第十六回「エピソードチカン兵衛」
(ナレーション)「(前回までのあらすじ)ついに絶対領域天元突破を無理やり実現させられたチカン兵衛でしたが、秀吉が突貫工事で作らせたぞんざいなロケットはあっけなく燃料切れの末、怪しい惑星に突き刺さり、命からがら救出されたチカン兵衛はなーんか見たことがある白いアーマーを着た人たちに取り囲まれるのでございました…」
(偉そうな人が座る椅子に座らされ、嵐のような「提督」コールにいらつく官兵衛に話しかける側近っぽい人)
「無事のご帰還おめでとうございます!さすがは我らが提督!いよっ、提督男前!」
(煽りを入れる側近に応えて、しつっこい提督コール)
「提督やめんか!!!なんで提督だ!真っ黒いからか!?」
「真っ黒いからでございます」
「やっぱりか!許可取ってんのか!?」
「なんのお話ですか。それより提督がいない間に、マスクを新調しておきましたよ。今度は話すたびにお息が漏れたりしません。どうぞ、いつものようにトレードマークのこれを」
(と、官兵衛に向かって、重たそうなゴーグルつきの真っ黒いマスクを差し出そうとする側近)
「余計まずいわ!何を考えてるんだ橋本ちかげは!それ絶対私の兜じゃないし、被ってしゃべったら絶対息漏れるだろ!これ以上別の罪状を被ってたまるか!チカン以外はまだまだ潔白だ!」
「またまたそんなご謙遜を。間抜けな地球人のお顔に化けられても、我らの目は誤魔化せませんぞ。その邪悪な欲望と強大なお力こそ、まさしく我ら帝国軍を統べる提督様!こうしているだけでも私など及ぶべくもない欲望の力、さっきから震えがとまりません」
「私の欲望ってそんなに邪悪だったのか…」(ひそかにショックを受けるチカン兵衛)
「真っ黒でございます。さあ、判って頂けたところでこのマスクを」
「ひつっこいわ!だから被らないって言ってんだろ!妻や三成に『やっぱり…』とか言われたらどうするんだ!正式に暗黒面に落ちてたまるか!」
「さすがは提督、これほど強大な暗黒面をあえて強調しないスタイルを身につけられたとは、すっかり地球の敵情を把握されておりますな。そのお顔で戻られたからには、やはり即刻、侵略のご命令を頂けるので?帝国軍一同腕と科学力を磨いて、ご命令をお待ちしておりましたぞ」
(側近の煽りで鬨の声を上げる白いアーマーの人たち)
「地球を侵略だと!?戦国時代じゃ海外派兵くらいが関の山なのに、いやそれはまずいまずい…しょうがない。ここは提督のふりして侵略を諦めさせなくては…(咳ばらいをして声を整えるチカン兵衛)うっ、ううん!まあ、なんだ。地球侵略はしてはいかん。…いや、今回のところはその、見合わせようじゃないか」
(一転して大きなブーイング。あわてて詰め寄る側近)
「なんででございますか!提督、あんな張り切ってたじゃないですか!?」
「いやほら実際行く前とテンション違うってよくあるじゃん。それにもう年の瀬だしさ、そんな無理して頑張らなくてもいいだろ。はるばる宇宙から来てさ。何よりほら、思いやりの気持ちって言うの?それ大事じゃない?ちょっと大人になってさ、まずは侵略される立場になって考えてあげないと」
「なっ、何言ってるんですか!完治不能の中二病、『自分以外はすべて下郎!』それが提督のキャラじゃないですか!急に良識ある一般宇宙人にならないで下さいよ。あーっ、びっくりした!」
(ブーイングの声収まらず。側近フォローしようがなくおろおろする)
「(官兵衛心の声)くそう…戦国随一の交渉のプロと言われた私としたことが…アプローチ完全にまずった。このままでは、こいつらに侵略を諦めさせることが出来なくなる。仕方ないここは路線転換だ…」
(無駄に咳ばらいを繰り返す官兵衛。側近、心配したのかオレンジジュースっぽい飲み物を持ってこさせる)
「いいかよおく私の話を聞け、皆の者!お前らには黙ってたが地球ほど恐ろしい場所はないのだぞ。科学力が優れてる宇宙人だからって地球行ったら、『おっと、挨拶が派手になりすぎちまったかな?』とかいきなりドヤ顔出来るとか思ってたら、痛い目見るぞ!」
「なんと!さすがは提督、やっぱり見なおしましたぞ!無駄に大人になった分、冷静に敵情を把握なされてきたとは。…しかしお言葉ですが、我々帝国軍の科学力にかなうものなど、この宇宙を探しても見当たらないはずです。我ら毎日頑張ってますよ!それでも勝てない敵がいると提督は仰るので!?」
「ふははははっ、科学力など!地球にはな、どんなに科学力を向上させてもかなわない相手がいると言うことを知らんな!?」
「そっ、それは一体何者なのです!?」
(チカン兵衛、悪者の声を作りながら、厳かに言う)
「妻だ」
「ツマッ!?」
「そう妻だ。これほど恐ろしい存在は、全宇宙捜してもおるまい。何しろこの私がどれほどに科学力を向上させてデジタルな盗撮技術を磨こうと、データの置き場所やアカウントやパスワードを隠そうと必ず追跡してくる。小手先の科学技術など、奴に搭載された最強の武器『女の勘』の前では無力ッ!凄絶に無意味ッ!妻こそはこの地球上、いや全宇宙で最強ッ!まさしくモンスターを超えたモンスターだ…」
「もっ、モンスター…」
(ごくりと唾を呑む側近。辺りも静まり返って心なしか皆、未知の恐怖に震えている)
「そればかりではないぞ、お前たち。宇宙の警察はどうか知らんが地球の警察には、どんな抵抗をしても無駄だ。一旦逮捕されれば、勝手に供述調書は作って自白を強要してくるわ、根こそぎ人のもの押収するわ、被害者の女子高生には泣かれるわ、それでいてカツ丼一杯奢ってもくれんのだぞ。しまいには男の刑事が被害者役になって『こうだろ、こうやって触ったんだろ』って何が悲しくて野郎の身体をまさぐらなきゃならんのだ!やってないって言ってるだろ!(冤罪のトラウマ)…今はきっぱりとやってないとは言えんが。いや、ギリギリグレーゾーンだ!」
「提督ほどの方がそれほど苦戦されるとは…恐るべし、地球人。やっ、やはり提督、そうなると地球侵略は諦めて別の星へ行った方が良いということですか…?」
「馬鹿な!!違う違う違う、そうじゃないんだよお前たち!それでも私は敢然と挑まねばならなかった。そう、地球人類、いや全宇宙の男たちが目指す、それが絶対領域の彼方なのだ!!」
(完全にスウィッチ入ったチカン兵衛、話の趣旨がずれてきている)
「ふっ、深い、深すぎて分かりません!あっ!…まさか提督の巨大な欲望の力の源は、地球で発見された絶対領域とやらのお陰と言うことですか!?」
「ああっ、その通りだ!絶対領域へのたゆまぬ歩みこそが、私のすべての原動力なのだ!」
「ぜっ、絶対領域…」
(さっきとは違う意味でどよめく宇宙人たち)
「いいかよく聞け宇宙人ども!見えそで見えない…いや、やっぱり見える!を目指すからこそ、男は絶対領域を求める。何度投獄されようと、妻に脅かされようと、私は諦めん。宇宙にすっ飛ばされようと、必ず私は戻るのだ!さあ立ち上がれ同志たちよ!今こそ叫べ、合い言葉はちちしりふとももだ!」
「ちっ、ちちしりふともも…」
「そう、ちちしりふとももだ!さあ、みんなで!」
(無駄に熱いチカン兵衛の呼びかけに、どよめいていた兵士たちが再び結束を始める)
「ちち、しり、ふともも…」(恐る恐る同調する声)
「そうだ!恥ずかしがらずにもう一度!」
「ちっ、ちちしり…ふとももっ!」「ちちしりふともも!」「ちちっ、しりっ、ふとももっ!」
「いいぞ!皆で叫べ!さあっ」
(いつしか湧き上がる『ちちしりふともも』コール。そしてなぜか、ぶわっと男泣きする側近)
「てっ、提督っ…恥ずかしながら私、今、かつてないほど感動しております!地球に行く前は正直『ちょっとは大人になってくれよ…』とか思ってた提督がこんなに大きな存在となって我らの元に戻ってくるとは!ツマと言う強大なモンスターや警官に脅かされながらも、戦ってきた提督は悪の首領って言うか、もはや英雄…やっぱり我らを導いてくれるのは、あなたしかおりません!こうなったら全軍挙げて行きましょう、地球へ!」
「えっ…」
(あれ、交渉大失敗じゃん、と思ったが官兵衛、もはや引き返せない)
「さあ、提督!行きましょう地球へ!」「行きましょう!」「目指せ我らがちちしりふとももっ!」
「(ま、いいか)そうだ!ふははははあっ、いいぞおっ、お前たち!ついてこい!黙って私についてこい!さあっ、地球へ帰るのだ。そこに絶対領域のすべてが待っている!!」
(ナレーション)「もはや完全に引っ込みがつかないチカン兵衛なのでした…」
(その頃の大坂城、秀吉)
「おーい、そろそろそこ布団敷いといてくれ。うん、さっき片づけたやつ…官兵衛の奴め、こっちは死ぬ準備して待ってたのにちいっとも帰って来んじゃないか…」




