2話
歯科医院の自動ドアが開いた瞬間、タケルは一歩、後ずさった。
消毒液の匂い。白い壁。静かな空気。
そして、受付の奥に――いた。
彼女は、いた。
前に来たときと同じ人。
髪を後ろでまとめて、白衣の袖を少しだけまくって、マスクの奥の目が、やっぱり綺麗だった。
「こんにちは、タケルくん。今日は虫歯の治療ですね」
声が、優しい。
でも、優しすぎると逆に怖い。
なんか、もう、なんか、なんか…!
タケルはうなずいた。声が出なかった。
母は隣で「よろしくお願いします」と言って、雑誌コーナーへ。
タケルは、ひとり。彼女と、ふたり。
「じゃあ、診察室にどうぞ」
彼女が先に歩く。
タケルはその背中を見ながら、心の中で叫んだ。
(俺、今、デートしてるみたいじゃん!)
違う。絶対違う。
でも、なんか、なんか…!
診察室の椅子に座る。
彼女が手袋をはめる音が、妙にリアルで、耳に残る。
「じゃあ、口を開けてくださいね」
その一言が、心臓に刺さる。
タケルは、口を開けた。
でも、目はどこを見ればいいのかわからない。
天井?ライト?彼女の目?いや、それは無理。
タケルは、天井のシミを見つめた。
そのシミが、なんか、犬の形に見えた。
(あ、ビーグルっぽい…)
「痛かったら、手を上げてくださいね」
その言葉に、タケルは思った。
(俺、痛くなくても手を上げそう…)
彼女の顔が近づく。
マスクの奥の目が、真剣で、綺麗で、なんか、なんか…!
タケルは、目を閉じた。
でも、閉じると逆に意識してしまう。
彼女の指が、唇に触れる。
(うわ、今、俺の口、めっちゃ変な形してる…)
照れと痛みと、意味不明な羞恥心が混ざって、タケルの脳内はパニックだった。
治療は、始まったばかりだった。




