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僕じゃない君 (後)

「え、昨日のこと、親御さんに話してないの?」

「ああ……」

 恭太郎は家に帰ってからも、昨日見たことを誰にも話さなかったらしい。

「どうして?」

「実はさ、俺が中学生のとき、学校の帰り道で雅人が知らない奴らに絡まれてるところに出くわしたんだことがあるんだ。本当なら俺が弟を助けてやらなくちゃいけなかったんだけど、そいつらガタイもよくて、喧嘩も強そうで、いざとなると俺は足が震えて、その場から見てることしかできなかった。……それから雅人の俺を見る目が変わったんだ。兄貴の威厳もくそもなくなっちまったよ」

 恭太郎は自嘲するように笑いながら、事情を話してくれた。

 最後に雅人君が言っていた、自分のことを見捨てたというのはこのことだったのだろう。

 それを境に兄弟の仲に亀裂が生じてしまったのだ。


「でも、それと今回のことは……」

「わかってるさ……でも、昔のことを考えるとどうしても言いだせなくてな」

 重苦しい雰囲気が僕たちを取り囲む。

 どうやらこの問題は、そう簡単には解決しないようだ。

 これは二人の問題。

 これ以上、僕がどうこう言うべきではないだろうと自重する。

「あーあ、どうすりゃいいんだ」

 そう言いながら取り出された恭太郎の昼食は、あんパンとコーヒー牛乳だけ。

 昨日の誤解が解けていないのなら、恭太郎の金欠問題も当然続いているのだろう。


「あんた、まだそんな質素な食生活続けてるの?」

「張り込み中の刑事さんの真似をしてるのか知らないですけど、それだと栄養偏りますよ」

 昨日に引き続き、恭太郎の食生活を見かねた茜と津山さんが僕たちのもとへとやってきた。

「ほっといてくれ……これは俺の問題なんだ」

「なんだかよくわからないですけど、菅君にしては深刻そうですね」

 負のオーラを全身から放っている恭太郎に、二人もただ事ではないと感じ取ってくれたようだ。


「まったく仕方ないわね。ほらこれ、今日のお弁当ちょっと多めに作ってきたから、分けてあげるわよ」

 茜の優しさ。

 なんだかんだ言ってもこういうところで面倒見が良い。

「ほ、本当か!? ありがたやありがたや」

 どんなに落ち込んでいてもお腹は空くもの、恭太郎も思いもよらぬ施しを素直に喜んでいた。


「でも西崎って料理できたのか?」

「できるわよ。あんたは私のことをなんだと思ってるの?」

「そりゃ女の皮をかぶったあく……ゲフッ!!」

「それ以上言うと殴るわよ」

「…………もう殴られてます」

 二人のおかげで、先ほどまでの重苦しい雰囲気は消え去り、恭太郎にもいつもの調子が戻ってきたようだった。


「私は全部、自分で食べますけどね」

 ふふっ、と津山さんがにっこりと微笑んだ。

「……津山さんってけっこう鬼だよね」

「ふふ、冗談ですよ。はい、神谷君も卵焼きよかったらどうぞ」

「う、うん。ありがとう」

 差し出された卵焼きを一つもらう。

 少し甘めの味付けだったが、ダシがきいていて、とても美味しい。

 こうして、今日の昼休みは四人で楽しく過ごすことができた。


 しかし、それから何日経っても恭太郎の昼食が改善されることはなかった。

 僕たちで昼食を分けてあげることはできても、それではなんの解決にもならない。

 そして、雅人君の出来事から一週間が経過した日のこと。

「ねぇ、なんとかしてあげられないかな?」

 解決の糸口が見えない問題に、僕は何かいい案はないかと尋ねてみた。

 ちなみに、今この場にいるのは僕一人だけ。

 恭太郎は授業が終わると同時に教室を飛び出していってしまった。

 だから今日の僕は一人で下校している。 

 では、誰に話しかけているのかというと……


「聞いてる?」

(ああ、聞いてるよ)

 去年、交通事故に遭ってから出会った、僕の中にいるもう一人の君。

 ここ数か月で僕も君を認識できるようになり、お互いに意思疎通も可能になっていた。


「どうすればいいんだろうね?」

(そんなの簡単なことだ)

「え?」

(今日は奴らが言っていた期限の日、今からでもお前が行って助けてやればいい)

「でも僕だけでできるかな?」

(安心しろよ。もしものときは俺が代わりにやってやるさ)

「本当に大丈夫?」

(ああ、任せておけ)

 これ以上、恭太郎の問題に首を突っ込む気はなかったが、乗りかかった船。

 僕たちの力で解決してあげられるならと、僕は君の言葉を信じて、先週と同じ路地を目指して歩き出した。

 時間も先週と同じと言っていたから、今からでも十分に間に合うだろう。

 

 そして路地裏にたどり着いたとき、そこには二人の男の姿が見えただけで、雅人君の姿はまだなかった。

 しばらくのあいだ、僕は物陰に身を潜め、雅人君が現れるのを待つことにした。

「遅ぇぞ」

「す、すいません……」

 その後、すぐに姿を見せた雅人君が男たちのもとへ近寄っていく。


「おら、金はどうした?」

「まさか持ってきてねぇなんて言うんじゃねぇだろうな?」

 雅人君は萎縮しきった様子で無言のまま財布を取り出し、有り金すべてを差し出した。

「なんだぁ? 全然足りねぇじゃねぇか」

 お金を受け取った男が不満そうな顔をして雅人君を睨みつける。

 だがそれも当然だ、一般家庭の親の財布に10万なんて大金がそうそう入っているはずもない。

 一週間で中学生に10万用意しろという方が無理な話だ。

 それで彼らが納得するほど物わかりの良い人たちであればいいが、そういう人たちなら最初から中学生から金を巻き上げたりはしないだろう。

 状況はどんどん悪い方向へと流れていった。


「言ったはずだぜ、金を持ってこねぇとどうなるかってな」

「ご、ごめんなさい……でも、僕じゃこれが精一杯で…………」

「そんなもん知ったこっちゃねぇんだよ!!」

 さらに男は近くにあったゴミ箱を大げさに蹴り倒し、脅しをかける。

「こいつはちょっとお仕置きが必要だな」

「……ひっ……ボク……ボク…………」

 雅人君は今にも泣き出してしまいそうな表情でウサギのように怯えていた。

 傍観者でいられるのもここまでかと、意を決して飛び出そうとしたとき……


「やめろっ!!」


 狭い路地裏に声が響く。

「誰だ、てめぇは?」

「に……にぃちゃん……」

 声の主である、恭太郎が颯爽と現れた。

「なんだ? かわいい弟を助けにお兄ちゃん参上ってか」

「お、弟には指一本触れさせねーぞ」

「あっはっははは、なんだこいつ? 勘違い野郎にもほどがあるぜ!」

 しかし、せっかく出張った恭太郎の言葉を意にも介さず男たちは笑っていた。


「ちょうどいい、足りない分はお兄ちゃんの方から徴収するか」

 男たちの標的が、雅人君から恭太郎に移る。

「や、やるなら相手になってやるぜ……」

 二人の男を前にして、恭太郎の脚はブルブルと震えていたが、その眼光だけは真っ直ぐに男たちを捉えていた。

「へっへっへ」

 男たちは恭太郎を挟むようにして立ち、二人で一斉に襲いかかる。

 恭太郎も二人を相手に勇猛果敢に立ち向かうが、勝負はすでについていた。

 なす術もなく恭太郎は男たちに一方的に打ちのめされていく。


(なかなかおもしろいことになってるじゃねぇか。助けに行かなくていいのか? お友達なんだろ)

 君の言うとおり、傍から見れば恭太郎を助けに入るべきなのだろう。

 でも僕はあえて行かなかった。

(何やってんだ? 早く行かないと取り返しのつかないことになっちまうかもしれないぜ)

「あいつらの目的はお金だ。だから命まで奪うようなことはしないよ……たぶん」

 恭太郎が今日の今日まで、誰にもこのことを言わなかったのは、自分の力で弟を助け出そうとしていたからなのだろう。


(はっ、どのみち痛い思いをするのには変わりないけどなぁ)

「それでも、今は行くべきじゃないと思う」

 それが恭太郎の出した答え、恭太郎なりの雅人君に対する罪滅ぼしなのだ。

「恭太郎が一人でやるって決めたのなら、僕はそれを尊重するよ」

(ったく、なんのためにわざわざここまで来たんだか)

 呆れた様子で君は言った。


 数分後……

「まっ、こんなもんでいいだろ」

「これに懲りたら、俺たちに逆らうのはもうやめるんだな」

 掴まれていた服を離され、恭太郎は力なくドサッと倒れ込んだ。

「兄ちゃんっ!!」

 それを心配そうに見つめる雅人君の声と、

「……チ、チクショウ……」

 恭太郎の悔しさに満ちた声が聞こえた。


「んだよ、こいつも全然金もってねぇぞ」

 男は恭太郎から取り上げた財布から小銭を取り出し、空になった財布をポイッと投げ捨てた。

「しょうがねぇな。おい、明日までに足りない分、耳をそろえて持ってこい」

「持ってこねぇと今日より痛い目を見るぜ。はははっ!」

 最後にそう言い残し、男たちは再び去っていく。

 恭太郎も雅人君もそれに反抗することができずに、ただ男たちが去っていくのを見ているだけだった。

 そしてその様子を隠れて見ていた僕も踵を返し、この場を離れることにした。


(なんだ、帰るのか?)

「違うよ。さっきの人たちのところに行くんだ」

(まさか、あいつらの盗られた金を取り返しに行くとか言うんじゃねぇだろうな?)

「そうだよ」

(わざわざ後から仕返しに行くくらいなら、さっき止めに入りゃよかったじゃねぇか。何考えてんだお前)

「仕返し? 違うよ、恭太郎たちが盗られたお金を返してもらいに行くだけだよ。このままじゃ恭太郎たちがかわいそうだからね」

(あ? 何言ってやがる。だからそれが……いや、もういい。お前の好きにしろ) 

 文句を言うのをあきらめたのか、それからの君は静かに僕の行動を見守ってくれていた────




「へっへっへ、こりゃいいカモを見つけたな」

「ああ、これでしばらく金の心配はいらねぇ」

 そんな二人の会話が聞こえてくるような距離で、僕は男たちの行く手を遮るように立ちふさがった。

「あんだてめぇ?」

 威嚇するような目つきで睨まれたが、いちいち怯えていても仕方がない。

「お願いがあります。さっき恭太郎たちから盗ったお金を返してあげてほしいんです」

 用件だけを単刀直入に言うことにした。


「なんだぁ? 今度はあいつらのお友達か」

「返せって言われて返すなら、最初から盗ったりしねぇよ」

「そりゃそうだ。ははははっ!!」

 だが、到底素直に返してくれる様子ではない。

「じゃあ、これ以上あの二人に関わらないであげてください」

 そういう訳ならばと別の方法を模索することにした。


「お前が代わりに金くれるってなら、考えてやってもいいぜ」

「……わかりました」

 それを聞いた僕は、自分の財布からお札を数枚取り出す。

「なんだこいつ、本当に自分から金出しやがった」

「これで、もう関わらないでくれますか?」

 これが僕の今できる最大の譲歩だったが、

「ああ? あんないい金づるをみすみす逃すわきゃねえだろ」

 それでもダメだった。

「ちょうどいい、てめぇの金も俺たちがもらってやるぜ。来週までに10万用意しろ。持ってこなかったらどうなるかわかってるよな?」

 

 交渉は決裂か……

 やっぱり僕だけの力じゃ無理だったのかな?

 何が、いけな……かったんだろ…………う…………

 自分の身体が自分の身体でなくなるような不思議な感覚。

 どうやら僕の出番はここまでのようだ。

 僕はそれに逆らわずに、その身をゆだねていった────


「…………」

「おい聞こえてんのか?」

「なにシカトこいてんだよ。ブッ飛ばしちゃうよ」

 そして男が僕の胸倉を掴む。


「──おもしれぇ」


 それは、僕ではない君の声。

「あ? 何言ってんだこいつ」

 そしてこれが僕が初めて知った……


「できるもんならやってみな」


 君のやり方だった。

 そして今からしばらくのあいだ……

「「ぎゃああぁああああああぁあああっ!!」」

 この場所から男二人の悲鳴が鳴りやむことはなかった────




「ごめんね兄ちゃん僕……僕、ずっとあいつらに脅されてて…………家に帰ったら……ちゃんと母ちゃんにも謝るから……」

「わかってくれればいいんだよ。それにしても兄ちゃんまたカッコ悪いとこ見せちゃったな」

「ううん、兄ちゃんカッコ良かったよ」

「はは、そうかカッコ良かったか……」

 再び恭太郎たちのもとに戻ったとき、恭太郎と雅人君は何やら仲良さげに話をしていた。

 恭太郎は顔中アザだらけになっていたが、とりあえず無事そうで一安心だ。

 何はともあれ二人の仲が戻ったのは良いことだと思った。


「……涼か?」

 兄弟水入らずの場を邪魔する気はなかったが、恭太郎が僕の姿に気づいた。

 とりあえず用件だけを済ませてしまおう。

「うん、僕だよ。はい、これ」

 恭太郎たちが盗られたお金を先週分も含めて返す。

「お前……わざわざ取り返してきてくれたのか? でもどうやって……」

 僕からお金を受け取った恭太郎は唖然とした顔をしていた。

「別に大したことはしてないよ。もうさっきの人たちも来ないと思うから安心してね。じゃあまた明日」

「あ、おい涼!」

 最後に恭太郎の呼び止める声が聞こえたが、僕は振り返ることなくこの場を立ち去った。




(兄弟も仲直り、金も取り返して、めでたしめでたしってやつだな)

「…………」

(何か不満でも?)

「君が僕の代わりに二人のお金を取り返してくれるっていうから、僕は君に身体を渡したんだ」

(くく……だからちゃんと、取り返してやっただろうが)

「でも、あそこまでする必要はなかったと思うよ」

(自業自得だろ。最初に手を出してきたのはあいつらだぜ)

「でも向こうは謝ってたし、お金も全部返してきたじゃないか」

(はっ、お前はそれだけであいつらを許せるのか?)

「許す? 何を言ってるの、恭太郎たちから盗ったお金を返してきた。それでよかったじゃないかって僕は言ってるんだよ」

(……お前、本当にそう思ってるのか?)

「うん」

(ははっ、だとしたらとんだ偽善者だぜ。お前はな)

「君が乱暴なんじゃないの?」

(なんとでも言え。でも驚いたぜ、喧嘩した相手のためにわざわざ救急車を呼んでやるなんてな)

「君があそこまでしなければ、そんなことをする必要はなかったんだ」

(まぁ、少し悪いことしちまったかもなぁ。あの顎じゃ完治したとしても、もうステーキは食えねぇだろうからよ。くく……)

「今日わかったけど、君と僕は、同じだけどちょっと違うみたいだね」

(はっ、甘いんだよ。お前がな……)

 

 これが初めて僕が知った、僕じゃない君の姿だった────

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