋人同士でしょ。お互いの運命を受け入れやすいってもんさ。互いに“人生交換”してもその身体の立場を受け入れれば、この奇跡はもう一度使えるようになるよ」


 レンの説明に軍医のトーマスが補足する。


「足を失った方の義足の例では、訓練すればだいたい数か月で慣れ、自分の手足のような感覚になります」

「数か月……」

「もちろん損傷の程度、義足の性能、本人の自覚によって期間はかなり違ってきます。おそらく、一卵性双生児でこの奇跡を使用して身体を交換した場合、もっとも短い期間で“人生交換”を受け入れられるでしょう。遺伝子が同じなのだから当然ともいえますが」

「義足の場合、その運命を受け入れる決意をして慣れようとすると、比較的早く義足を自分の存在として認識できるらしいよ。まぁ、今回は身体全てが変わってしまったわけだけど」


 レンの説明ではその運命を受け入れられるかどうかが大きいという。


「俺に、女としての運命を受け入れろってことですか?」

「違う。君の精神はリーフであってナデシコじゃない。男の精神に女の身体の状態で、これからの人生を受け入れるってこと。それとも、リーフはナデシコの身体が、ナデシコはリーフの身体が嫌かい?」

「それは…… そんなことはないです。ナデシコは俺が一生守ります」

「あたし、リーフと一緒の人生なら受け入れられるわ」

「つまりそういうことさ。君たちを実験台にして悪かったとは思っているが、そこは割り切って慣れてくれ。それに、これは精神的に成長する大きな機会だ。普通、男は女の性を一生経験できないし、女は男の性を一生経験できない。だけどその経験はきっと、個人という精神の成長にとって素晴らしいプラスになるはずだよ」


 彼らはレンという恩師に絶大な信頼を置いている。

 それが、この経験が個人を成長させるというのだから、そうなのだろう。


 レンは団員達にこの現象について納得させるとまとめに入る。


「それでは、今回の作戦計画の説明は以上。繰り返すが、決行は約一か月後、それまで各隊は与えられた準備を怠らない事」


 しかし、そのあとレンは恐ろしい禁止事項を付け加えた。


「あと、作戦決行までの期間、旅団員は全員、溜めた性欲を発散する行為は禁止。性交渉や自慰行為はやっちゃダメ」

「えーっ!」


 最後に団長から驚愕の制限が付けられた。旅団員から一斉に不満の声が上がる。

 自慰行為はムラト族の男性にとって性欲の処理にほぼ必須の物である。

 それを一か月も禁止にすると命令されたのだ。


「そのあとの作戦上必要になるから、多少辛いが諦めてくれ。それじゃ解散」


 団長の命令で、ガヤガヤと席を立つ各隊長達。

 しかし身体が入れ替わったリーフとナデシコは先行きに不安を抱えていた。


「あたし…… リーフの身体で一か月もやるのを我慢しなくちゃいけないの……」

「俺は女だから我慢は楽そうだな」


 リーフは呆れた顔でそういうと、いきなり自分の胸を揉み始める。


「しっかし、ナデシコは脚スベスベで触り心地いいけど、胸はちーさくて揉み心地良くないよなぁ」

「な、なんですってー!」


 バチーン――


 解散途中のムラト族旅団に、旅団名物のナデシコの平手打ちが鳴り響く。

 しかし、いつもなら対象はリーフの頬なのだが、今日から赤く腫れるのはナデシコの頬であった。


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