最終話 舟の上にて
翌朝、ミサキとシオ爺を乗せた舟は、海面を滑るように走っていた。シオ爺がふとミサキに尋ねる。
「……そういやあ、あんたも前の島で見たのかね?『島々の記憶』を……」
「……ええ、見ました。遠い昔、この凪浦の島々にやって来た人達が、村を築き、あの遺跡群を造っている様子を……」
「……うむ、凪浦の町に滞在し、島めぐりに船出し、それから幾つかの島々を巡った者は皆そうじゃ……。多くの人が不思議な事に、あの『島々の記憶』を見る。その場所は様々じゃがの……そんな時、ワシらは『この旅人は島々に認められたな』と思うんじゃ……」
「島々に認められた、か……」
ミサキはそうつぶやいて、考えた。確かに、そんな感じがしないでもないとも思う。ふと、彼女はある点に気付いてシオ爺に尋ねた。
「……ひょっとして、シオ爺さんも、あの『島々の記憶』を見られたんですか……?」
……なぜか解らないが、そんな気がしたのだ。以前ナギサ(凪浦の港町の少女)が言っていたが、凪浦の人間で「島めぐり」に出る者はあまりいないそうだが……この目の前の老人が、なぜかその数少ない一人であるような気がしたのである。果たして、シオ爺は肯いて言った。
「ああ……見たよ、何年か前にな……」
「……じゃあ、あなたも『島めぐり』をしたんですか?」
「……うん……自分で舟を繰ってなあ……」
シオ爺は当時を思い出すように、心なし視線を上に向けながら言う……。
「……だいぶ前にな、ワシはある病で余命宣告を受けたんじゃ……一年、生きられるか分からないと言われた……あの時は、本当に目の前が真っ暗になったよ……」
「え……っ!?」
突然の思いもよらぬ話に、ミサキは言葉に詰まる。それに気づいたシオ爺は慌てて言った。
「……ああ、もちろん今は大丈夫じゃよ。治ったんじゃ。奇跡的にな」
「そ、そうだったんですか……良かったぁ……」
「……不思議な事に、ワシの身体の中の病巣が、驚くほど短期間で瞬く間に消えてしまったんじゃ……あの時は、医者も驚いて目を丸くしとったなぁ……『こんな事、通常なら有り得ない。何か、科学では解明できない不思議な力が働いたとしか思えない』とな……」
「それが『島めぐり』だったんですね……」
「……うむ、ワシも幾つかの島を巡って、各島の遺跡で過ごした……。その内のどれかが功を奏したのか、あるいは全ての総合的な作用か……とにかく、ほとんど絶望的な状況から奇跡的な回復をしたんじゃ。……ワシは普段、神や仏を信じる質じゃあないが、あの時ばかりは何か人智を超えた存在の力を感じたよ……」
「……確かに、この『島めぐり』という行為には、何らかの力が宿っているのかも知れません……私も、そんな風に感じますよ」
「ああ……それでな、ワシも神様にもろうた、この残りの人生を『渡し守』として生きようと思ったんじゃ。自分を助けてくれたこの『島めぐり』というものに、何か貢献できんもんかと思ってな。あの時のワシと同じように、悩み苦しんどる人の助けになれればと思ってな……」
「そうだったんですね……」
ミサキはふと気付いて尋ねる。
「……ひょっとして、他の渡し守や、島守の人達も……?」
「……ああ、全員ではないがね。一部の者はワシ同様、この『島めぐり』で救われた者じゃよ」
ミサキは島めぐりの中で出会ってきた人達を思い返してみた。誰がそうだったのかは分からないが……。そんな彼女にシオ爺は尋ねる。
「あんた、これからどうするんかね……?」
「……?」
ミサキはふと考えてみた。これから、か……汐見の街に帰って、また以前の仕事に戻ろうか、それとも違う土地で、何か新しい事をしてみようか……色々な考えは頭に浮かぶものの、まだ良く分からないのだった……。
「……わかりません……けど、どこで何をしようと、自分なりの方法で世の中のために出来る事をしていきたいと思います」
「そうかね……」
シオ爺もそう言ったきり黙り込む……が、気まずさは無かった。二人とも穏やかな表情をしている。
「……また困った時には、いつでもここに戻って来るとええ。凪浦の島々は、ここにある。誰も拒む事無く、ただ静かに海に浮かんどるだけじゃ……」
【終】