俺の居場所 (後上)
昨日とは打って変わり、からりと晴れた三日目の朝。
ポカポカとした陽気は、真冬の寒さを忘れさせるようだった。
さて、今日のリョウはというと……
いい加減、学校生活にも慣れてきたのか、特に騒ぎを起こすようなことはせずにただ時間が過ぎていくのを待っていた。
雲一つない、高い空を見上げながら────
(あれ、今日はまっすぐ帰らないの?)
学校も終わり帰宅途中、いつもの通学路とは違う道を歩くリョウに涼が尋ねた。
「帰ったって暇なだけだろ。お前の部屋にはつまらねぇ本しか置いてないんだからよ」
(そうかなぁ、おもしろい本を厳選してるつもりなんだけど……君は本とか嫌い?)
「はっ、大嫌いだね。陰気くせぇしめんどくせぇ」
(なら君は、どんなことが好きなの?)
「そうだな、お前の嫌いなことだ」
一人おもしろがりながらリョウは答える。
ただからかっているだけのようにも聞こえるが、それは涼に対するあてつけでもあった。
二人で話すたびに、とことん自分とは気が合わないなと涼は思う。
(違うよ。そういうことじゃなくて、趣味とかそういう話)
涼がリョウを認識してからすでに一年以上が経過している。
だが、涼はリョウのことをあまりよく知らなかった。
知っていることといえば、涼とは逆に運動は得意だが勉強は苦手、そして乱暴なところがあるということぐらいだ。
趣味や嗜好品などの深く踏み込んだ領域までは達していない。
今まで必要以上にリョウと接することが少なかったので知らないのも当然といえば当然だが、この機会に涼はリョウのことをいろいろ教えてもらおうと思っていた。
「趣味ねぇ……」
珍しくリョウが会話の中で考えるそぶりを見せる。
「ねぇよ」と淡泊な返事が返ってくると思っていた涼もこれは少し意外だった。
「そんなもの考えたこともなかったな」
(趣味はあまり考えてやるものじゃないと思うよ。好きだからいつの間にかやっている、そのくらいのことだよ)
結局、答えは変わらずじまいであったが、これはこれで二人の仲が進展したということなのかもしれない……
(ところで、どこに向かってるの?)
ぶらぶらと歩きまわっているうちに、リョウは街の中心である駅近くにまで来ていた。
「別にあてはねぇよ。ただ、ここに来れば少しは暇が潰せるかと思っただけだ」
(だったらこの近くにできたショッピングモールに行ってみようよ。もしかしたら君の興味が引けるものがあるかもしれないし)
それは、この街にある唯一の複合商業施設だ。
その名のとおり、中にはショッピングセンターをはじめ、映画館や飲食店、娯楽施設などが様々な施設が集約されている。
特に行くあてのなかったリョウもこのまま寒い外をさまよい続けるくらいならと、涼に勧められるまま駅の方角を目指した。
駅のすぐ横にデカデカと建てられたショッピングモールは、平日・休日問わずに多くの人で賑わっている。
リョウもそんな賑わいの中にある建物に入り、適当に建物内を散策をしていく。
ゲームセンター、本屋、服屋など、目についた店に入っては店内を見回し、出る。
特に興味の引かれるものがなかったのか、リョウはずっとそれを繰り返しているだけだった。
たまたま通りかかった一階のイベントスペースでは、見知らぬピアニストの演奏会も開かれていた。
そこで一度足を止め、演奏に耳を傾けてみるものの、やはり興味がないとばかりにすぐにその場を離れる。
リョウが次に外に出たときには、先ほどまで淡く地上を照らしていた夕日も身を潜め、今日の役目を終えかけていた。
(趣味になりそうなものはなかったかな?)
「……そうだな。どれも退屈そうだ」
結局、リョウはどこにも長居することなく、小一時間ほど建物内の店舗を見回すだけに終わった。
(別に急いで見つけなきゃいけないものでもないし、これからゆっくりと探せばいいよ)
「これから? はっ、何言ってやがる。俺がこうしているのもせいぜいあと数日のことだ。まさか、忘れてないだろうな『賭け』のこと」
それは、涼がリョウに持ちかけた勝負。
『リョウが変わるかどうか』という非常に曖昧な内容で行われている。
約一週間の期限のうち、すでに三日目が終わろうとしていた。
(もちろん、覚えてるよ……)
「ならいい」
(でも、自分が何が好きなのかとか自分のことを知るのって、大切なことだと思うよ。そうすることで今まで見えてなかった新しい自分を見つけられるかもしれないし)
「はいはい、ありがたいお言葉ご苦労だな。それにしても……」
涼の言葉を意にも介さず、リョウは辺りを見回す。
「店の中もそうだったが、なんでこうもぞろぞろと人が多いもんかねぇ。うっとうしーったらありゃしねぇ」
(それはしょうがないよ。ここは駅のすぐ近くだし、今の時間は会社とか学校帰りの人が多いから)
街に満ちる喧噪はリョウにとって雑音にしか聞こえていないようだった。
人の波をかき分けながら歩いていると灰色だった街に次々と光が灯されていく。
朝が夜に変わるように、街もそれに合わせて変化を繰り返すのだ。
光の正体は店や木々など、いたる所に豪勢に飾りつけられたイルミネーション。
赤、青、黄……色とりどりの光に包まれていくさまは、まるで別の世界にでも迷い込んでしまったのかと錯覚させる。
(そういえば、もうすぐクリスマスだね)
涼のクリスマスは毎年、家族三人で過ごすのが恒例だった。
決して派手なものではないが、ささやかながらに行われるクリスマスパーティーは毎年の涼の楽しみの一つでもある。
(今年は君もいるから四人だ)
「興味ねぇな。そっちで勝手にやってくれ」
(クリスマスプレゼント、もらえたらいいね)
「ったく人の話を……」
(ちなみに君は何が欲しい?)
欲しいもの。
それを聞いたとき、リョウの頭の中には、ふとあるものが浮かんだ。
「そんなものはない」
しかし浮かんで……それで終わり。
もう、欲しいとは思わなかったから……
「ここはもういい、場所を変えるぜ」
人であふれかえった街にウンザリしたようにリョウは言った。
(うん……)
そして今度は、どんどん街の中心部から離れていく。
大勢の人ごみの中に、とうにあきらめた望みを置き捨てたまま────
街の中心部から離れたリョウは、学校裏手の土手道に場所を移した。
喧噪に包まれていた街とは違い、ここには歩くだけでぶつかりそうになる大勢の人間もいなければ、優雅な街灯もない。
次第に闇に包まれていく空の下をポツンと一人で歩く。
「しかし退屈な街だ。出歩いていれば、何かしら刺激のあることに巡り合えると思ったんだが」
(いやいや、ここは良い街だよ。確かに不良のたまり場とか、あまり治安のよくない区域もあるけど、それさえ避ければ、こうしてのんびりと過ごせるところなんだ)
「のんびりとねぇ。まあ、群がった雑魚に絡まれるくらいならそっちの方がマシか……」
どこか物憂げな表情で言ったリョウは向きを変え、土手の中腹に降りていった。
そしてそこで腰を落とし、しばし目前に広がる景色を眺める。
川を挟んで見える遠くの街は、人工の光をまといながらキラキラとひかり輝いていた。
(こうして遠くから見ても綺麗だね)
涼もつい感想を漏らすものの、このときリョウはまた別のものを見ていた。
それは街よりももっと高い、雲一つない夜空。
黒一色に塗り染められた空の中で、異彩な光を放っていたのは綺麗な円を描いた月だった。
(君ってさ、よく空を見上げてるよね。もしかして空が好きなの?)
「さあ……どうだろうな」
自分でもなぜ空を見上げるのか、理由はわからない。
ただ、曇った空が嫌いなのだということは本人も気づいている。
(でも、なんとなく見上げたくなる気持ちもわかるよ。僕も空を見上げているとなんだか心が落ち着くような気がするから)
涼の言ったことはリョウにとって得てして的を射ているような気がしなくもなかった。
こうして空を眺めているときだけは、余計なことを考えずに済んだからだ。
今日の冬空はどんなに手を伸ばしても届きそうもないほどに高く、高く澄んでいた。
(ほら、あそこに星が見えるよ! 一番星かな?)
「ガキじゃあるまいし、そんなんでいちいちはしゃぐんじゃねぇよ」
ポツポツと空のいたるところに星の瞬きが増えていく。
気がつくと、空一面が星で埋め尽くされていた。
(知ってる? あの砂時計みたいなのが、オリオン座だよ)
授業で学んだ星座の知識を披露する。
イルミネーションに包まれた街中では隠れてしまっていたであろう満天の星空。
それはリョウがいつの日か見た、星が無数に輝く空を想起させた。
もはや記憶の片隅にしか残っていないその景色は……
カーテンの隙間から偶然見えたその星空は…………
地獄の淵にいた痛みと憎しみしか知らぬ少年の心に初めて感動というものを与えていた────
空を見上げているとリョウは足元にくすぐったさを覚えた。
上から下に顔を向ける。
「ミャー」
いつの間にか、一匹の猫がリョウの足にすり寄ってきていた。
それは茶と白の毛並を持った、まだ小さな子猫。
「なんだ、こいつは?」
(はは、きっと君に遊んでほしいんだよ)
「チッ……勝手になつくんじゃねぇよ。早くどっかに行きやがれ」
シッシッと、リョウは手を振って猫を追い払おうとする。
(こうやって動物が寄ってくるのって、なんか新鮮だな。僕はあまり好かれないから。でも、この猫どこかで……)
二人が猫に気を取られていたとき、リョウは背後に人の気配を感じ、土手道の方を振り返った。
「奇遇ですね、こんなところで会うなんて。まだおうちに帰っていなかったんですか?」
「テメェは……津山美咲」
「こんにちは。あっ、今はこんばんはですね」
リョウの後ろには美咲が立っていた。
美咲は、いつも学校で目にする制服姿ではなく、茶系のコートに黒いスカート、そして紺のニーハイソックスという私服の姿だ。
「何か用か?」
「そんなにつれないことを言わないでくださいよ。その子とお散歩をしていて、たまたま通りかかったんです」
美咲の視線の先にいたのは、リョウの足元でじゃれている子猫。
そして涼も思い出す。
どこかで見たことのある猫だと思ったが、それは以前に美咲に写真で見せてもらったものだということを。
「そうかい。ならさっさと持って帰りな」
言いながら、リョウは顔を正面の位置に戻した。
「これはこれは、うちのミーくんがご迷惑をおかけしました。でも珍しいですね、この子が人になつくなんて」
「人の恐さを知らないほど甘やかされてる証拠だな」
「いいえ、きっとわかるんですよこの子には。神谷君が優しい人だってことが」
「はっ、野生を忘れた温室育ちの猫なんぞに何がわかるってんだ。今の俺は…………」
そこまで言って、リョウは余計な口を滑らすまいと言葉を切った。
「そういえば、神谷君はこんなところで何をしていたんですか?」
「別になんもしてねぇ。暇をつぶしてただけだ」
「なら、私と少しお話しませんか?」
「話だと?」
相変わらず背中越しに話すリョウだったが……
「はい。神谷君とこうして二人きりになる機会なんてあんまりなかったですし……それに私────
『今』の神谷君に興味があるんです」
その発言に驚いたリョウは顔を正し、再び美咲の方を振り返った。
「どうかしましたか?」
昨日と変わらぬ微笑みを浮かべながら、何食わぬ顔で美咲はリョウに尋ねる。
その返答にリョウは言葉を詰まらせた。
美咲の口から出た『今』という単語。
その言葉の意味をどう解釈するべきなのか、リョウは美咲の意図をはかりかねていたからだ。
今のリョウが以前の涼と違うというのは、もはやクラスメイトには周知の事実。
だが、その認識は『涼の性格が少し荒っぽくなった』程度のものにすぎない。
人格が入れ替わったことを知っているのは茜だけのはず。
しかし今の美咲の発言は、そのどちらともとれる。
少し荒っぽくなった涼に興味があるのか、人格の入れ替わったリョウに興味があるのか……
身も蓋もないことを言えば、結局は以前と違う現在の涼に興味があるということ。
だがリョウの人格のことを知っているならば、どうやってそれを知ったのか。
一番可能性があるのは、茜が美咲にリョウのことを話すだが、わざわざそんな話を茜がするだろうか?
たとえ話を聞いたとして、それをすべて真に受けるとも考えずらい。
意図などと深く勘ぐる必要性はないように思える。
しかし、リョウにとって『津山 美咲』という人間は、警戒に値する対象となっていた。
それは美咲が危険な人物であるというようなニュアンスではない。
まだ得体の知れない人間という意味でだ。
そして珍しいことにリョウの中での美咲の評価は高い位置にあった。
目の前の女は、何も考えずに言葉を発するほど馬鹿ではない。
その発言も偶然ではなく、あえてこちらの気を引くために言ったのだろうと、リョウは独自にそう解釈をした。
食えない女だ……
そう思いながらもリョウは、
「いいぜ。俺もお前に少し興味があったんだ」
美咲の要望を受け入れ、警戒を解いた。
「ありがとうございます。お隣、失礼しますね」
美咲も土手の中腹まで下り、リョウの隣から一歩空けた位置に腰を下ろす。
「わあ、綺麗なお星さまですね」
美咲は目前に広がる街の明かりではなく、夜空に瞬く星だけを見ていた。
「今まで気づきませんでした。神谷君は星を見ていたんですか?」
「……まあ、そんなとこだ」
「星が好きなんですか?」
今日何度目かの似たような質問にリョウはため息をついた。
「それを見ていたら、それが好きだってことになんのかよ?」
「それもそうですね。でも、さっき星を眺めていた神谷君は学校にいるときとは違う顔をしていましたよ」
的確にこちらの神経を逆なでするような発言にリョウは眉をひそめた。
それを察知した美咲は苦笑いをし、これ以上リョウに嫌われないようにと本題に入る。
「一つ、聞いてもいいですか?」
返事はなかったが、美咲はそれを肯定の意思表示として受け取った。
「昨日、廊下で私に言ったことを覚えていますか?」
『疲れんだろ? そうやって薄っぺらい笑顔を張りつけ続けるのは』
もちろんリョウもそれを言ったことを覚えている。
むしろ美咲に対しての印象など、その程度しかない。
リョウが美咲に持つ興味はそれだけなのだ。
「あれはどういう意味だったんでしょうか?」
「そんなのテメェの方がよくわかってるんじゃねぇのか?」
「……では、聞き方を変えます。どうしてそう思ったんですか?」
「聞きたいことは一つじゃなかったのかよ?」
「もう、そんなイジワルなことを言わないでくださいよ。神谷君が教えてくれないからじゃないですか」
「わかるもんは嫌でも目につく。お前みたいに、上手く隠し過ぎてるようなのは特にな」
「つまり、それはいわゆる俺と同じ匂いがしたから、というやつですね!?」
どうにも掴みどころのない美咲と話すことにリョウは少し煩わしさを覚えた。
何を言っても美咲は独自のペースを崩すことはない。
そして変わらないのは態度だけではなかった。
細められた瞳、緩やかなカーブを描いて上がる口角。
それしか表情を持ちえないのかとさえ思えてしまう。
なぜ興味を持ったのか?
そう聞かれれば、リョウはこう答えるだろう。
「ただ目についたから」と……
もともと他人なんてものに興味はなかった。
わざわざ干渉するつもりもなければ、干渉されるつもりもない。
だから一歩ではなく、二歩も三歩も離れたところで、いつも他人を見ていた。
初めは、ほんのわずかな違和感だった。
人当たりの良い態度、人受けの良い笑顔。
誰しもが口をそろえて言うだろう「彼女は良い人だ」と……
彼女の応対には嫌悪感がない、悲壮感がない。
負の感情がない、正の感情しかない。
人間生きていれば嫌なこともある、つらいこともある、泣き出したいこともある。
しかし、彼女がその感情を人前に表すことはほとんどなかった。
それはなぜ?
彼女が強い人間だからか?
違う。
彼女がそれを感じない人間だからか?
それも違う。
『押し殺しているから』
それがリョウの導き出した答えだった。
他人を不快にさせないために常に自分の感情を『押し殺す』人間。
それが『津山 美咲』という人間であると……
しかし、人間である以上、どんなことにも許容が存在する。
どんなに大きな器でも、水を入れ続ければこぼれてしまうように……
彼女もそれは例外ではなく、押し殺しきれなかった感情が、漏れ出す瞬間が稀にあった。
大切な友達が、危険にさらされたとき……
大事な猫が、無残に殺されたとき……
恐怖に体を支配されてしまったとき……
距離をとっているからこそ見えるものもある。
無理にため込み続けたものは、ふとした衝撃であっけなくこぼれ出る。
人の感情が最も大きく揺れ動くのは『大切なモノを失ったとき』だ。
それは人でも物でもいい。
家族、友人、恋人、ペット、金……
人によって様々だろう。
それを失ったとき、そして失いそうになったとき、人はどのように変わるのか。
泣く、怒る、笑う、壊れる……
それも人の感情によって様々だ。
だからこそリョウは好奇心を覚え、興味を抱いた。
その仮面を剥ぎ取ったとき、こいつはどうなるのかと……
そしてリョウの直感は告げていた。
こいつもこちら側の人間だ────
まだ自分の足元でゴロゴロしている子猫に目を向ける。
思いついたのは、以前もこの川原で起きた出来事の再現。
あのときは涼が美咲を引き止めたためにその先を見ることは叶わなかったが、今ならば美咲を止める者はいない。
そして美咲の憎悪の対象となるのは……リョウ。
自分自身だ。
なれば直に美咲の想いを感じることができる。
そして美咲の抱えこんでいるものをより知ることもできるだろう。
だが、そうなると別の問題が一つ。
もしリョウの予定どおりに事が進めば、もう一人の自分が黙ってはいない。
今のリョウはもう一人の涼のルールによって縛られている。
しかしそれもすでに対策ずみだ。
涼が提示したルールは二つ。
学校に通い、授業を受ける。
そして……
無用に『人』を傷つけない。
なぜ、涼は『人』と限定したのか……
否、限定せざるおえなかった。
もし、これを人を含めた動物としたならばどうなっていたか。
その辺を飛んでいた蚊の一匹でも殺そうものなら即アウト。
しかし蚊ぐらい誰だって一度は殺している。
これは二人の真剣勝負。
いちいち例外を設けていてはキリがないし、蚊だから、などという曖昧さは論外。
客観的に誰が見ても、同じ裁定を下せなければ意味がない。
だから涼は、人と限定せざるおえなかったのだ。
そしてリョウがルールを守る限り、涼は必要以上にリョウの行動に干渉することができない。
第一、このような状況になるとは誰が予想できただろうか……
試しにリョウは足で猫を軽くこずく。
猫は遊んでもらっていると思っているのか、リョウの足にじゃれつき逃げようとはしない。
これから自分がどんな目に遭わされるのかもまるでわかっていないようだった。
やはり温室で育った動物などに何もわかるわけがないと先の自分と美咲のやり取りを思い出す。
程なくして、リョウは行動を起こした。
「ニ、ニャーッ!」
逃げる暇も与えず、リョウは子猫を素早い動きで捕らえる。
いきなり乱暴に首根っこを掴まれた子猫は、ビックリしたように鳴き声を上げた。
そんなリョウの行動に美咲も少なからず驚きを見せる。
リョウは立ち上がり、よく見えるように子猫を掴む左手を自分の顔の辺りにまで上げた。
そして……
「見せてくれよ、俺に……。お前が、その顔の下に隠しているものを」
まだ驚いている美咲に向かってそう言った────




