第10話 島々の記憶
(……?)
……ふと気が付くと、ミサキはもう洞窟の中に横たわっていなかった。不思議な事に身体の感覚を感じない。周りは真っ暗だったが、不安や恐怖は感じなかった。だが上も下も、前も後ろも判らない。まるで意識だけの存在となって、フワフワと空中を漂っているような奇妙な感覚だった。
そのうちにあちらこちらにキラキラと小さく光るものが見えて来た。「一体何だろう……?」と思って眺めていると、それは次第に数を増やし、大きくなっていった。やがてそれらの光が星々で、ミサキは自分が宇宙空間を漂っているのだと理解した。
(私は一体、何を見ているんだろう……?)
とても現実とは思えない。おそらく夢を見ているのだろうと思った。そうこうしている内に、ミサキの目の前にひときわ大きな燃える天体が現れた。太陽だ。その周りを幾つもの惑星が回っている。その中の一つである青い星……地球へと、ミサキは近付いていった。海や陸の様子が次第にハッキリと判ってくる。隕石のように燃えながら激しく降下してゆくのではなく、フワフワと舞い降りてゆくような不思議な感覚だった。雲の層を抜けると、視界一面に青い海原が広がった。その一角に、島々が点々と浮かんでいるのが見える。
(あれは……ひょっとして凪浦の島々じゃないかな……)
……なぜかそんな気がした。だがおかしな点もある。船着き場も集落も見当たらないのだ。まるで手を付けられていない自然の状態だ。遥か昔……この島々に人々が暮らし始める前は、きっとこんな光景だったのかもしれない。
ミサキは既に鳥ぐらいの高さから島々を見下ろしていた。……ふと、海の上に点々とあるものを認めた。小さいが、白い波を引いているのが判る。
それは数艘の小舟だった。丸木をくり抜いて造ったような、シオ爺の帆掛け舟よりも更に原始的なものだった。乗っている人々の服装も、毛皮なのか、荒い布なのか……とにかく現代のものではなかった。「彼らは一体何者なんだろう……」と思って見ていると、浜に上陸し、協力して荷を上げ、木々や草の葉で簡単な住居を築き始めた……。
(……ひょっとして、この島々に最初に住み始めた人達……?)
ミサキは思う……。
(……私は、凪浦の島々の過去を見ているのか……)
彼らは老若男女いて、子供の姿もちらほら見られた。一族……というか集落ごと、どこか別の地から移住してきたようだ。見ていると、男達は舟を繰って漁へ出て、女達は村で子供達の面倒を見たり、森へ行って木の実や食べられる草木を採って来ている。
……やがて時が流れた。人の数が増え、集落は大きくなっていく。人々は相変わらず日々の営みを続けている。時には村の広場で祭事も行われた。神々や祖先の霊に、収穫や村の平和と繁栄を祈っているのが解かった。それは素朴で、自然と共に生きた人々の時代だった……。
……また時が流れた。人の数はさらに増え、他の島々へも広がっていった。森が切り拓かれて畑にされ、作物が育てられ始めた。
(何だか牧歌的な雰囲気になってきたな……)
……そんな事を思いながら眺めているうちに、また時が流れたのが解かった。島々の人口は更に増えていた。ふと一抹の不安がミサキの脳裏をよぎる……。
(このまま人がどんどん増えていったら、有限のこの島々は一体どうなってしまうんだろう……?)
そんな事を思っていると、ふと、ある光景が目に留まった。大勢の人々が協力して何かしているのだ。どうやら大掛かりな土木工事のような事をして、何かを造っているようだ。石山から大量の石を採取し、それらを組み合わせたり積み上げたりし、不思議な形に組み上げてゆく……それらの一部に、ミサキは見覚えがあった。
(これって、ひょっとして……私が巡って来た遺跡じゃない……?)
そうなのだ。あの石の道、石の寝台、海の上の迷路、そしてこの洞窟……それにミサキには見覚えの無い建造物も、人々は次々に精力的に築き上げていった。
やがて、それらが完成すると、人々はその施設を使い始めた。ちょうど現代のミサキ達、島めぐりの旅人達がしてきたのと同じように……。
そうしてその効果のためか、社会に安心感が満ち、人口の増加も良い具合で安定したのだった。ミサキは思う。
(なるほど……だから昔の人達はあの遺跡群を築いたんだな……人々の、傷付き荒んだ心を癒し、回復させる効果を持った、あの遺跡たちを……)
その遺跡に、何千年も経った今になって、自分も導かれ助けられたのだ……そう思うとミサキは不思議な縁と感謝を感じざるを得なかった。
(……?)
……ふと、急に上の方へ向かって上昇していくような感覚が彼女を襲った。
(ああ……戻るんだ……)
直感的にそれが解かった。もし今見ているのが夢なのだとしたら、その夢から覚めようとしているのだと……。
― ― ― ― ―
「……」
ミサキはゆっくりと目を開いた。辺りは沈黙に包み込まれている。だが、今は自分の身体の感覚が分かる。マットの上に横たわっている感触……その下の硬い平らな石……ここは現実だ。戻ってきたのだった。窓から差し込んで来る光が夕焼け色なので、かなりの時間が経ったのだという事が解かった。
入って来る時には気付かなかったが、洞窟内は完全な闇ではなく、外から差し込んで来る光のため僅かに明るかった。それを頼りに小部屋を出て、通路を通り、洞窟の外へと出る。
(一体どれぐらいの時間が経ったんだろう……?)
外はもう夕暮れ時のようだった。
「……やあ、終えられましたか……」
ミサキより一足先に目覚めたのか、洞窟の入り口には男性と島守の青年がいた。
「待っててくれたんですか? すいません……」
そう言いながら頭を下げるミサキに、男性は笑って言った。
「いえいえ……僕も今さっき目が覚めて出て来たばかりです」
「……お二人とも、何か得るものがあったようですね。とても穏やかな表情をしておられますよ」
青年の言葉に、ミサキと男性は顔を見合わせる。
「私は……」
ミサキは言った。
「……この島々の遠い昔の風景を見ていました。この遺跡を造った人々の営みを……」
「え……?」
それを聞いた男性は、半ば驚いたように目を見開いて言った。
「それ……僕もほとんど同じもの見てました……こんな偶然、あり得るんですかね……?」
「……ええ、ありますよ」
青年が微笑んで言った。
「……不思議な事に、皆さん似たような経験をされるようです」
「それは……本当に不思議ですね」
「島々の、記憶なのかも知れません……」