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君と僕の真実 (中)

 僕の住んでいる街から歩くこと数十分。

 郊外の一画にある住宅街の、とある一軒家のドアを開いた。

「ただいま」

 久方ぶりの挨拶。

 僕の声に気づいてくれたのか、玄関から続く廊下の先から一つの足音がこちらに向かってきた。

「あら、涼君。おかえりなさい」

「ただいま、叔母さん」

 相も変わらず、いつでも僕を出迎えてくれる穏やかな声にどこか安心感を覚える。


 ここは学生寮ではない僕のもう一つの家だ。

 僕を引き取って育ててくれた親戚の叔父さんと叔母さんが二人で住んでいる。

 玄関で叔母さんに迎えられるまま、僕は居間へと足を運んだ。


「おお、帰ってきたのか。おかえり」

 ソファに座り、新聞を読んでいた叔父さんが僕に気づいてそう声をかけてきた。

「ただいま。たまには、叔父さんたちの顔が見たくてね」

「嬉しいことを言ってくれるわね。涼君、今日は泊まっていけるんでしょ?」

「うん」

 たまにだが、僕は長期休暇以外でも週末にこうして実家に帰ることがあった。

 前に返ってきたのは夏休みのときだったので、今回は約四か月ぶりの帰省だ。


「晩ご飯、もう少しでできるから、待っててちょうだいね」

 そう言って、叔母さんが台所に立って支度を進める。

「僕も何か手伝おうか?」

「いいわよ、帰ってきたばかりなんだからゆっくりしなさい」

 お言葉に甘えて僕はソファに腰をかける。

 待っているあいだは叔父さんに近況報告がてら、二人で話しながら時間をつぶした。


 しばらくして、晩ご飯の用意が終わり、今度は僕たち三人で食卓を囲む。

「一人でもちゃんとご飯は食べてる? コンビニ弁当だけじゃダメよ」

「大丈夫だよ。できるだけ自炊してるし、寮には食堂もあるから」

「はっはっは、涼だっていつまでも子供じゃないんだ。そんなに心配するな」

 心配性な叔母さんを叔父さんがなだめる。

「私にとってみれば、いつまで経っても子供よ」


「そういえば茜ちゃんは元気にしてるのか?」

「うん。相変わらずそこら辺の男子よりもよっぽど元気が有り余ってるよ」

 昔から縁のある茜のことをもちろん二人もよく知っていた。

 当然茜も、叔父さんと叔母さんが僕の実の生みの親でないことを知っている。

「あの子はしっかりしているからなぁ。涼も結婚するならああいう子にした方がいいぞ」

「そうね、茜ちゃんになら涼君を任せられるわ」 

「あはは……」

 なんとも答え難い内容に僕は苦笑いをする。

 同時に、もしそんなことが起きようものなら、絶対に尻に敷かれているであろう自分の姿を容易に想像できてしまったことが悲しい。


 この家に帰ってくるたびに僕にも帰る場所があるのだということを実感する。

 気兼ねすることなく続く、とりとめのない会話。

 外で食べる料理とは違う、慣れ親しんだ味。

 茜や恭太郎たちと過ごす時間とは、また違った居心地に自然と頬が緩んでいく。

 自分の帰りを待っていてくれる人がいるというのは、それだけで安心できるものだった────




「食器、洗い終わったよ」

 晩ご飯を食べ終え、後片づけが終わったことを居間でくつろいでいた叔母さんに伝える。

「ご苦労様、ありがとうね」

「これくらいお安い御用だよ。それでさ、ちょっとお願いがあるんだけど……」

「なぁに?」


 僕が今日帰ってきたのには、二つ目的があった。

 一つ目はこうして二人に会うことだ。

 定期的に実家に顔を出して実際に会話をすることで、互いに元気に生活していることを確認するため。

 そして二つ目は……


「僕の小さいころの写真とかあったら見せてほしいんだ」

「いいわよ。確か押入れの奥にしまってあったと思うんだけど……」

 言って叔母さんは立ち上がり、隣の部屋へ入っていく。

 後をついていくと、叔母さんは押入れを開け、なにやら奥の方をごそごそと物色していた。


「あったあった。はい、これ」

「ありがとう」

 取り出されたのは少し埃の被った一冊のアルバム。

 お礼を言ってそれを受け取り、僕は自分の部屋へと戻っていく。


 これが僕の二つ目の目的だった。

 君から過去の話を聞いたのはいいものの、僕は僕の中にある小さな疑惑のせいで、それをすべて自分のこととして受け入れることができなかった。

 そう思ってしまう一番の原因は、僕が自分の過去を実感できていないからだと思う。

 何も覚えていないからこそ、君から聞いた話もすべて他人事のように聞こえてしまうのだろう。

 君の話をすべて信じるのなら、これも君に全て押しつけてしまった僕の自業自得なのだ。

 今さら自分の過去の境遇について、悲観するつもりも恨み言を言うつもりもない。

 過去がどうだろうと僕はこうして恵まれた環境で今を生きているのだから……


 けれども何も知らないままなのは嫌だった。

 自分のことだ、それぐらい僕にだって知る権利はある。

 でも、これはもう僕だけの問題じゃない。

 君と僕の問題だ。

 君に言われたとおりに先のことを考える前に、僕は過去の罪をすべて清算しておかなければならない。

 だから僕は、こうして少しでも自分のことを思い出そうとしていた。


 具体的な方法としては、自分の過去を思い出せないのなら、その記録を辿ればいいと考えた。

 一番手っ取り早いのは小さいころの写真……つまりアルバムだ。

 どんな些細な手がかりでもいい、それで何かを思い出せるのならと、時を遡るようにアルバムをパラパラとめくっていく。


 今の学校に進学してからは津山さん、中学に入ってからは恭太郎と出会った。

 進学するにつれて小さかったころの友達は、みんなそれぞれの道を歩んでいき、今では疎遠になってしまった子もいる。

 本当に小さかったときからずっと一緒にいるのなんて茜くらいのものだ。

 入学式、運動会、文化祭、あっという間に通り過ぎてきてしまったものだが、こうやって写真を見ていると昨日のように思い出すことができた。

 どれも僕にとっては、かけがいのない思い出だ。


「あれ……おかしいな……?」

 アルバムを一通り見終わってから、妙なことに気づく。

 このアルバムには僕の小学校以降の写真しかなかったのだ。

 僕が知りたいのは、それより以前のこと。

 飛ばしたページがないか、もう一度、注意深くアルバムをめくっていく。

 だが、やはりそんな写真は存在していなかった。


 一度、頭の中で情報を整理する。

 僕がこの家に引き取られたのは小学生より以前、それは間違いない。

 単純に当時に写真を撮っていないということも考えられるが、そう考えるにしては不審な点があった。

 写真の配置が不自然なのだ。

 所々に見られる空白。

 まるで誰かが意図的にそこにあった写真を抜いたようにも見える。

 いくらでも仮説は立てられるが、こればかりは一人で悩んでいても仕方がない。

 何せ僕は、このアルバムの元の状態を知らないのだから。

 仕方がないのでアルバムを返すがてら、叔母さんに聞いてみることにした。


 部屋を出て、居間で本を読んでいる叔母さんのもとへと向かう。

「あら、アルバムもういいの?」

 読んでいた本から僕の持っているアルバムに目を移しながら叔母さんが言った。

「うん。それなんだけど……」

「それにしても、よっぽど昔のことが懐かしいのね。前に帰ってきたときもアルバムを見せてほしいって言っていたくらいだし」

「え……? ごめん、それっていつの話だっけ?」

 前に帰ってきたのは夏休みのときだったが、僕にはアルバムを見たなんて記憶は一切なかった。


「ほら、夏休みのときよ。あのときは写真も何枚か持って帰ったじゃない」

 じゃない、と言われても記憶にないものはない。

「そ、そうだったね。うっかりしてたよ」

 不審に思われる前に、この場は適当に誤魔化すことにして、僕はもう一度、部屋に戻ることにした。


 自室で一人、叔母さんの言葉をもとにさらに混乱する頭を整理する。

 まず、僕が自分のアルバムを見たのは数年単位で見ても今日が初めてだ。

 だが、さっき叔母さんは、前回僕がこの家に帰ったときにもアルバムを見ていたと言っていた。

 さらには、僕がその中の写真を持って帰ったとも……

 ということは、先ほどのアルバムにあった妙な空白は僕が写真を持ち出したからできたということになる。

 何度も言うが僕にそんな記憶はない。


「叔母さんが僕を他人と見間違うわけはないし……」

 そうなると浮かぶ答えは一つだけだ。

 見た目は僕だけど僕じゃない人物による行動。

 そう、もう一人の僕だ。

 君が僕の知らぬ間に勝手に表に出て、行動に及んだとしか考えられない。


 けれども理由はなんだ……?

 人が何かを隠す理由の大半は、誰かに知られたくないことがあるからだ。

 あのアルバムは僕にまつわる物。

 つまり君にとって、僕に見られては都合の悪いものがあったということか?

 本人に直接聞いても、きっとはぐらかされるだろう。

 しかも僕がこういった行動に出ることを見越して及んだのだとすれば、その写真はすでに処分されてしまっている可能性が高い……

 せっかく歩を進めることができると思っていたのに、結局僕は振り出しに戻ってしまったというわけだ……


「あー、もうわけがわからないよ」

 不可思議な君の行動に惑わされながら、僕は頭をかき布団に突っ伏した。

 柔らかな布団の感触と身体の疲れも相まって、次第に強い眠気に襲われる。

 ボーっとする頭では何も考えることができず、僕の意識はそのまま深い微睡の中に落ちていった────




 それから数日が経ち、週が明けた。

「はぁ……」

 学校の中庭にあるベンチに座って、一人ため息をつく。

 結局、週末の二日間では何も有益な情報を得ることができなかった。

 このままではいつまでたっても情報収集が進展する様子も当てもなく、ずっと頭を悩ませている。

 今はリフレッシュがてら、休み時間を利用して外の風に当たっていたところだ。


 悠然と流れていく雲を眺めていると、突然視界が何かに覆われた。

 僕の目を中心に少しひんやりとした感覚が広がる。

「だーれだ?」

 耳に入ってきたのは聞きなれた声。

 今さら聞き違うはずのない声の主の問いに、僕は苦笑いを交えて答えた。

「茜、でしょ」

「正解!」

 開けた視界の先では、茜が悪戯な笑みを浮かべながら僕の顔を覗き込んでいた。


 文化祭以降も僕と茜の関係だけは以前となんら変わることはなかった。

 一時的に話しにくい状況にはなったものの、今ではこうして自然と元に戻っている。


 茜は隣に腰かけ、ポケットから缶コーヒーを二本取り出した。

「涼も飲む? 温まるわよ」

「ありがとう、いただくよ」

 ありがたく、差し出された一本を受け取る。

 まだ暖かな缶は、寒さで少しかじかんでいた僕の手に再び体温を取り戻させてくれた。

 他に誰もいないこの空間で、僕たちはしばしのあいだ、缶コーヒーを片手に他愛のない会話を続ける。


「──それで、前に飲んだタピオカジュースにハマって美咲と街の方まで飲みに行ったのよ」

「へー、あのジュース意外と美味しかったもんね」

「今度、恭太郎も誘ってみんなで行きましょうよ」

「うん。楽しみにしてるよ……」

「………………」

 途中、茜は訝しむように僕の顔を見ていた。


「いきなり人の顔をじっと見て、どうかした?」

 僕が聞くと、

「あんた、また何か悩んでるでしょ?」

 茜は知っていたかのように今の僕の状況を言い当てる。


「な、なんでそう思うのさ?」

「教室でも、あんなに深刻そうに眉間にシワを寄せてれば嫌でも気づくわよ」

 僕の真似をしているのか、茜が自分の眉間を指しながらシワを寄せた。

「今もなんだか上の空みたいだし」

 一人でいるとき以外は、あまり考えないようにしていたが、僕はどうやら隠し事がヘタらしい。

 僕には誰かを騙す才能はないようだと、しぶしぶ観念した。


「別に言うほど深刻なものじゃないよ……」

「じゃあなぁに? まさか今さら思春期男子特有の悩みとかかしら?」

 卑しく目を細めながら茜が言う。

 今にも「くっしっし」とでもいう、悪い笑いが聞こえてきそうだった。

「ち、違うよ!」

「はいはい冗談よ、冗談。でもそんなに必死だと逆に怪しいわよ」


 僕は真面目に答えているつもりだが、いつも気づくと茜や津山さんにからかわれていることが多々ある。

 けれど、今はその軽薄さがありがたかった。

 ヘタに重い雰囲気になってもよけい気まずいだけだ。

 ならば僕も、普段から恭太郎がモテないと愚痴をこぼしているように気軽に悩みを相談してみようと思った。

 一人で胸の内にため込んでいるよりは誰かに話した方が楽になるかもしれない。


「茜はさ……」

「ん?」

 茜が僕の話に耳を傾ける。

「あのとき、こうしておけばよかったって後悔していることはない?」

「どうしたのよ、いきなり変なこと聞いて」

「最近よく思うんだ。これは昔の話なんだけどね。あのとき、もし僕が違う行動をしていたらもっと良い結果が得られたんじゃないかって……」

「……ええと、つまり涼は何か後悔していることがあるってこと?」

「簡単に言うとそういうことかな」

「それで、そのことでずっと悩んでいると?」

「うん」

「そんなこと、悩むだけ無駄よ」

 茜はスッパリと斬り捨てるように言い放つ。


「いくら悩んだって、やり直せないものはやり直せないのよ。だったら、いつまでも後ろを向いていないで、前を見るしかないじゃない」

 それは前向きな茜らしい意見だった。

「涼はなんでもネガティブに考えすぎなのよ。もっとポジティブに考えなさいな」

 思えば、いつもそうだった。

 僕が落ち込んでいるとき、茜はいつもこうして何かと気にかけてくれる。

 そして、茜と話していると不思議と元気を分けてもらうことができた。

 

 下を向きかけていた気持ちが、次第に上向きになっていく。

「うん、そうだね。確かに悪いことばかりじゃなかったよ。僕が今の家に引き取られたおかげで、こうやって茜たちと知り合えたんだから」

「な……!?」

 僕の言葉に茜が素っ頓狂な声を上げる。

「僕、何か変なこと言った?」

「別に…………よく本人目の前にしてそんなことが言えるわね」

 茜は何かブツブツと言っていたが、最後の方は声が小さくてよく聞こえなかった。


「!? ……引き取られたって、まさか涼が悩んでることってご両親のこと?」

 茜のセリフに口を滑らせ余計なことを口走ってしまったことに気づく。

「まあ、当たらずとも遠からずってところかな」

「だったらごめん、軽薄なこと言って……」

 デリケートな問題に触れてしまったと思ったのか、茜は申し訳なさそうに頭を下げる。

「謝る必要なんてないよ。茜のおかげで、だいぶ気持ちも軽くなったし」

 気にしていないことを印象づけるように僕はできるだけ笑い顔を作った。

 

「なら、いいんだけど……でも、さっき涼が言ったこともわかるわ。偉そうなこと言ったけど、私だってああしておけばよかったって後悔していることくらいあるもの。ううん、きっと誰にだってあるのよ一つくらい……」

 ふと遠くの空を望んだ茜は何かを思い出しているようだった。

「…………でも、もう今さら遅いのよね」

「茜……?」

 風船がしぼんでいくように茜から元気がなくなっていくのを感じる。

 めったに見ることのできない茜の様子に僕は少し心配になった。

「なんでもないわ。説得力なくなっちゃうわよね、涼に言ったことを自分が実践できてないんじゃ。私、先に教室戻ってるから、涼もボーっとしすぎて授業に遅れないようにね」

 最後にそう言うと、茜はベンチから立ち上がり、教室に戻っていった。

 一度こちらを振り向いた茜はいつものように元気に振る舞っており、僕は改めて茜の強さを感じたのだった。


 一人残された中庭に再び静寂が訪れる。

 耳を澄ませると、真冬の風が枯れ葉を運ぶ音が聞こえた。

 冬の寒気を肌で感じながら、もう一度空を見上げる。

 そういえば、なぜ人は考え事をするとき上を見るのだろうか?

 さっきまでは自分のことで頭がいっぱいだったのに、いつの間にか今では、こんなどうでもいいことを考える余裕が生まれていた。

 これでは本当に茜に頭が上がらなくなってしまうと、一人苦笑する。


 でも、もし茜と出会っていなかったら僕はどうなってしまっていたんだろうか?

 想像するだけでも恐ろしい結果に身震いをする。

 僕ももっとしっかりしなければいけないなと気持ちを引き締めた。


「あれ? まてよ……そういえば……」

 ふと、一つの疑問が頭に浮かんだ。

 君に見せてもらった記憶のことで失念していたが、あの後僕はどうなったんだ?

 僕はどうやって叔父さんたちに引き取られ、生活していた?

 なんで僕は茜と遊ぶようになったんだっけ?

 考えてみれば僕は何も覚えていなかった。

 気づいたときにはそれが当たり前になっていた。


「なんで、こんな簡単なことに気づかなかったんだ……」

 いや、気づかなかったんじゃない……気づけなかったんだ。

 それが、もう当たり前になっていたから、自分では覚えているつもりだと錯覚していただけだ。

 今、僕の中で行く先を見失い、立ち止まっていた思考が少しだけ動きだしたような気がした────




 休み時間も終わりに近づき、僕が教室に戻ると誰かの机の周りに小さな人だかりができていた。

 その中には恭太郎の姿も見られる。

 何をやっているのか気になり見に行こうとすると、

「お!? どこに行ってたんだよ涼。お前もこっち来いよ、おもしろいものが見られるぞ」

「おもしろいもの?」

 タイミングよく恭太郎に手招きをされ、言われるままに僕も人だかりの一員に加わる。

 人だかりの中心にいたのは広報委員のクラスメイトだった。


 広報委員とは、主に学校で行われるイベントや行事を写真やビデオカメラに収め、記事にするのが主な仕事だ。

 そして彼の手には広報委員らしく、備品であろうビデオカメラが握られていた。

「広報委員の仕事で今まで記録したテープの整理をしてたら、いろいろ懐かしい映像があったからみんなで見てたんだよ」

 と、広報委員の彼が丁寧に説明してくれた。

「神谷が活躍してるのもあるぞ。ちょっと待ってろ」

 すると彼は鞄から別のテープを取り出し、再生させた。

 ビデオカメラの小さな画面に映し出されたのは……


「あら、懐かしいわね」

 いつの間にか僕の後ろにいた茜がひょっこりと画面を覗き込みながら口を開く。

 そこに映し出されていたのは、二か月ほど前にあった球技大会の映像だった。

 コートを見下ろすように撮影されていたそれは、ちょうど体育館で男子がバスケの試合をしているときの映像だ。

 映像の中には、選手として試合に出ている僕の姿もあった。


 だが、その姿はどう見ても活躍というより、チームの足を引っ張っているようにしか見えない。

 今さらだが、僕は運動全般が苦手なのだ……

 試合も終盤に差しかかったところで、完全にフリーになった僕にボールが渡る。

 そして今までの悲惨なプレーが嘘のように綺麗なシュートが決まった。


「そういや、こっからは涼の独壇場だったな。あのときは正直度肝を抜かれたぜ」

「そうそう、最初見たときは私も自分の目を疑ったわ。涼がスポーツで活躍してるなんて」

 散々な言われようだが、厳密にはあれは僕ではない。

 あまりの僕のみっともない姿を見かねた君が、シュート直前で僕と入れ替わっていたのだ。


 それからは恭太郎の言うとおり君の独壇場だった。

 迫りくる相手を華麗に抜き去り、お手本のようなシュートで点差をみるみる縮めていく。

 本当に同じ体を使っているとは思えなかった。

 あのとき君は、僕の体の使い方が悪いと言っていたけれど、どうすればそんなに動けるようになるのか、今だに頭では理解できないでいた。


「……あれ?」

「どうかした?」

「え、ああ……なんでもないよ」

 第三者として君のプレーを見ていたとき、僕は何か小さな違和感を感じた。

 だがそれがなんなのかは、ハッキリとはわからなかった。

 僕の気のせいだろうか?

 モヤモヤする僕を差し置いて、ビデオの再生時間はどんどん進んでいく。


 そして試合終了間近に迫った。

 そういえば最後の一本だけは僕がシュートを打ったんだっけ。

 これは本当の意味で僕が唯一活躍できた場だった。

 特訓と称して、放課後に公園で茜や恭太郎たちにしごかれたのを思い出す。

 僕の運動神経では数日で劇的な変化はなかったけれど、バスケの基礎くらいは身についたと思う。


 ドリブルやシュートのやり方もそこで教えてもらった。

 例えば、シュートをするときは右手でボールを持って、左手を添えながら打つんだそうだ。

 あのときは必死になっていたからよくわからなかったけど、こうして映像で見ると、練習の成果がちゃんと出ていた。

 シュートフォームも僕の中では百点をつけてあげたいくらいだ。


「……!?」

 この瞬間、僕はあることに気がついた。

 それはとても小さなものだが、とても重大なこと。

「ごめん。これ少し巻き戻してもらっていいかな? 一分くらい前からでいいんだけど」

「? ああ、いいけど」

 今まで見落としていた大切な何かが、この映像の中にあったような気がした。

 そして巻き戻された映像を見て、僕は先の違和感が誤りでないことを確信する。


「やっぱりだ……」

 これが僕の感じていた違和感の正体だったんだ。

 それに気づいたことにより、動き出した思考はさらに速度を増し、一気に結論へと導かれていく。

 これで、すべてが繋がった。

 まるでバラバラだったピースが、ついに一つの形をなした。

 でもこれが事実だとしたら……

 いや、その先のことは二人で考えよう……

 君と僕の二人で……


「見つけたよ。君の嘘を────」

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