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酸性恋愛雨  作者: 佐藤筍
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降りだし〇いつも雨から

 私の恋は、雨に始まって雨に終わることが多い。これは気のせいとか勘違いとかじゃなく、今までの経験に裏打ちされたデータだ。

 何の因果か知らないが、本当にそういうことが起きるのだ。

「…………」

『……。おい……』

 その日も雨だった。

 私は街灯の光にさらされるのを避け、電柱の影で、彼の息遣いにそっと耳をくっつけていた。空から降り注ぐ冷たい雨を、傘も差さずに浴び続けていた。

「…………」

『またか……テメェ、いいかげんにしろよ……!』

 携帯電話から飛び出してきた言葉は、鋭いものだった。


『もう、俺につきまとうンじゃねーよ!気持ち悪いんだよ、この――ストーカーやろう!!』

 その瞬間、彼の言葉が反響し他の音が聞こえなくなった。

 いろいろな思い出が駆けめぐり、浮かんでは消えていった。

 これは夢だと思いたかった。オカシイではないか、つい先ほどまで愛し合っていたというのに。理不尽ではないか、あんなにも尽くしてきたというのに。

「…………」

 気がついたときには電話は切られていて、無機質な音だけが鳴っていた。

――帰ろう。

 この恋ももう終わりなのだ。だいたい、朝起きたときの空模様で予感はしていた。携帯を開いた瞬間に降りだした雨で、予想はしていた。

 目じりから熱いものがこぼれ落ちた。今はまだぬぐい取る気になれなくて、視界をにじませたままきびすを返した。

 そしてそのまま、

「…………っ」

 間近に立っていた人物に気付かず、顔面からつっこんでしまった。

 一歩引いてみると、真っ黒なコートを着た背の高い男がそこにいた。パッと見て年齢は高3といったところか。右手にごく普通の安っぽいビニール傘を差して、左手にごく普通の通学鞄をぶら下げていた。

「あ……すいません……」

 無表情で見つめられて、気まずくなった私は立ち去ろうとした。この姿はどう見ても不審者だ。こんな夜中に、若い女が雨の中をずぶぬれで、目を真っ赤にして……。

「どこか、怪我は?」

 横をすり抜けるとき、ごく普通の学生風の男に声をかけられて、思わず足を止めた。

「大丈夫、です」

 ぶつかったせいで鼻がちょっと痛かったが、こんなの大したことじゃない。

 胸を締め付けるようなキリキリとした痛みのほうがよっぽどどうにかしてほしいものだ。だがこんなもの、会ったばかりの赤の他人に治せるわけがない。

「……っ?」

 突然、顔の横に黒いものがぬっと突き出されてびっくりした。折りたたみ傘だった。通学鞄の中にでも入っていたのだろう。

 おっかなびっくり受け取る。しかし彼は私をじっと見つめるだけで、それ以上の事をする気配はなかった。

 せっかく差し出されたのだし、と折りたたまれたコウモリの羽を広げた。すると、彼は満足したかのようにクルリと背を向けて去っていってしまった。

「…………」

 私は、彼の姿が見えなくなっても呆然と立ち尽くしていた。なんなのだろう、あの人は。

 名前も素性も知れない怪しげな女に傘を渡して、返す当ても無いのにさっさとどっかにいっちゃって。カッコつけてるつもりなんだろうか、だとしたらバカ以外の何者でもない。柄に名前が書いてあるし、逆に無用心としか思えない。

 本当に、なんなのだろう……。

 私はいまだに握りしめているケータイを見つめた。開けてみると、びしょぬれになったにも関わらずちゃんと動いていた。最近のケータイはとてもタフだ、私なんかとは違って。

 酸性の強い雨に濡れた私の手がケータイを操作する。次々と消えていくデータ。これをまた埋めていくのには結構な時間がかかる。けれども、埋め始めるのに時間はいらないようだ。

「サヨナラ」

 最後に消すのは、いつも決まっている。アドレス帳のプロフィール。

 そしてここに、私は新しい名前を刻み込んだ。知ったばかりのあのヒトの名前を。

 この日から私は、彼――東雲香をつけまわし始めたのである。


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