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君と僕の真実 (後下)

「さあて、これでお前は選ばなければならなくなった。利口なお前には、俺の言っている意味がわかるだろ?」

「………………」

 体の主導権を握られている、つまりこの体を今自由に使えるのは君の方。

 その状況だけならば君が何をするつもりなのか、いくつかの選択肢が生まれるだろう。

 だが、今のセリフと組み合わせて考えると思い当たる選択肢は一つだけだった。


「やめろ、みんなは関係ない!」

「ふん、察しがいいと話が早くて助かるぜ」

 やはり君は僕にとっての親しい人物を脅迫の材料に使うつもりだったようだ。

「しかし、この状況で他人の心配なんてするとは、ずいぶん余裕だな」

「そんな脅しに簡単に屈したりはしないよ」

「ほう。いいんだぜ、見せしめに菅恭太郎あたりをやっちまってもよ。見ものだな、そのときにお前がどんな顔をするのか」

「そんなことは絶対にさせない……」

「はっ、主導権が俺にある限り、お前は俺の言いなりになるしかねぇんだよ。こんな風になぁっ!」

 言うと同時に僕の体が見えない何かに押しつぶされるように一瞬にして地べたに伏せられた。


「ぐ、うう……」

 必死に起き上がろうと試みるも僕の体は地面に縫いつけられたかのように動かなかった。

 唇の端を釣り上げながら僕を見下す君は、まるで僕との力の差を見せつけるように徐々に上から襲い来る圧力を大きくしていく。

「ぐ……ぐ、くあああ……!!」

「はっはっは、お前なんて俺を演じさせてやっているだけの操り人形に他ならない。操者である俺に逆らうからこういうことになる」

 このままでは押しつぶされるのを待つだけ。

 どうにかしてこの状況を打破するように、体にありったけの力を込める。

 しかし、それでも体はピクリとも動かなかった。


「無駄だって言ってんだろ。主導権を握るということは、もう一人の存在を抑制できるほどの意思の強さがあるということだ。お前の脆弱な意志と今の俺とじゃ、天と地ほどの差がある。お前はそうやって地べたに這いつくばっているのがお似合いだぜ」

「……無駄なのは……君の方だ……こんなことをされても…………」

「強がるのはテメェの立場をわきまえてからにしろ!」

「ぐあああああっ!!」

 さらに強くなる圧力。

 体が千切れてしまうのではないかという錯覚に襲われるほどの痛みに叫び声が上がる。


「ほらほら、早く俺に許しを乞うなりあきらめるなりしちまえよ。でないとお前の人格そのものが消えちまうかもしれないぜ」

「……いくらこんなことをされても…………僕は君の言いなりにはならない……」

「まったく強情な奴だ。それとも本当に自分が消されるわけはないとでも思っているのか? どのみちお前みたいな奴には、この方法は効果が薄いらしいな。……なら今度はお前のお友達にも協力してもらうとしようか」

「……待て……恭太郎たちに手を出すことは……」

「くく、お前はそこから見ていればいいさ。お前のせいで痛い思いをするお友達の姿をな」

 そう言い残し、君は僕を捕えたままこの場を離れようと踵を返した。

「………………」


 ────ヤメロ


「……なんだ? 体の自由が……きかないだと……」

 僕は決めたんだ……

「これは……お前の仕業か?」

 二度と僕のせいで、大切な人たちを傷つけさせはしないって……

「無駄な足掻きを……」

 もうあんな悲しい思いをするのも、ましてやさせたりなんてするものか。


「…………想いの強さなら……僕だって負けない」

「……この期に及んで、そんな口が利ける様か?」

「君が……どんなことをしても成そうとしていることがあるように……僕にだって…………譲れないものがあるんだ!!」

 体に縛られた糸を引きちぎっていくように、痛みに耐えながら少しずつ体を起こしていく。

「く……うう……」

「頑張るのは結構だが、無理に俺の力に逆らおうとすれば、本当にお前の人格が消えかねないぜ」

 君の警告を聞いても、僕は立ち上がることをやめなかった。

「ふん、そんなにあいつらが大切か? 自分自身よりも…………」

「僕は……この数か月をかけてやっと理解できたんだ。なんでもただ穏便に済まそうとするだけじゃダメなんだって……ときには相手と正面から意見をぶつけ合うことも戦うことも必要だと……痛みから逃げ出すだけじゃなく、立ち向かわなければいけないときがあるって……それをみんなが、そして君が教えてくれた!!」

「ッ、馬鹿な……なぜ立ち上がれる? この俺が……お前ごときに気圧されてるとでも言うのか!?」

「どっちに上も下もない、僕たちは生まれたときからずっと対等だ!」


 君の意思の力を跳ね返し、僕たちは再び同じ目線で向き合った。

「これで君も僕の許可なしには、ここを出ることはできない」

「チッ、ふざけた真似を……」

 現在の僕たちの力関係はピッタリと釣り合っている。

 互いが互いの自由を抑制し、どちらも表に出ることはできない状態だ。


「君は過去に囚われ過ぎている。僕たちは今を生きているんだ。それじゃあ、いつまで経っても未来へは進めない」

「違うな。過去があるからこそ今がある。お前だってそうだ。俺があんな境遇でなければ、今を生きることもできなかった」

「そうやって自分の境遇を盾にして、君は本当の自分から目を背けているだけだ!」  

「…………俺が…………目を背けているだと!?」


 まただ……

 また背筋の凍るようなこの感覚。

 君は、いったいどんな想いで、この計画を成そうとしているんだ。

 そして、どれほどの闇をその身に抱え込んでいる……?


 君の発言の一つ一つには、何か強い意志のようなものが感じられた。

 だが、僕が感じたものに正はない。

 すべては負の感情で黒く彩られてしまっている。

 僕たちの立つ、この場所のように……


「お前の力を少々見くびっていたことは認めてやるよ。だが、いい気になるな。お前なんて所詮は俺のまがい物にすぎない。少しはありがたく思えよ、お前に俺を演じさせてやるんだからなぁ」

 見事なまでの嫌われっぷりだ。

 でも、だからこそ腑に落ちない。

 そこまで僕のことが気に入らないのならば、なぜもっと自分の方法を模索しなかったのか……

 なぜ君は、一度の失敗であきらめてしまった……?

 一度の失敗であきらめられるほど表に出続けることに執着していないのか、それとも……


 ここまで聞いても理解の及ばぬ君の心。

 それは、僕たちがまるでわかり合えていないからなのだろう。

 だったら、理解しあえるまでぶつかり合うだけだ。

 まずは考えろ……

 もし僕が君の立場だったらどうする?


 我ながら自分の思考と行動の矛盾に自嘲してしまいたくなる。

 こんなもの、いくら考えたって結局は僕の希望的観測にすぎない。

 君が僕になれないように、いくら考えても僕は君にはなれないのだから……

 でも、こんな方法でも、もし君とわかり合うことができるのなら、僕はいくらでも考えよう────


「はん、今度はだんまりか?」

「……君はなんで変わることを望んだんだ?」

「あ?」

「僕はね、自分で無理に変わろうと思ったことはなかった」


 別に自分のことを溺愛しているわけではない。

 どちらかと言えば、嫌いなことの方が多いかもしれない。

 それでも、僕は自分を貫き続けようと思っている。

 いくら偽善者と罵られようが、助けを求めている人がいれば、困っている人を見かければ、手を差し伸べてあげられる人間であろうと……


 自分一人だけが目の前の壁に道を遮られ、立ち止まってしまったとき……

 悩んで、苦しんで、もうどうしようもないとあきらめかけてしまったとき……

 僕はいつも誰かに助けてもらっていた。

 こんな自分でも、ちゃんと手を差し伸べてくれる人がいることが、すごく嬉しかった。

 だから僕もそんな人を見かけたら助けてあげたい。

 ずっとそう思っていた。


「けれど、君は違う。君は自分で変わることを望んでいた。それはなんで? 本当に過去を忘れたいだけの理由で?」

「……何が言いたい?」

「君の言葉と行動は、他人への憎しみだけで行われているとは思えない。本当はその憎しみの中に埋もれてしまっているモノがあるんじゃないのか!?」

「……………………」


 考えろ、君の言葉から……

 導け、君の行動から……


『──お前は甘いんだよ、だから今日みたいなことになる』


 君は粗暴な性格だ。


『──痛みを伴うからこそ人間は理解する。自分の罪、犯した過ちの重さをな』


 なんでもすぐに力で解決しようとする。


『──他の奴らがどうなろうが俺には知ったこっちゃないんだよ』


 そして唯我独尊というか、常に自分本位で動く。

 そんな人間がなぜ、変わることを望む……

 当然、自分で気に入らないところがあるからだ。

 なぜだ?

 それはどこだ?

 もし君が君の望んだとおりになっていたとしたら……

 きっとそれは……


「もしかして君は、自分を第一に考える自分自身が嫌いなんじゃないの?」


「……………………」

「君は粗暴で自分勝手な人間だ。だけど、むやみやたらに人を傷つけるわけじゃない。少なくとも、無関係な人間まで傷つけることはしなかった。それは、まだ君が人を思いやる心をちゃんと持っている証拠だ。なら、まだやり直せる。君が君として生きることだって、できるはずだ!」

 僕の言葉を聞く君の顔は、思いもよらぬことを言われたように唖然としていた。

 新たに導き出された可能性……

「君は一人で何もかもを背負いすぎている。そんなんじゃ、いつか必ずそれに押しつぶされてしまうときが来る。だから、本当に手遅れになる前に……」

 だが、所詮そんなモノは……

「ふっ……はっはっはっ!!」

 僕の独りよがりな想像の産物でしかなかった。


「何が……おかしいの……?」

「ははっ、何もかもがさ。お前は俺のことを根本から誤解している」

「誤解だって……」

 困惑している僕をよそに君はこらえきれない笑いを抑えるように顔を手で覆った。

「なら聞くが…………」

 そして笑いを含む声は次第に『嗤い声』へと変化していき、君は顔を覆った手を離しながら、僕に向かって一つの問いを投げかけた。


「お前は、道端にいる蟻をいちいち踏み潰しながら歩くのか?」


 それを聞き、見た瞬間、まるで自分の心臓に手をかけられたような、おぞましい気分に見舞われる。

 心臓を腫物でも扱うかのように優しく撫でられながら「こんなものいつでも潰せるぞ」とでも言われているようだった。

 脳裏に浮かんだその言葉が表す意味は、できるけどもやらないということ。

 逆に言えば、いつでもできると言われているも同然だ。


 今、僕が感じていたのは『恐怖』ではなく『狂気』。

 一度だけ見たことのある、まだ記憶に新しい君の表情。

 それは……


『…………くく……さようなら──────』


 君の記憶の中で見た、君が唯一嗤っていたときの表情と瓜二つだった。

 黒く淀んだ瞳に内に秘める闇をすべて塗りつけたように歪んだ嗤い顔。

 君の言う『あの男』にだけ向けられているはずだった憎しみは、いつの間にかその矛先を見失い、君の発言を裏付けるかのように君以外のすべてに同様に向けることができてしまっていた。

 そんな事実を目の当たりにし、僕は茫然と立ちすくむ。


「別に今すぐにでも、その辺を歩いてる誰かの人生を終わらせてやったっていいんだぜ。虫でも潰すみたいに、こうプチッってな。ははっ!」

 人を人とも思わぬ発言を君はまるで無邪気な子供のように話す。

「まさか……君は……」

 君がなぜ、一度の失敗であきらめてしまったのか……

 今このときになって、その理由が想像できてしまう自分に憤りを覚えた。

「はっ……お前が俺に何を期待しているのかは知らねぇがあきらめろ。俺はもう変わりはしない。後は、お前さえ完全に俺の下に置いてしまえば、俺の目的は達成されたも同然なんだからな」


 君と僕の対立の行方は、文字通り平行線を辿った。

 このままでは一生交わることのないであろう二つの線。

 もはや僕の言葉は、今の君には永遠に届くことはないだろう。

 こうなってしまっては、僕の力だけでは君を闇の中から救い出すことは不可能だ。

 ならどうする?

 言われるがままにあきらめてしまうのか?

 いや、そんなことはもう悩む余地もない……


 目の前の事実をしっかりと受け止めるために僕は一つ息を吐きながら心を切り替え、ある一つの覚悟を固めた。

「……もう君に何を言っても無駄なのはわかったよ」

「ふん、やっと理解したか。だったら……」

「だから……これからは僕も少し強引にいかせてもらう」

「……ほう、そいつは興味深い。お前からそんなセリフが聞けるとは思わなかったぜ」


 僕の力でも言葉でもダメ。

 なら思いつく方法は、もう一つだけだ……

 それは、成功するかどうかもまるで予想できない博打のようなもの。

 でも結果がどうなろうが、一度差し出そうと伸ばした手を引っ込めるようなことはしない。

 君も僕にとって大切な存在であることに違いはないのだから……


「これから僕と一つ『賭け』をしよう」

 文字通り、僕は最後の『賭け』に出ることにしたのだ。

「『賭け』だと?」

「そう、今度は君が選ぶ番だ。このまま先の見えない小競り合いを終わらせたいのなら、君は僕を打ち負かすしかない、僕の土俵でね。君にはそれを選ぶ勇気があるかな?」

「ふん、安い挑発だな。俺が勝ったら、お前は大人しく俺の操り人形になるとでも言うのか?」  

「君がその条件でいいなら、僕は喜んで受理するよ」

「……その話、本当だろうな?」

「本当だよ。そのときは、僕の持ってる主導権も全部君に渡す。でも僕が勝ったら、君が僕の言うことを聞くんだ」

「……何を企んでやがる?」

「それを君に話したところで、この状況は何も変わらないよ」

「…………いいだろう。ルールを聞こうじゃねぇか」

 そして僕はルールを説明していった────




「……今夜の零時ちょうどからスタートだよ」

「ああ」

 互いにすべての確認を終え、静かにたたずみながら、その時を待つ。

 ゆっくりと別々の時を刻んでいた二つの針が真上を向きながら重なり合った。


「「ゲームスタートだ」」

 

 この先、鬼が出るか蛇が出るか、僕にもまるで予想ができない。

 けれども僕は信じている。

 きっと、君も心の奥に巣食った痛みに打ち勝つことができると……

 それに君には、まだ知らなければならないことがたくさんあるのだから。

 こうして、君の新たな物語が幕を開けた────

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