5話
昼休み、教室の隅で、男子たちが集まっていた。
テーマは「口臭」。
「俺さ、昨日ニンニク食って寝たら、朝の自分の息で目覚めた」
「それ、もう自分が目覚ましじゃん」
「てかさ、口臭って、彼女できたら一発アウトだよな」
その言葉に、タケルは反応した。
彼女。
まだいない。
でも、いつかできるかもしれない。たぶん。いや、できる。できるって言ってくれ、誰か。
(その“いつか”のために、俺は…)
タケルは、放課後、歯科医院の予約サイトを開いた。
「クリーニング希望」の欄にチェックを入れる手が、少し震えた。
(これって、なんか…なんか、恋の準備みたいじゃん)
違う。絶対違う。
でも、なんか、なんか…!
予約完了の画面を見ながら、タケルは思った。
(俺、今、ちょっとだけ大人になったかもしれない)
数日後。
歯科医院の待合室。
ミナミさんが、笑顔で迎えてくれた。
「今日はクリーニングですね。口の中、見せてください」
その言葉が、妙に照れくさかった。
“口の中、見せてください”って、なんか、なんか…!
タケルは、椅子に座った。
唇が乾いている気がした。
(俺の口、今、彼女に見せる準備できてるかな…)
ミナミさんは、器具を手に取り、静かに作業を始めた。
歯石を削る音が、耳に響く。
でも、前より怖くなかった。
(これは、俺の未来のための痛みだ)
タケルは、目を閉じた。
照れと痛みと妄想と希望が、口の中でぐるぐると回っていた。




