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もう一人の僕 (前)

「これは……いったい、何があったんだ……?」

 とある通報を受け、駆けつけた警察官は、現場を見るなりそうつぶやいた。

 淡い夕日が差し込む、閉ざされた工場跡地内。

 警官の目前にあったのは、気を失って倒れている四人の男女の姿。

 無傷で倒れている女子学生が一人と、それぞれ暴行を加えられた形跡のある男子学生が三人。

 通報の内容から、ここにいる四人がそれぞれ被害者と加害者であろうことは間違いない。

 しかし被害者側の男女二人はともかくとして、加害者側の男二人も傷だらけの状態で倒れているのはどういうことなのか?

 予想すらしていなかった状況に警官は頭を悩ませる。


「ん……?」

 ふと警官の目に入ってきたのは、三人のうちの一人の男子学生のポケットから転がり出たであろう私物の生徒手帳。

 警官が何気なくそれを拾い、中身を確認すると……

 そこには、この生徒手帳の持ち主である『神谷 涼』という一人の学生の名前が記されていた────




 長いと思っていた夏休みもあっという間に終わりを告げ、新学期が始まった。

 そして今日は始業式である二学期初日の学校登校日。

 なのにもかかわらず……

「はぁ……」

 と僕は一つため息をこぼした。

 新学期早々にこんな目に遭うなんてついてないな、なんてことを思いながら、雲一つない空を仰ぎ見る。

 太陽が燦々と輝く空に比べ、僕の気分は曇天の空模様。


 僕が今いるのは、学校の体育館裏。

 体育館裏でのイベントなんて、僕の知る限り二つしかない。

 一つ目は告白。

 だけど勉強以外に取り柄のない自分のことを考えれば、そんなことがあるわけないとすぐにわかる。

 だとすればもう一つ、それは……


「先輩たちさー、今日財布忘れちゃったんだよねー」

「悪いけど金貸してくんね?」

 柄の悪い上級生二人が、壁を背にした僕を囲むようにして話しかけてくる。

 そう……

「すいません。僕も今持ち合わせが……」

「ぐだぐだ言ってねぇで、とっとと出しな」

「おとなしく出せば痛い思いはしなくて済むからよ」

 不良にからまれること、僕の場合はカツアゲだ。

 今の時代にこんな目に遭うなんて、僕は相当ついていないのか?

 それとも傍目から見た僕の財布の紐が相当緩そうなのか?

 どちらにしろ僕の今日の運勢がどしゃ降りの雨なのは確実だろう。


「すみません……」

 まあ、今更そんなことを考えてももう遅い。

 喧嘩の強さが並以下の僕にとって、二人の上級生相手に対抗する手段などなく、唯一できることといえば彼らを刺激しないようにすることだけ。

「てめぇ、俺たちをなめてんのか?」

 いかついサングラスをかけた方の男が僕の胸倉を掴み、顔を近づけてくる。

「そんな言葉はいらねぇから、とっとと金出せって言ってんだよ!」

「すみません……」

 ただただ下手に出て謝り続ける。

 自分の身を守るためには、こうする他ないのだ。


「チッ、どうやら一回、痛い目をみなけりゃわからねぇ見てえだな」

 しびれを切らしたのか、男は僕の胸倉を掴んだまま、もう片方の拳を振り上げた。

「あ~あ、俺しーらね」

 そしてもう一人の男は、あざ笑うようにこちらの様子を静観している。

 どうやら僕の思惑通りに事は進んでくれなかったようだ。

 なんでこんな理不尽な暴力を受けなきゃいけないんだろう……

 そんな考えが頭をよぎったが、時すでに遅し。

 僕は、もう殴られる覚悟をするしかなかった。

 そして、その拳が振り下ろされようとしたとき……


「コラーーッ!!」


 突然、大きな声が体育館裏に響き渡った。

 何事かとばかりに、僕を含めた全員が声の聞こえた方向に顔を向ける。

 見るとそこには、一人の女生徒が立っていた。


「あんたたち、三年生でしょ。上級生だからって、やって良いことと悪いことがあるわよ!」

 このやけに気が強く、お淑やかさを微塵も感じさせない声に僕は聞き覚えがある。

「おいおい、女だからって粋がってると痛い目を見ちゃうよ」

 そう言って、今まで静観していたもう一人が女生徒を睨みつけた。

「何よ、女だからって甘く見ないでよね」

 女生徒の方も相変わらず強気だ。

「ああ? 調子に乗りやがって、このアマがっ!!」

 

「お前たち、そこで何をしている!?」

 男が女生徒に近づこうとしたとき、通りすがりの先生がこちらに向かって声を投げてきた。

「チッ、先公が来やがった。おら行くぞっ」

「ああ。てめぇ、覚えてやがれ!!」

 そして不良たちは、三下の決まり文句を吐いて、逃げるように去っていったのだった。


「大丈夫か?」

 先生が僕たちのもとに駆け寄ってくるなり、そう声をかけてきた。

「はい、大丈夫です」

 幸いにも何事もなく、この場は収まった。

 いや、すでに初日から絡まれている時点で僕は不幸なわけだが、何事もなかったので良しとした。


「それならいいんだが……」

 先生も安堵した様子で答える。

「まったく、なんなのよあいつら」

「ああ、あいつらはな……」

 先生の話によると、あの二人は喧嘩、カツアゲ、万引きと問題ばかりを起こしている問題児とのことで、学校側も頭を悩ませているらしい。


「義務教育が終わったお前たちくらいの歳になると、いっきに自分の世界が広がる。だが、そうなるといろいろな誘惑も多くなり、間違った行動をしてしまう者もいるんだ。そういう生徒を正すのも我々教師の役目なんだが……どうも簡単にはいかんな」

 言いながら、先生は困ったように頭をかく。

「おっと、いかんいかん。教師が生徒に愚痴をこぼしてしまうとは……ほら、もうすぐホームルームが始まるから、お前たちもすぐに教室に戻りなさい」

 先生は最後にそう言い残し、校舎の中に入っていった。


「学校の先生っていうのも楽な仕事じゃないんだなぁ」

 こんなところで教師の苦労を知るとは思いもよらず、自然と感想が漏れた。

「そうね。じゃあ私たちもさっさと行くわよ。先生に迷惑をかけないためにも、ね」

 女生徒が僕に向かって言う。

「うん。でもさっきはありがとう、茜」


 彼女の名前は『西崎 茜』

 小さいころから僕と縁のある、いわゆる幼馴染というやつだ。

 ご覧のとおり男勝りな性格であり、クラスのみんなからも頼りにされている。


「お礼なんていいわよ。そんなことより、あんたもちょっとは抵抗したらどうなの? どうせいつもみたいにされるがままだったんでしょ」

 呆れた口調で茜は言った。

「僕は喧嘩とか嫌いなんだ。知ってるでしょ?」

「はぁ……涼にもちょっとは男らしいところはないのかしら」

「殴ったり殴られたり、痛いことは嫌なんだよ。でも、茜を見習ってちょっとは男らしくするのもいいかもしれないね」

 僕は皮肉を込めて言い返す。

「ちょっと、それどういう意味よ!?」

「さあね。早く教室に戻ろうか」

 茜の鉄拳制裁が飛んでくる前に話を切り上げ、僕たちはそのまま教室に向かった────




「おっす」

 教室に入ると、よく見知った顔に挨拶をされる。

「おはよう、恭太郎」

「あら、おはよう。今日は早いのね」

「そりゃ、新学期くらいは早く来るさ」


 彼は『菅 恭太郎』

 僕の中学のときからの友達だ。

 進学してからも学校もクラスも一緒になり、今でもよく僕たちと遊んでいる。


「しかし、う~む」

 言うなり、恭太郎が僕たちの顔を観察するように覗き込んできた。

「な、何よ?」

「夏ももう終わりだってのにお前ら全然変わってないのな。オーラでわかるわ。もっと青春しようぜ」

「う、うるさいわね! そういうあんたはどうだったのよ。前に合ったときは、合コンだー! とか言って張り切ってたじゃない」

「ああ、その件か……」

 恭太郎はどこか哀愁を漂わせながら、一度メガネをくいっと上げ直す。

「全然ダメでした……」

 そしてガクッと肩を落とした。


「どんまい、恭太郎」

「なぜだ? 俺のどこがいけないんだー!」

 身体をうねらせながら、恭太郎は苦悩を叫び散らす。

「まぁ、全部……かしら」

「がっつき過ぎずに、それでいて積極的に話しかけ、みんなの取り皿に配膳をするなど、ちゃんと気を使うこの俺になんで彼女ができないんだよ!?」

 茜の言葉が聞こえなかったのか、今にも血の涙を流しそうなほどに恭太郎は自らの境遇を嘆いていた。


「菅君はもう少しその正直な下心、主に顔に出るところを直した方がいいと思いますよ」

 胸に突き刺さるような的確な苦言を呈しながら、一人の女生徒がさらりとした綺麗な髪をなびかせ、教室に入ってきた。

「おはよう、美咲」

「おはようございます茜ちゃん、それに神谷君も」

「うん、おはよう」


 彼女の名前は『津山 美咲』

 常に上品な態度で一見おとなしそうに見られるが、歯に衣着せぬ物言いで数々の男子の思いを打ち砕いてきた、おっとりしていないタイプのお嬢様である。

 ちなみに実際に家も結構なお金持らしい。


「久しぶりってほどでもないわね。夏休み中も美咲とは、よく合ってたし」

「そうですね」

 そんな性格だからなのか、こちらと真っ直ぐな性格の茜とは、よく気が合うようだった。


「いつまでへこんでるのさ恭太郎。また次の出会いを探せばいいでしょ」

 津山さんの一言で粉々に砕けた恭太郎に慰めの言葉をかける。

「そんなこと言ってくれるのはお前だけだぜ、涼。でもお前はもっと異性に興味を持つとかした方がいいと思うぜ」

「僕はほら、こんなんだからさ」

 こういう色恋話は苦手なので適当に誤魔化すことにした。

「でも、西崎みたいな男女とだけいたら、せっかくの青春を無駄にするぞ……はっ!? ぎゃああああああぁぁぁぁ!!」

 それは一瞬の出来事。

 気づいたときには、恭太郎はすでに星になっていた。

「うっさいわよ失礼ねっ!!」

 けど、こんなやり取りももう日常茶飯事である。

 今日は新学期初日ということで授業はなく、始業式と担任の先生からの連絡事項だけで終わりを迎えた────

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