4話
保健の授業は、いつも退屈だった。
でも今日は違った。先生が言ったのだ。
「今日は、歯の健康についての映像を見てもらいます」
その瞬間、教室がざわついた。
男子校の中学1年生たちは、“映像”という言葉に敏感だった。
戦争映画か?人体の不思議か?恋愛ドラマか?
いや、違った。
スクリーンに映ったのは、歯。
どアップの歯。
そして、その歯にこびりついた、灰色の何か。
「これは歯石です」
先生の声が、妙に冷静だった。
タケルは、息を飲んだ。
(これ…ホラーじゃん)
映像は、歯石を削る様子を淡々と映していた。
器具が歯に当たり、ガリガリと音を立てる。
歯茎から、うっすら血がにじむ。
「うわ…」
「えぐ…」
「これ、昼休み前に見せるやつじゃないだろ…」
教室のあちこちから声が漏れる。
でも、先生は止めない。
むしろ、誇らしげだった。
「歯石は、放っておくと歯周病の原因になります」
タケルは、スクリーンを見ながら思った。
(俺の歯にも、あれ、あるのかな…)
(てか、あれ、どうやってできるの?)
(俺、昨日ポテチ食べて歯磨きサボったけど…)
不安と嫌悪と、なぜかちょっとした罪悪感が混ざって、胸がざわつく。
映像は、さらに進む。
歯石が削られ、歯が白くなっていく。
でも、その過程が、どうしても“痛そう”に見える。
タケルは、目をそらした。
でも、耳は音を拾ってしまう。
ガリガリ。ガリガリ。
(俺、もう歯医者行くしかないかもしれない…)
その瞬間、隣の席の友達がつぶやいた。
「俺、歯石除去されたとき、涙出た」
タケルは、思った。
(それ、痛み?羞恥?それとも…なんか、人生の後悔?)
授業が終わる頃には、教室全体が沈黙していた。
誰もが、自分の口の中に小さな恐怖を感じていた。
タケルは、帰り道で決意した。
(俺、クリーニング行こう。彼女ができる前に、口臭で終わるのは嫌だ)
でも、歯医者の予約を取るのは、やっぱりちょっと怖かった。




