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塔6~守りたいもの⑥

「それで…… 今回の強行作戦を計画したのはそのムラト族旅団の長だというわけか」


 帝都に帰還した皇帝は、政庁で警察大臣のコイスギンからタルナフのクーデター事件の報告を聞いている。


「はい、その男は皇后様に、今回の事変収拾には早期決着が必要だと進言しました」

「なるほどな」


 コイスギンは、その男の情報を集め、皇帝に資料として渡していた。

 その中に、皇帝が注目するデータがあった。


「……その男から直接話を聞いてみる。通してくれ」


 皇帝がムラト族旅団長と対面を希望する。コイスギンはただちにレンを召し出して謁見が行われた。


「お初にお目に掛かります皇帝陛下。ムラト族旅団長のレンと申します」


 レンは形式通りの敬礼を行った。

 皇帝リュドミルは皇后アンセムがレンを見た時と同様の感想を持った。この貧相な風体の男がこんな大胆な作戦を練ったなどとは到底信じられなかったからである。

 本来ならば、彼はクーデター鎮圧の功労者である。だが皇太子が失われたという事実に、皇帝はそれを成功と評価していない。


「レン旅団長。君には叛徒を早期に滅ぼし、帝都の治安を速やかに回復させたという功績はあるだろう。だが、このような拙速な手段を取らなくても、解決策はいくらでもあったはずだ」


 皇帝はレンの目の前で彼の策を否定した。


「いえ、陛下。タルナフに皇太子様を人質に取られて、自領の北方へ逃げられたら、もう効果的な打開策はなくなります」

「そんなことはわからない! 我が国には貴様よりも優秀な知恵者は沢山いるのだ!」

「タルナフ伯の持つ個人の器量、彼の優秀な部下、そして彼の名声を慕う国民。それらを足して鑑みれば、逃げられれば対抗手段はなくなるでしょう」


 レンの分析に皇帝は眉を顰める。

 彼はタルナフに無いのは皇家の血脈というラグナ族の種族の誇り(エラン ヴィタール)だけで、もし皇太子を連れ去る事でそれを得たなら、タルナフ陣営の方が優秀で、国民の支持を得られるだろうと指摘しているのだ。


「私がタルナフより下だと言うのか?」

「上か下かの議論など無意味かと存じますが」


 皇帝は明らかにこのムラト族の男を嫌っている。玉座の肘掛を支える手も怒りに震えていた。

 その謁見の席で警察大臣のコイスギンが、レンを糾弾する。


「ところで旅団長殿。貴殿のムラト族旅団はハイランドの王都フェルガナで略奪を行ったという上申がなされているがそれは真実か?」


 コイスギンの問いにレンはすぐさま答えた。


「その事件は、我々に対する敵対的な組織からの挑発に伴う偶発的な騒乱事件ですな。ハイランドのデモ隊から我が部隊への凶器を用いた攻撃があった旨は、ちゃんと撮影球に記録し、報告書を提出しておりますが?」

「かといって、安易に反撃して友好国の市民に被害を与えて良いとは言っていない。貴殿の旅団による攻撃の所為で、良好的だった我が国とハイランドの関係は地に堕ちたのだぞ」

「良好だった? すでに啓蒙党連立政権の時代から、我が国はハイランド政府によって侵略者と糾弾されていたはずですが」

「我々は啓蒙党の共和政権など認めてはいない。我が国が承認しているハイランド政府は王制だ」

「私もそう考え、ハイランドの王族であるメリエル王女と、彼らの種族の誇り(エラン ヴィタール)である神官達を帝都に連れて参りました。今後の布石として、我々が承認するハイランドの王制復活の幇助となりましょう」


 コイスギンはレンに反論され、言葉に詰まる。


「ところで…… 貴殿はバイコヌール戦役でカラザール伯の下にいたというが、カルサク砦の戦いを知っているかな?」


 皇帝は、急に昔話を始める。


「はい。当時はカラザール伯所領のアカドゥル渓谷にあるムラト族の居住地で暮らしていた故、カラザール伯に協力致しました」

「……帝国のカルサク砦救援軍を攻撃したのは貴殿かな?」

「はい、進撃が予想されるルートで待ち伏せました」


 皇帝はそこまで聞くと急に黙る。そして休憩を宣言するといったん謁見室から退席した。


****************************************


「見つけた…… ついに見つけたぞ!」


 謁見から外に出て1人になった皇帝の目は復讐の怒りが燈っていた。


「ははっ! 遂に、あいつを殺した犯人を見つけてやった。やった、やったぞ!」


 5年前のバイコヌール戦役の際、当時、皇帝は皇太子としてカルサク砦へ救援に向かっていた。その際、彼の部隊は待ち伏せによる奇襲を受けて壊滅した。

 その時、彼が最も信頼していた側近の友を失った。

 この皇帝はずっと、その事を根に持って復讐の機会を伺っていたのだ。


 レンを退席させた後、帝国の政府幹部を集めた会議の席で、皇帝は告げる。


「ムラト族旅団長レンを、クーデターの陰謀に加担し、皇族を殺めた叛逆罪で死刑とする」

「な!?」


 皇帝の宣言に、幹部達一同は絶句した。


「陛下、レン殿は度重なる戦役で我が軍を救った名将です。もちろん叛逆者のタルナフなどと繋がってはいないし、今回も私が紹介したものです。もし皇太子救出の失敗への非があるとお考えなら、私に責をお与えください」


 マトロソヴァ伯は慌ててレンを擁護する。

 だが、それを制したのは警察大臣のコイスギンだった。


「マトロソヴァ伯、あの男にはローランド戦役の際に官品を横領した罪が告発されております。さらに東路軍救援では、味方の軍を救援せずに見捨てたそうではないですか。そして、先月のハイランドでの略奪行為。これら暴挙の数々、とても正義のある軍隊の行動ではない」


 コイスギンは調べた挙げたレンの罪状を並べる。


「あんな奴が名将だと? とんでもない。ただの効率的な人殺しだ」


 皇帝は冷たく言い放つ。

 ここにいる幹部らは分からなかったが、効率的な人殺し、とはバイコヌール戦役でのレンの待ち伏せ攻撃を指していた。

 だが、陸軍大臣のグリッペンベルグ卿、将軍のフォーサイス卿などが彼を弁護すると、さすがに皇帝も、タルナフと繋がっているので死刑という案は取り下げた。


「いいだろう、タルナフ伯と通じていたという叛逆罪は考え直そう。しかし、当人も認めている官品横領とハイランドでの指揮の不手際は責任を取らせる。我々は“啓蒙の法”に従う法治国家なのだからな」


 皇帝は法で裁くなどと言っているが、彼に罪を被せようとしていることは明らかである。


「しかし、陛下。ムラト族旅団は皆、あの旅団長を慕っております。彼らは3万もいる正規軍なのですぞ。この有事で貴重な戦力ですし、この帝都で叛乱でも起こされたら……」


 陸軍大臣のグリッペンベルグ卿は、安易に帝国傘下の異種族の指導者を処罰するべきではないと進言する。帝国傘下のカウル族は既に敵方に寝返り、同種族同士で族長の座を巡って争っていた。


「ムラト族のような貧相な体格の種族など戦場で役に立たない。叛乱が心配なら、その男をアスタナ要塞に収監しておけ。旅団員どもも、全員収容所にでも放り込んで情報を遮断し、強制労働でもさせておけば叛乱も起こせないだろう」


 皇帝の言い分は、要するに旅団長のレンを人質にして、旅団員の反抗を防ごうというのである。

 陸軍大臣のグリッペンベルグ卿は、味方に対して捕虜として収容するような行為、さらに戦力の低下を理由に強く反論するが、皇帝はそれを制した。


「私はこの国の皇帝だ。私が気にいらない奴は使わない」


****************************************


 結局、今回の叛乱事件における処罰は皇帝の恣意的な意向に沿って行われた。

 その日の内に形式的な即決裁判が行われ、レンは官品横領、軍務怠慢の罪で懲役18年の判決を受けて、アスタナ要塞に収監されることになる。

 そして、ムラト族旅団は全員、坑道路線の整備に強制徴用されることになった。

 ただし、旅団員の一部は、帝都に戻った際、戦場となったアカドゥル渓谷から避難して来たムラト族の難民達に紛れて込んでいるようである。

 これら、アカドゥルの難民達は、バイコヌール戦役の英雄であるレンを信奉している者が多く、彼らは明らかに今回の裁定に強く不満を募らせていた。


 タルナフの叛乱に参加した娘のタチアナ・コンテ・タルナフ、部下であったゴードン・ガロンジオン、フレームレートへも処分が下った。

 3人とも罪状は死刑であるが、タチアナはともかく、他の2名は責任をすべてタルナフに命令されただけと責任を転嫁したので、やや減刑されて終身刑で済んだ。

 タチアナは、皇太子殺害の罪であり、首謀者の血族なので通常死刑は免れないが、後宮の妃なので司法では裁けない。

 なので、彼らも全員アスタナの要塞の監獄に収監されることになる。タルナフの親類等も同様の処分が下った。

 レンの処罰に猛反対した陸軍大臣のグリッペンベルグ卿、マトロソヴァ伯、フォーサイス卿は、表向きは今回のクーデターへの不適切対応で、役職を解かれて自宅謹慎となった。

 これらも皇帝の恣意的な処分である。

 この処分は、彼らがレンを処罰することに最後まで賛成しなかった事によるものであった。


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挿絵(By みてみん)

 皇太子の喪失から後宮では明らかに違う空気が漂っている。

 皇帝リュドミルは帰宅しても、皇后アンセムと一切口を利かない。

 そして、彼は後宮に来ると決まって、メイド長ティトの病室へ向かっている。

 病室のティトはベッドに横になり、点滴によって栄養を補っている。既に消化器系にガン細胞が転移しており、食事も難しい状態だった。

 体中に転移したガン細胞が、彼女の栄養分を奪い酷くやせ細っている。

 現在、使用されている痛み止めはMSコンチン、これの成分はモルヒネ、つまり麻薬である。

 皇帝はそんな彼女を見つめながら優しく手を握る。彼女はそれを握り返すが、それは弱々しい。


「陛下、皇后様と仲直りしてくださいませ」


 か細い声でティトは言った。


「あいつは…… 子供を見捨てたんだ」

「陛下と皇后様の心が離れている状態じゃ、私は安心して旅立つことができません」

「なにを言ってるんだ! そんな弱気になるな!」


 リュドミル皇帝は急に立ち上がって感情的な声を出す。


「陛下、大きな声は……」


 付近で容態を見ているナース長のユニティが皇帝を制した。


「すまない」


 リュドミルは素直に従い、俯いた。


「陛下…… アンセム様は、必ず陛下の援けになってくれます。どうか仲直りされますよう…… お願いします」

「わかった、国難の時だ。皇帝としてアンセムは許そう。私は必ず勝って、それで戻ってくる。ティト、それまで死ぬんじゃないぞ」


 皇帝は決意して病室を後にする。

 そして、皇帝はアンセムを呼び付けると一言だけ言った。


「アンセム。ティトが頼むから、お前を赦す。私は敵を倒すために出撃する。後事は頼んだぞ」


 アンセムは返答に詰まる。赦すと言っているが、どうみても赦しているようには見えない。だが、皇帝が焦っていることは容易に理解できたので、アンセムは敬礼して応えた。

 その日のうちに、皇帝は帝都で急遽編成した増援部隊を率いて出撃し、アカドゥル渓谷の戦線へと戻っていった。


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