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愚者2~人生交換1②

挿絵(By みてみん)


 伯爵家ネッセルローゼ家の邸宅にある大ホールでは、その傍系貴族であるヤロスラヴリ家とタクナアリタ家の家族一同を揃えた口論を続けていた。


 しかし、もしこの場に第三者が見れば、どちらをヤロスラヴリ家、タクナアリタ家と認定するかは相当な困難を伴う。

 それは、ヤロスラヴリ家の人間は全員がタクナアリタ家の身体に、タクナアリタ家の人間は全員がヤロスラヴリ家の身体になってしまったからである。さらに彼らは全員、夫は相手側の妻、兄は相手側の妹、というように性別も逆にされて入れ替えられてしまっていた。


 ヤロスラヴリ家は法兵を多く輩出している家系である。帝都の士官学校ではいわゆる法兵派閥に所属し、先代リオンドール・リッツ・ヤロスラヴリは陸軍法兵総監を務めている程の名家であった。

 200年くらい前に新たに爵位を授かり、主家であるネッセルローゼ家から分岐した。

 現当首はアスタナ要塞司令官、バンドゥール・リッツ・ヤロスラヴリである。しかし彼の身体は、タクナアリタ家当主の若い後妻、ヴィータの身体になっている。


 タクナアリタ家は男子が騎兵、女子は航空騎兵を多く輩出している家柄である。いわゆる騎兵派閥で、先代ルーディル・リッツ・タクナアリタは陸軍騎兵総監を務めている。ヤロスラヴリ家とほぼ同時期に主家であるネッセルローゼ家から分かれた。

 現当首は第21師団長、ルーデティン・リッツ・タクナアリタであるが、現在、その身体はヤロスラヴリ家の当主の若い後妻、シレーヌの身体になっている。

 主家のネッセルローゼ伯爵家は、家名自体はヤロスラヴリ、タクナアリタの両男爵家より上であるが、貴族の勢力としては衰退し、現在は実質的に両家の方が大きい。

 このような経緯から血縁関係も極めて複雑で、ヤロスラヴリ、タクナアリタの両家は相続のたびトラブルを起こし、さらに日常的に財産や領地を巡る争いで揉めていることで有名だった。


 第9妃オフィーリア・リッツ・ヤロスラヴリと身体が入れ替わったマーティン・リッツ・タクナアリタと、第15妃ラーナ・リッツ・タクナアリタの身体と入れ替わったバーベル・リッツ・ヤロスラヴリは、後宮から自宅に到着するなり、両家の激しい抗争、財産争いに巻き込まれていた。

 ネッセルローゼ家の大ホールに、ヤロスラヴリの家族とタクナアリタの家族が左右に分かれて、あの財産は誰のものだとか、ペットは誰が飼い主だとか、芸術品の所有権はとか、そういう物の取り合いで激しく言い争っている。

 もっとも身体が逆なので、彼らの配置も逆なのであるが、第三者の目線にすれば、単に鏡に写しただけで何の変わりもない。


「さすがコソ泥一家のタクナアリタ家だな、優秀な魔力を受け継ぐ我々の身体を奪うとは!」


 タクナアリタ家当主の後妻ヴィータの身体を使う、ヤロスラヴリ家当主のバンドゥールが言った。


「ふん! 我々の鍛えられた身体を奪いおって、こんな貧相な身体に閉じ込められた我々の方が不幸であろう」


 ヤロスラヴリ家当主の後妻シレーヌの身体を使う、タクナアリタ家当主のルーデティンが言った。


「おまけに我が新妻の身体を奪いおって…… 許さんぞ、士官学校の同期で教養5教科最下位のルーデティン!」

「それはこっちのセリフだ、術科5教科で最下位のバンドゥール!」


 お互いを低俗な文言で侮辱し合う2人。ただ、外見上は、両方とも20代前半の女が言っているので、女同士の痴話ゲンカにしか見えない。

 ちなみに、この2人は士官学校の同期である。教養5教科とは、文学、算術、歴史、科学、道徳であり、術科5教科とは、馬術、弓術、剣術、体術、整列であった。


「父上、冷静になってください」

「陛下のご命令を承っております」


 オフィーリアの身体のマーティンと、ラーナの身体のバーベルは、ますます激化して治まらないお互いの父親を宥める。もっとも、彼らの姿形は相手側の後妻の身体なので、それだけでもかなり混乱する。


「このまま話し合いが終わらずに、明日の会議に出られないと両家とも取り潰しになってしまいます」


 オフィーリアの身体を使うマーティンが発した「お家の取り潰し」という単語に強く反応するルーデティンとバンドゥール。結局のところ彼ら貴族の地位は、皇家によって授与される爵位だからである。


「む、むぅ。それは困るな」

「いいだろう、とりあえず明日の会議の話とやらを聞いておこう」


 ようやく当主の口論が落ち着いたのをみて、後ろでも続いていた親類達の財産争いも沈静化した。

 彼らが静まったところを見計らい、自分達の家族に明日の会議とTS特措法の説明をするマーティンとバーベル。


 ネッセルローゼ家、ヤロスラヴリ家、タクナアリタ家の邸宅は隣同士に建っている。

 ヤロスラヴリ家とタクナアリタ家の家人は、この入れ替わりが発生した後、自分達が相手側の家人の姿に変わっていることに驚き、すぐにネッセルローゼ家に集まった。

 そこで自分の身体の存在を認めると、ただちに口論が始まった。どの財産、どこの土地、どの権利が誰の物であるか、という議論である。

 発生当初から両家ともお互いの家から自分達の資産を取り返すのに必死であった。その後、すぐにマトロソヴァ家からの布告で帝都に外出禁止の戒厳令が敷かれていたため、彼らは現在の状況がよく把握できていない。

 ただ、ヤロスラヴリ家、タクナアリタ家がネッセルローゼ家に来た時には、この家にネッセルローゼ家の精神を持つ者は誰もいなかったし、この家に戻ってきてもいないという。


「ふむ、それでは、この不可思議な現象は女神シオンの起こした“奇跡”だというのか」


 オフィーリアの身体を使うマーティンは、当主である父にルーデティンはそう説明した。


「後宮で陛下に伺った限りではそう聞いております」


 帝都アスンシオンは、アスタナ市のシオン、という単語が省略された名前だという説がある。帝都の名前はそのまま国名にもなっており、女神シオンという存在は国民の支柱的存在でもあった。

 マーティンは、女神の存在などには懐疑的であったが、実際その“奇跡”の力を見せつけられると納得せざるをえない。

 そして、彼が知るレンという旅団長が、女神シオンと接触してこの“奇跡”を起こしたと聞かされた事実は、彼にとって衝撃的であると同時に、あの男ならやりそうだと納得できるものである。


「明日、陛下が主催する今後の方針を決める政府会議が開催されます。参加しない貴族家は取り潰し、社会的身分や地位もすべて取り消しとの厳命です」

「ふむ、明日の会議でそれらが決まるのか。ならば、パドノルゴエの森林は我がタクナアリタ家の領地であると、陛下に認めてもらわなければな」


 ヤロスラヴリ家のシレーヌの身体を使う、タクナアリタ家当主のルーデティンが主張した。


「なにおぅ! あの土地は我々ヤロスラヴリ家の先々代が、伯爵より我が家に賜ったものだぞ!」


 タクナアリタ家のヴィータの身体を使う、ヤロスラヴリ家当主のバンドゥールが反論する。

 見かねた、オフィーリアの身体を使うマーティンが当主の父に言う。


「父上、パドノルゴエの森林の領地についてタクナアリタ家の正統性を主張されていますが、明日から施行されるTS法では、貴族家の身分は血脈によって保護されると記載されています。つまり我々の財産権は身体が準拠になってしまうのです。法を解釈すれば、我々は今後、ヤロスラヴリ家として人生を過ごすことになりますが……」

「なんだと!? 名門タクナアリタ家が、軟弱者揃いのヤロスラヴリ家に堕ちるだと!?」

「それはこっちのセリフだ。伝統あるヤロスラヴリ家が、愚か者揃いのタクナアリタ家に堕ちてなるものか!」


 ふたたび睨み合いを始める、ルーデティンとバンドゥール。

 マーティンはさらに父に尋ねた。


「父上、パドノルゴエの森林の領地について、以前タクナアリタ家に正統性がある領地といっていましたが…… 我々がこれからヤロスラヴリ家を歩まなければならないとして、それでもタクナアリタ家の継承に正統性があるとお考えですか?」

「それは…… うーむ。かといって、あの森林は先祖たち代々守って来た大事な土地だ。他の奴らには管理を渡せん!」

「それはこっちのセリフだ! 貴様らウマ好きの連中にあの森を渡したら、たちまち牧草地にされてしまうだろうが!」

「なんだと、きさまら法兵にあの土地を渡したら、法撃の演習場にされてしまうだろう!」


 自分の父ルーデティンと、父のライバルのバンドゥール言い争いを見ていてマーティンは思う。

 マーティン・リッツ・タクナアリタは、第13師団の騎兵長として、レンの率いるムラト族旅団と行動を共にしていた。だから、今回の件で皇帝の身体を使っているレンという男を良く知っている。

 その時レンはマーティンにこう語った。


「戦争は1+1が2にはならない。上手くやれば1+1が3にも4にもなるけど、0やマイナスになることもあるんだよ」


 騎兵と法兵、どちらが強いか弱いかなどという議論は意味が無い。お互いを上手く活用すれば強く、活用できなければ弱い。それは、指揮と連携が作用する精神的な作用である。

 マーティンは、レンに会うまでこのような精神論を古臭い古典的な理論だとして否定していた。

 だが、この両当主の不和の原因は、お互いの資産、不動産の取り合いである。彼らは物質的に少しでも自分達に有利になるように主張し、自分達の財産を1+1で2にしようと必死なのだ。

 もし、レンという男が意図的に、女神シオンの力を利用してこの現象を生み出したのだとしたら、どうして我々はお互いの身体を逆にされてしまったのか分かる気がする。


 今回の騒動で物質的には何も変わっていない。物は何も増えてもいないし、何も失われてもいない。

 変わったのは精神的な配置だけだ。

 それだけではない。彼らの宗主家であるネッセルローゼ家は自分達の身体とはまったく違う者に飛ばされてしまったという。

 ネッセルローゼ家は没落してから多額の負債を抱え、裏で非合法的な活動を行っていたとされている。

 タクナアリタ家とヤロスラヴリ家はネッセルローゼ家を援助していたが、彼らは没落しているにもかかわらず無駄な浪費を続け、その度に負債は膨らんでいた。

 タクナアリタ家、ヤロスラヴリ家が揉めているのも、実は証書に関してネッセルローゼ家が詐欺まがい、虚偽の譲渡を繰り返し行っているために起きている。

 結局、そのような行為を咎められてネッセルローゼ家は貴族の身体から追い出されてしまったのだ。

 マーティンが知る限り、レンという人物は役立たずと烙印を押した人間にはとても冷酷である。ネッセルローゼ家の人々は、今、どのような身体にいるのか恐ろしくて想像もできない。


「父上、今のままでは、我々も主家のネッセルローゼ家と同じく、陛下によって取り潰されてしまいます」


 お家の取り潰しという言葉に再び強く反応する父、だが、それにはすぐに反論した。


「優秀な騎兵を有する我々の機動力なくして戦争に勝てるものか!」

「なにを、強力な法兵の火力こそが戦場を制するのだ!」


 ここぞとばかりに自分達の得意な兵科の強さを主張し合う2人。


「父上、私はエルミナ戦役に従軍し、戦いの過程で学んだことがあります。騎兵と法兵、どちらがどれぐらい強いかなんて意味が無いのです。それはタクナアリタ家、ヤロスラヴリ家のどちらが優れているかという事でもありません」

「む、むぅ……」

「お互いが、お互いの力を信頼し、それを有効に活用することができて初めて強さになるのです」

「しかしなぁマーティン。この身体では我が家の誇りが……」

「家名の誇りは未来に対して持つべきです。過去に対して持ってはいけません」


 マーティンはレンの言葉をなぞって説得した。


 確かにライバル意識は重要だろう。

 実際、タクナアリタ家とヤロスラヴリ家が両方とも大きくなったのは、お互いへの対抗意識があったことは否定できない。

 だが、お互いの対抗意識が悪意のある方向へ増長し、視野の狭い物質取りの争い、足の引っ張り合いになっては、お互いの連携は蝕まれる。

 マーティン自身も彼の隣に居るバーベルと士官学校の同期であり、昔から両親同様に仲が悪かった。

 だが、予想される混乱を前にして、ここに来るまでに、お互いでひとつ約束したことがある。

 これからもお互いライバル同士でいい。

 しかし今後は「お互いの脚を掴まないように」すること。

 結局、2人はその方針で両家を説得することになった。


「……つまり、新しい態勢の下、タクナアリタ家とヤロスラヴリ家が協力して国家に貢献するべきだといいたいのか」

「はい、両家が協力すれば1+1以上の、もっと大きなプラス効果が得られます」

「ふん。まぁいいだろう。ヤロスラヴリ家がどうしてもといいなら、協力関係を持って明日の会議に望んでやってもいいぞ」

「こっちこそ、タクナアリタ家がどうしてもというなら、考えない事もない」


 両家の当主同士は、最後まで捻くれてはいたが、結局納得せざるをえなかった。家人らもようやく納得し、お互いの認識する自分達の自宅に帰宅する。

 TS法では、貴族は身体の血脈による財産を認めることになっている。

 しかし、住み慣れた部屋で寝たいという要望でお互いが納得したため、精神の方の家に帰る事になったのである。


 もっとも、騎兵士官のマーティンはオフィーリアの身体での今後の人生に対して途方にくれていた。

 彼には婚約者がいて、帝都に帰ったら結婚する約束だったのである。

 自らが女にされてしまっただけでなく、まだ出会っていない彼女がどういう身体にされてしまっているかを考えると、恐ろしくてたまらない。

 実は、その状況は、彼の隣に居るラーナの身体を使うバーベルもまったく同じ状況なのであった。


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