造り主
「うんうん、良くここまで来たね……立派な成功作だよ!」
「うるさい……!」
襲撃によって電源が落ち、非常電源の青い光で薄暗く照らされた、東都仮想研究所の地下最深部。"次世代を創り出す総合研究所"という謳い文句の裏で様々な非人道的実験を行っていたこの場所は小さなホールほどの空間で、天井は数メートルの高さがあり、沢山の機械や実験機材が置かれた机は晩餐会のそれのような長方形で、目もあてられないほど雑多に高価な器具が散らかっていた。
水色っぽい短髪が揺れる。
「私はあなたの"造り主"だよ? 飯毒 るい……キミのコト、調べてあげたよ。キミはあの村で酷い扱いを受けていたんだってね……意図したワケじゃなかったけど、キミのその不幸な人生を、私は変えてあげたんだよ?」
その机の前に立つ白衣の女性は、その訪問者に語りかける。この部屋の入り口に立つ、病的に白く細い身体で朱に染まったチェーンソーを自らに向ける、ガスマスクを被ったその訪問者に。
「そうそう、キミのお陰でね、失敗したかと思ってた人造ウィルスの改善点が分かったんだよ! やっぱりどうしたって人間の素体なんてそんなたくさんはないし、キミみたいな成功作は貴重でね。お礼も言いたかったし、是非ともキミの身体を"じっくり観察"したいんだ……!」
その女性は何の躊躇いもなく、何の疑いもなく、そう言い放った。
「ふざけるな……」
飯毒はガスマスクを付けた顔に両手をあてた。そしてゆっくりと持ち上げるようにそれを外す。ガスマスクのゴムに縛り付けられていた紫色の髪が露わになり、紺色の瞳は爛々と燃えていた。外したガスマスクを手から零すように落とし、チェーンソーから伸びる硬度を増した特製のワイヤーを引っ張り、無骨なエンジン音を鳴り響かせる。
「あら、殺す気なの?」
その女性が慣れた手つきで白衣の袖を捲り上げると、上腕を縛るゴム管、浮き出た血管と幾つかの注射跡が現れた。
「あは……そうなったらもう、どっちかが死ぬまで終わらなくなっちゃうじゃない!」
ポケットから注射器を取り出し、至極楽しそうな顔で針を防護するキャップを口で取る。その恍惚とすらしている表情を、飯毒は理解する事ができなかった。
自分も相手も、等しく壊れていると思った。
飯毒は排気ガスの煙を出すチェーンソーを構えたまま、相手の一挙一動を凝視したまま動かない。
「あれ、来ないの? もしかしてまだ、人殺しには慣れてないの?」
違う、と飯毒は心の中で呟いた。今まで殺してきた怪物と化した村の人達、この研究所の人達。そのどれよりもずっと、目の前に立つそれは得体の知れない、未知の生物に見えたからだ。
「お前は……」
飯毒は怒りと不安とで声を震わせながら、それでも言葉を絞り出す。
「お前はもはや人じゃない、私よりも……!」