第九回「九州制覇の真実」
(ナレーション)「秀吉様の命を受け、北九州鹿児島本線に乗り込んだ官兵衛は小倉で猛威を振るう島津義弘率いる薩摩の精兵を迎え撃ったのでございました…」
(小倉駅から乗り込んで、島津勢と官兵衛を待ち受ける小早川隆景たち。到着した電車の車両いっぱいにいるわらわらと黒い学ランを着た宮下あきら風の島津勢たちと官兵衛が肩を組んでいるので、びっくりする)
電車内。
「かっ、官兵衛殿、ご無事か!」
「はははっ、隆景殿!無事も何も!我が絶対領域において不可能の文字はありません。島津勢の調略、すでになってござる!」
(隆景、びっくりして言葉もない。しかし義弘、嘘ではない証拠とばかりに豪快に笑うと、官兵衛と肩を組み直す)
「はははっ、そん通り!官兵衛どんはもはやおいの心ン友でごわす!」
「なっ、なんと!あの乱暴者の島津を…どんな手を使ったのでござるか!」
(愕然とする隆景。まるで状況が呑み込めない)
「絶対領域に不可能はないと言ったでしょう。男はみなすけべ、人類みな兄弟!ともに官憲や条令と戦い、満員電車に乗ればそれで心の友!立派な人生の共犯者なのです!なあ、みんな!」
(官兵衛、男子高校生な連中を振り返る。薩摩隼人たち、中学生の修学旅行帰りのような大騒ぎ)
「絶対領域万歳!」
「官兵衛どんはおいたち、押忍男子の神様じゃあっ」
「ビバちちしりふともも!」
「チェストー!」
(嘘だろうと言うように隆景、官兵衛の顔を見直す。しかし、一向に悪夢は覚めない)
「見たか隆景殿。連中は宮下あきら風男子高校な土地柄ゆえ、通学通勤の電車はおっとこ臭い押忍まみれ、よって我が絶対領域が魅せるJK女子大生OLだらけの電車内の世界はまさに、この世の法悦楽なのでござるよ!」
(誇らしげに胸を張る官兵衛に薩摩男子、惜しみない賞賛)
「いや、しかし官兵衛殿。こう言う押忍な連中を性はんざ…いや、絶対領域に目覚めさせて大丈夫なのですか?リアルに刑事事件起きたら責任取れませんよ!」
「ふふふ、読みが甘いな隆景殿。絶対領域はもてない男子にも希望を与えまする!」
「そうじゃあっ、官兵衛どん!ようゆうてくれもした!絶対領域こそおいたちもてん男子の最期の希望でごわんど!」
(話がまるで読めず首を傾げる隆景。しかし島津義弘は感涙して官兵衛の肩を抱いている)
「し、島津殿、初対面で失礼ですが、こっ、これはその、どう言う…?」
「はははっ、わからんか小早川どん!官兵衛どんは、おいたちのしたん(知らない)世界ば知ってもんそ。おいたち、こん薩摩弁ゆえ、いっちょん(全然)モテん!ナンパも出来ん、女子ば逃げて行きもす。そいでこげな北九州の果てまで…」
「ま、まさかそれで九州制覇を…?」
(おいおいと泣く義弘。まさか、これが島津九州制覇の野望の真相かと、隆景空いた口が塞がらない)
「ふふっ、隆景殿。ようやく察しがようなってきましたな。だが心配ありません、島津殿。絶対領域さえ極めれば、想像力でいつでも脳内彼女を楽しむことが出来るのでござる!さすれば、リアル彼女などもはや不要!」
「うおお!ついにおいにも彼女がっ」
「チェストー!おいも脳内彼女がほしいでごわす!」
(おお~!と盛り上がる薩摩男子たち。隆景、いやそれってなんの解決にもなってないのでは~?…と言う突っ込みをすんでで呑みこむ)
「し、しかし官兵衛殿、危険ではありますまいか。連中がJKの生足とか見て興奮したら、直接行動に走るのでは…?」
「いやいや彼らは純情なコミュ障男子たちなのでござる。よって大それたことは、まだ出来ない。そこまで計算済みです」
「じぇっ、JKの大軍じゃあっ!」
「じぇじぇじぇ!しっ、心臓がっ心臓があっ」
(下校途中の女子高生たちを見ただけで騒ぎ過ぎる薩摩男子たち。みんな、気味悪がって彼らの車両に一切乗ってこない。それもどうかなと隆景ドン引きする)
「ひょっとするとこれ、詐欺ではありますまいか…?」
「人聞きの悪いことを言うな、隆景殿!彼らは喜んでござる!」
「し、しかし。こやつらが営業妨害なことは変わりませぬぞ!もしかしたら迷惑条令で挙げられることは必至。そしたらどうやってこの連中と逃げるのですか…?」
(次の駅に着いて愕然とした隆景。駅のホームいっぱいに、官兵衛の妻・光が作成したチカン兵衛出没注意のポスターが貼られている!)
「つっ、捕まる!次の駅で絶対補導されますぞ!」
(駅に着いたと同時に鳴り響く緊急停止のベル。隆景、何もしてないのに共犯者か、と愕然として膝を突く)
「どっ、どう言うことじゃあっ、官兵衛どん!警察か!」
「あわてるな!隆景殿も、絶望するのは早うござるぞ!」
(悠然と状況を見守る官兵衛。停車した電車に駅員と白衣の男たちがわらわら乗り込んでくるのを眺める)
「あっ、あれは」
「急病人ですっ!血を吐いて倒れたぞ!早くみんな電車から出て!」
(助かった、と隆景胸をなで下ろす。通報されたのではなく、電車内で急病人が出たのだ。どさくさにまぎれ官兵衛、素早く男たちを電車から降ろす)
「助かった…しっ、しかし官兵衛殿!どうしてあんな都合良く、急病人がっ!?」
(官兵衛、運ばれてくる担架を指差す。そこに、青白い顔をした急病人の吉川元春が乗っている)
「かっ、官兵衛殿…我が一命、お役に立てましたかな…?」
(官兵衛、息も絶え絶えな元春に向かって満面のグッドサイン)
「うん、元春殿グッジョブ☆」
「あっ、兄上…」
(ナレーション)「その後、吉川元春殿はここ小倉で、そのまま息を引き取ったのでございました…」