廻る年月に恒例の
寒い冬はこたつにみかんに限る。そんなことを考えつつ ヨウコ はみかんの皮をむき始めた。
「おこたとみかんのタッグは最強すぎるせいであたしは到底勝てないのだよ。だからあたしが部屋から出れないのはあたしのせいじゃない。全てはあたしを拒む雪と引き留めてくるこたつとみかんが悪いのだよ。ランシュ も分かるでしょ?」
「そうだね。寒さに強いヨウコですら今年はこたつ出すの早かったよね」
こたつに入りしんしんと空に舞う雪を窓越しに眺める二人の年若き女。
一見どこにでもありそうな光景。しかし、ヨウコの頭に生える渦巻き状に丸い二本の角とランシュの肌に散見される白い鱗が彼女たちを人間ではないと証明していた。
「でもヨウコ。そろそろ年明けちゃうよ。七福さまたちの所に行かなきゃ」
「だいじょーぶ。アイツがここ来るまではゆっくりしてても間に合うのだ。……あぁでもランシュの言う通り、そろそろそんな時間かな」
壁時計を見上げるヨウコとランシュ。
そんな時、ドンドンと窓が強くたたかれた。彼女たちがそちらを向くと、窓越しにいたのは一人の男。分厚いコートを着てマフラーで口元を隠しているものの明らかに寒そうに息を吐いている。
な。言ったでしょ。窓の向こうには思い切りしかめ面を、ランシュには笑顔を向けたヨウコは、玄関の鍵を開けに行くべくこたつから這い出たのだった。
「なんで玄関の扉開けとかないんだよ。呼び鈴は壊れたまんまだし玄関のドアノックしても気付かないしよ……いい加減自分の家の管理くらいできたらどうだ、ヨウコ」
こたつのある居間に入るなりコートを脱ぎ捨てこたつに潜り込んだ男は、ランシュから差し出されたお茶を飲みつつため息を吐いた。雪の止まない外を歩いてきたせいだろう、黒々とした長髪は湿っている。ヨウコは彼の髪を解きタオルで拭き始めた。
「すまん リョカ。でも鍵かけとかないとここには二十歳のか弱いおなごがいる家だから危ないじゃないか」
「ヨウコお前、何百かさらっと歳引いただろ。それにランシュはともかくお前はか弱いって柄じゃ……」
「ふむ。この自慢のたてがみを丸坊主にしてほしいと見た」
「黙れ、角折られたいのか。……やっぱ何でもないです! 髪ひっぱんなって! ランシュもヨウコにそんなもの渡そうとしない!!」
鋏を手に取るランシュに、リョカの身体が反るほど髪をぎゅうぎゅうと引っ張るヨウコ。苦しげに声を上げるリョカは悲惨と言い表すに他ならない。
「分かればいいのだ、リョカよ」
「もうやだ……なんなの君たち……」
「え? 七福神から干支を賜った羊神と蛇神だけど? そして君は馬神じゃないか」
「そういう意味じゃなく……いやもういい」
ヨウコの手から解放されてリョカはこたつに突っ伏した。
ヨウコに口で勝てたことがないリョカは毎年『今年こそは……!』と打倒ヨウコを決意する。初めて決意をしてから何百年。しかしいまだ実現したことは無い。
「無念……」
力なくつぶやいたリョカ。何気なく壁時計を見て……一瞬にして青ざめた。
「ヨウコ! そろそろ年変わる! 行くぞ!」
「え、でも今みかん剥いたとこで」
「ランシュにあげろ! 前みたく人化解いて全力疾走、息切らしながらお社入るの俺は嫌だからな!」
「りょーかい。全く、リョカが遊んでたもんだから」
「それいうなら君が俺で遊んでたから、だな! 毎回交代するとき迎えに来る俺の身にもなれよ。こんな迎えに来たりするのは俺だけだかんな」
「ごめんよー!」
「反省してねぇ!」
支度しつつ口争いをするという騒ぎを起こしながら玄関に向かうヨウコとリョカ。ランシュもヨウコの支度を手伝いつつ二人の後を追う。
「帰ってきたらお雑煮食べようね。作って待ってるから」
「わーいランシュのお雑煮だ!しょうがないからリョカも呼んだげるのだよ、しょうがないから」
「一言余計だ」
「ほう……」
リョカとヨウコに一触即発ムード再来。
そんな二人の様子にランシュの堪忍袋の緒が切れた。
「もう二人とも! ホントに間に合わなくなるよ!? いってらっしゃい!」
ランシュは勢いよく玄関の引き戸を開けぐいぐいと二人をポーチへ押し出す。茫然とする彼らに傘を差しだしもう一度「いってらっしゃい」と笑って声を掛けたランシュだったが、その眼だけは笑っていなかった。
これ以上ランシュを怒らせてはいけない。本能と何百年にも及ぶ経験で意見を一致させたヨウコとリョカは慌ただしく出発していった。
「ケンカするほど仲がいい、ってね?」
ヨウコとリョカの後ろ姿を見えなくまるまで見送ったランシュは呆れたように、しかし顔をほころばせて玄関を後にし台所に向かうのだった。今回は味噌汁仕立てにしてお野菜いろんなの入れようかなと、疲れて帰ってくる彼らのためを思いながら。
良いお年をお迎えください。