感傷イルミネーション
ガシャリ、というキンゾク音が耳へと届く。
思い出したように身じろぎをするたび鳴るようで、もう何度聴いたのか、数える気にもならない。
そもそも、なにひとつ憶えてなんていなくて。
「ねぇ、どうしてだろう」
となりに座るあのこへ、飽きるほど放りなげた問いを、あきずにまた口にする。
「さぁ、どうしてだろうね」
あのこから見て隣にいるぼくへと、おんなじ数だけ耳にした答えが返ってくる。
すでに形骸化したやり取りごと、まっさらな部屋でからんと響いた。
ぼくの右手と。
あのこの左手と。
その隙間を埋めるようにつながれたキンゾクの鎖だけが、ただよう波長として鼓膜を震わせる。
小さなゆれを伴って視界にうつる。
ぼんやりとその辺を見つめたあと、ぼくは凍りついた思考をいまさら凝り解そうと試みた。
いつもより、頑張ってみようと思って。
「ねぇ、」
あのこがこっちを振り向く。
ちょっとだけ、脳みそがぎこちなくなった。
「どうしたら、ここじゃないところに、いけるのかな」
はじめて、グタイテキな言葉にしてみた気がする。
ふっとそばを見ると、あのこはよくわからない顔をしていた。
両目をまぶしそうに細めて、なにかを堪えるように口もとをくしゃくしゃにしている。
どういういみだろう。
「やっとはっきりしてくれた。ずっと聴きたかったのに」
そして同じくらい、よくわからない言葉を弾ませる。
ガシャリ、というキンゾク音が耳へと届く。
なんとなく。
これははじめてきく音だなと、どこかで感じていた。
あのこはゆっくりと立ち上がると、重たそうな扉へと手をかける。
ひっぱられるようなカタチで、ぼくも身体をもち上げて。
扉はあっさりと開いた。
壁にぽっかりと口を空けた四角い穴を、おっかなびっくりくぐっていく。
あのこの方を見ると、ちょうど手をさし出してきたところで。
「それじゃ、いこ」
そういわれて、すこしだけぼーっとして。
それから、慌てて手をにぎり返す。
顔がほてったみたいに熱くって。
まるで空気をのみ込むみたいにまっくろな向こうがわへ、パタパタと音を鳴らして駆けていく。
白く濁った壁ばかりの存在がグルグルと流れていく光景は、たぶん見たことのないものだった。
いや、みたことあるかもしれないけど、憶えてないことはわからない。
壁のあちらこちらに似たような扉がついている。
あのこはかまわず進んでいく。
ずんずんと、ぼくの手をひいて。
「ねぇ、どこにいくの。ここはどこ?」
たまらず、ぼくは目の前のあのこにきいた。
途切れ途切れになった、頼りない息のはき出し方で。
「分かんない。わかんないけど、こっちだと思うよ」
あいかわらず、あのこのいうことはふしぎだなぁ、とか。
でも、ぼくもどこかそんな気がしていたので。
パタパタと、足音は響き続ける。
ふいにおそった景色の眩さに、意識の中枢が軽くふらついた。
ぼくたちがおもむろに歩みを止めたのは、ここまで通り過ぎたものと同じような、変わり映えのしない扉の前だった。
力いっぱい押しひらいた、その先には。
「ほん、…………"としょかん"?」
眼の届く空間にすきま無く詰め込まれた、知識の泉。
それなりに広い部屋でなお、圧迫感を前面に滲ませるようで、ぼくはただ感嘆の息を吐くばかりで。
ぽっと立ちすくむぼくの視界を、あのこはすっと通っていく。
本棚のうちの一つを見上げながら。
「探してごらんよ」
「ここで、さがしものはみつかるの?」
「それも、探してみなきゃなんにも、だからさ」
急にまた、こっちを振り向くもんだから。
びっくりするし、ざわざわくるし、かちこちになるし、もうめちゃくちゃだ。
うしろでゆらゆら揺れているぼくを気にもかけず、あのこは悠々とせのびする。
両手を伸ばして、一冊のほんをつかみとる。
「ほら、これ」
なんとなくのまま受け取ったほんは。
そこにあるはずなのに薄ぼんやりとしていて、あまり分かりそうになくって。
ほんから顔を上げたとき、あのこはもういなくって。
ほかのほんを、見に行ったのかもしれない。
と、無意識のうちに、当たり前のように。
いつのまにか、ページをめくっていたようだった。
『最初のページ。』
わらう。なく。おこる。いやがる。
うれしい。かなしい。くやしい。あまい。にがい。ちょうどいい。
"にんげんには、ひょうじょうがあります。"
"こころのいろをだれかにつたえたいとき、まずはひょうじょうにかえるのです。"
"うまくうごいてくれないとき、それは。"
「"それは、じぶんがふそくしているから"です……?」
やっぱり、よくわからない。
『次のページ。』
「おとこのこと、おんなのこ?」
なにがいっしょで、なにがちがうのか。
あたまの深いところで、あのこを形作ってみたりする。
まばらに歪んでばかりのイメージが、少しづつ収束していく。
……あれ、なんだろう。
さっきのページにはこんなの、どこにもかいていなかったのに。
身体がかっかと熱くなる、考えがちっとも纏まらなくなっていく。
ほとんど脊髄反射で、首をぶんぶん振り回して。
『次のページ。』
"ときにあるはずのひょうじょうを、ふうじこめてしまうものがあります。"
"それはたとえばくさりのようなかたちだったり、かぎをかたどられていたり、あるいはないふのようにとがっていたり。"
"でも、もとをたどればそれはひとつ、"
「――それは、」
「なにか、見つかったの?」
うわぁ!
この感じは、さっきみたような。
たしか、"おどろく"だっけか。
勢いあまって、ぼくはしたたかに腰を打ちつけてしまう。
これも覚えがある。
"いたい"だとか、"はずかしい"だとかがぴったりのはずだ。
たぶん。
「まぁ、ちょっとだけだけど。」
「そう、それなら良かった。」
床にすわり込んだまま恐る恐る受け答えをするぼくに、あのこはほおを紅く染めて、うれしそうにわらって見せた。
でも、それだけじゃどうにも、なさそうだ。
繋がりかけていた文章が、わずかなズレで瓦解していくような。
あと少しなのに。
これだけが、ぼくのリカイのとおせんぼをするんだ。
きがつくと、手にしたほんを閉じていて。
知りたいことはまだあったけど、なぜか、もう一度ひらく気は起こらなかった。
ほんをもとの場所に戻そうとして。
視界の端っこにかすれて映ったあのこは、また、よくわからない顔をしていた。
いや、きっとかなしいと思っていたのだろう。
だって、ぼくも同じような顔をしていたから。
なぜか今は、よく解るんだ。
まぶしい部屋を後にすると、ずっと奥まで道が続いているようだった。
さっきまでは、ここから先はなかったはずだけどなぁ。
通路の幅がやけに狭くなっている。
もうずいぶん俯いたままのあのこが先をいくので、おなじ速さで後ろへと続く。
壁に空いた穴から飛んできたナイフが、深々とつき刺さってきた。
一瞬だけひざがくずおれそうになって、キンゾクの冷たさを内側からひしひしと感じて。
すぐに、つぶされるような息苦しさは消えていった。
でも、真っ赤なものはどくどくと、順調に噴き出している。
単にまひしているだけなのかもしれない。
前を歩いていたはずのあのこを窺うと、通路にうずくまってしまっていた。
かすかなうめき声が聞こえる。
わずかに覗いた横顔は、きつくゆがめられているように見えた。
いくらか経って、何もなかったかのように、すっと立ち上がって。
「ねぇ、ちょっとだけ、急ごうか」
脂汗をにじませて、声を震わせたままで。
それでもわらってみせたまま、そう言うので。
ただ延々と赤い線をひきながら、いいかげんに見飽きそうな道を辿った果てにつく。
ひと回り大きく膨れあがった扉の塊を、二人がかりでどうにか動かして。
ひどく、ちいさな部屋だった。
目が痛いほどに、まっしろに染まった部屋で。
そんな空間の真ん中にあるそれだけが、この部屋に。
このセカイにあるものだった。
斜めのキンゾクは鈍い光を放ち続ける。
ぼやけて映るぼくたちの姿に、つい吸い込まれてしまいそうな錯覚をする。
何をするべきなのかなんて事は、すぐにリカイできた。
それなのに、足が竦んでうごけそうにもないのは。
舌の根がミシミシときしんで、叫ぶこともできそうにないと、思うのは。
踏みしめる床に、真っ赤な水たまりが拡がっていく。
あのこはもう、今にも倒れてしまいそうで。
「……早く、終わらせようよ?」
分からない。
目元に涙さえ浮かべているのに、それでも時を進めようとする、あのこのコトが。
いままででいちばん、わからないんだ。
ぞっと、するくらいだ。
あのこの左手と。
ぼくの右手と。
向かい合って、その間には、それがあって。
ふたりを繋げるクサリを、ちょうど中心に通すようにと。
【――どちらか一方を完全なものへと昇華する行為は、】
【――それは即ち、もう一方を――――すことに……。】
アタマの中に響くような声。
はたまた、天から降ってでもいるかのような。
「もう、限界みたいだし、おねがい」
あのこは、聴き取れないほどにか細い声で、そうはきだす。
ぼくの知らないままに、どんどん時間が進んでいくみたいで。
【構わないのですか? ならば、《表裏》の書き換えシステムを、起動し――】
「ぁ、ぁ……」
自分ですらびっくりする位に、感情があふれるのを感じ取る。
怖い。
こわい、コワいコワいコワイコワい!
「いぎゃぁぁぁぁぁあああああぁぁぁぁあああ!!」
空気を切り裂くように、音の密度が弾けとぶ。
びりびりと、全身の表面が、震え出してやまなくなる。
「ああぁぁぁぁああぁぁ、ぁあっ……!」
火炎を吐くかのごとく酸素を消し飛ばす、ぼくを。
差し出していないほうの腕でそっと、抑えてくれるのをたしかに感じた。
あのこは確かに、"笑顔だった"。
それははじめての、心の底からの――。
「あ、」
――
―――
――――
酷く、小さな部屋の中。
目に痛いほどに、真っ白に染まりきった部屋で。
何一つおかれていない部屋で、僕と彼女は、二人きりだ。
小さな身体に見合わない程の大きなキズを、二つも刻んだ彼女を。
血溜まりの中ただただ横たわる彼女を、そっと、抱き上げる。
たとえ自分で考えてみたって、自分自身に気付けたって。
もし、それが少しばかり、遅過ぎたとしたら。
大粒の涙を垂れ流すばかりで、他になにも出来ないのがジブンだとしたら。
多くのモノを得るために、一つきりを代償にして失ってしまったとしたら。
目下に転がる二本のナイフを、部屋の隅まで蹴とばした。
部屋を勢いよく飛び出していく。
せめてもの償いに、忘れてきたものを、取り返しに行こうか。
まずは、"図書室"へと。
――――
―――
――
―
*
*ことば を つかえるのなら
*こころ を もてるのなら
*おもい を つたえられるなら
*それはなにも まちがいじゃないから
きみと ぼくは きっと、お**
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
もともとは、歌詞に付随するストーリーとして書いたモノだったりします。
あと、挿絵機能を自作絵で試してみました。