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バレッタの家

黒田あきです。文章が拙いところがあると思いますが、何卒応援していただけるとありがたいです。

それはエラルド王国某日。春の季節に差し掛かった頃であった。

 薔薇の淡い香りがする。目立たず、それでいて存在感があるーー

 「…………ん」

 心地良い温度と、絹の肌をなでる感触が体を包む。ベッドだろうか。そうだとしたら、到底買える代物じゃない。

 重い瞼をゆっくりと上げると、見覚えがある景色が目に入るーー赤を基調とした部屋、豪華できらびやかに描かれ、ずっしりと重厚感のある、天蓋の絵画。

 (……これは……夢?いや、違う……)

 「……バレッタ……」

 誰に向けたわけでもない。かすれた声が響く。聞こえたのはあの声だ。声は枯れているけども、聞くだけで人を貫くような、ナイフのような声……。

 (……ということは私、本当にバレッタに……?)

 ぐっ、と身体を起こす。その身体は異様なほど軽かったが、キリキリと全身に激痛が走った。バレッタに身体の状況聞いておけばよかった。でなければ身体を動かさなかったのに。

 そう後悔したが、せっかく身体を動かしてしまったので、あたりを見渡すことにした。家具は全て丁寧にバロック風の彫刻が施され、おしゃれな装飾の窓からは、耳を癒す小鳥のさえずりと、ローズ色のカーテンをゆらゆらと揺らす風が頬を撫でる。

 「すごい……」

 転移前の自分の部屋と比べると月とスッポンだ。空気のずっしりとした空気がのしかかるあの部屋では、年中気分が暗くなっていたものだ。

 若干羨ましく思う気持ちを尻目に首を右に向けると、赤いフレームに包まれた汚れ一つない全身鏡を見つけた。ベットには誰かが映っている。

 「…………!」

 鏡に映った姿を見て、心臓が跳ね上がる。

 「……そっか、だよね……」

 頭ではわかっているが、若干夢ではないかと疑ってしまう。けれどーーそこには、目を見開き口を開けた別人······バレッタが座っていた。



 そのとき、ギイイ、とドアが軋んで開く音がした。

 「っ!!」

 一瞬心臓がひゅっと縮こまり、咄嗟にドアの方向に顔をやる。

 ドアを開けた人物は、茶髪のショートボブでそばかす顔の、メイド服を着た女性であった。彼女は私を見るやいなや、栗色の目を見開く。

 「……お嬢様。待っていてください、すぐに医者を……」

 すぐに無表情に戻った女性は、くるりと回転し髪をなびかせ、コツコツと早歩きでどこかに行ってしまった。



 どれくらい時間が経っただろうか。数分、いや数十分?あたりを見渡しても、小さい時計さえも見あたらない。この世界に時計というものはないのだろうか。そう薔薇の甘ったるい匂いが頭を支配し、どうでもいいことを考えてしまう。窓からは燦々と日が降り注ぎ、ドアの外ではせわしなく足音が聞こえてくる。

 (そういえば、バレッタの状況をあまり知らない)

 ふと、この考えに至る。本人は暗殺をされたと言っているが、何の方法で暗殺されたのか、この家がどんな状況なのか……まあ、冤罪を着せられているのでよくはないだろう。また、先ほどのメイドや家族しかり、どう接せばいいのか……メイドは口調で騙せるが、家族の前ではルールもマナーも知っていないのに何もできるわけがない。暗殺されたショックで記憶喪失になったとでも言おうか……。不安な要素がのしかかっていく。とにかく、記憶喪失になったと言おう。そうしたら大体のことはごまかせる。

 そんなことを必死に考えていると、ギイ、とドアが再び鳴る。先ほどのメイドと、冷静な顔をした、白い服を羽織り、片渕眼鏡をかけた中年の男性がこの部屋に入って来た。

 「お嬢様……お目覚めですか。ご無事で何よりです」

 男性は礼儀正しくお辞儀をして語りかける。おそらく、この男性が医者なのだろう。

 「失礼します」

 その医者は私に近づき、目を開き、聴診器で脈を測った。ああ、学校の健康診断だ。懐かしい……。私は、今更ながら卒業式には参加できないだろな、と私は歯痒い気持ちになった。

 「ふむ……脈は安定、瞳孔の開きに異常なし……」

 その医者は胸元から板を取り出し、何かをカリカリと書きつけた。カルテのようなものであろうか。

 「ですが、無理はなさらぬよう。まだ完全な回復には至っていないので。身体に異常などはございますでしょうか」

 医者はまるで用意されていたセリフを読み上げるかのように淡々と言う。冷たそうな人だな、と考えるも次に何を言うかで頭が埋め尽くされ、すぐに消えてしまった。

「ええ、そうね。わたし…………わたくし、何があったのか、所々記憶が曖昧なの……です」

 これでいいのだろうか。まるでルールを破って必死に隠している子供のように、心臓がダムダムと跳ねてしまう。予想外の返答に驚いたのか、医者は顎に指を当てうなだれながら、険しい顔をして黙りこくってしまった。

 数十秒経った後だろうか。医者が口を開く。

 「……おそらく、毒を飲んだことによるショック、あるいは精神的なストレスによって記憶が抜け落ちているのでしょう。こればかりは詳しく調べないと分かりませんが……。病み上がりで負担がかかってしまうでしょうから、後日調べることになるでしょう」

 無論嘘であるが、いい手を使った。バレッタは毒殺をされたらしい。有益な情報を得れた。どうりで全身が痛いわけだ。

 「とにかく今は休息が重要です。そこの君。湯と食事を。消化のいい食事にしてください。ではお嬢様、失礼いたします」

 医者はそれだけ言うと、最後に礼をして部屋を出ていってしまった。メイドは「かしこまりました」と言い、医者の姿を見送ったあと、私のほうへ顔を向ける。

 「……ではお嬢様、安静に寝ててください。食事を持ってきたら声をかけますので」

 それだけ言ったあと、ぺこりと一礼をして部屋を出ていった。

 「はあ……五日間も……しかも記憶喪失なんて、どれだけ私たちに迷惑をかければいいのでしょうか。本当、自業自得のくせに……」

 メイドがドアを閉めたあと、わざと聞こえるように言ったのか、それとも聞こえないと思って言ったのか、そうぼそりと告げた。メイドの足跡が遠のいたあと、背筋が凍る。あのぼそりと言った言葉。それと、一瞬、一瞬だったが、一礼をするときの、眉をひそめ、ぎょろりと上目遣いで凄む、軽蔑の目ーー。

 (どういうこと…………?)

 バレッタが暗殺されたことを何も思わないの? しかも自業自得って何? 婚約破棄をされて家の品格が落ちたから? それだけで……? それにあの顔、思い出してしまうではないか。パニックを起こしたときの、呆れ果てた、面倒くさそうな皆の、あの顔をーー。

 ぶるぶる。手足が震える。いつのまにか頭を抱え込んでベッドでうずくまってしまう。いつものパニック症状だ。不定期に来るこれは、水が詰まったかのように世界はしんと静まり返り、心臓のうるさい音だけが聞こえ、頭はもやの塊が上下左右に移動し、ゆらゆらと揺れる。先ほどまでは、平気だったのに……。

 今はただ、これがひたすら終わることを願うしかできなかった。



 段々と落ち着いてきたあと、ドアがコンコンとなる。こんなタイミングの悪いときに誰……?

 「…………入ってどうぞ」

 咄嗟に言葉を言うが、このように言えばいいのだろうか。わからない。

 「……入るぞ」

 深みのある声がしたあと、ギィ、とドアの低音が響く。相変わらずうるさい。

 「……うるさいドアだな。変えろよ」

 入ってきたのは、ブロンドヘアを持つ、無表情な顔をした男だった。

 「バレッタ。お前がついさっき目が覚めたことをゴードンさんから聞いて来た。……それで、なぜあんなことをしたんだ?」

 シルバーブロンドの目を持ち、漫画の貴族のような服を着たこの男は、終始無表情で私に問いかけた。ゴードンさん?さっきの医者のことであろうか。そして、この人は誰なのだろうか。私を呼び捨てにしてて、身なりもいいから、おそらく家族、という存在なのだろう。

 「すみません。わた……くし、少し記憶が曖昧でして、あんなこと、というのがなんなのか、わからないの……です。」

 男は私の言葉を聞いたあと、ピクリとも表情を動かさず、目を細める。

 「記憶喪失、ねえ。お前には失望したよ。バレッタ。聖女の暗殺を企み、自分で毒を飲んで、あげく記憶喪失と偽るなど……。もう少し頭のいい女だと思っていた」

 男はまるで壊れた機械を見るように、私を蔑む目で睨む。その表情に、家族の情、という言葉はなかった。

 「……お父様とお母様はお前に会う気などない。言い訳をするのは諦めるんだな。したところでイーエラ家の品格は戻らない」

 男は私に一歩近づく。

 「今すぐにでも追い出したいが、聖女はお前の味方についている。だが、これ以上余計なことをするなよ。跡取りである俺が妹に"責任"をとらなくてはなくなる。……まあ、そこまで馬鹿じゃないだろ。それに、もうこの家には誰も味方なんていないからな」

 その声は、男……いや、兄として妹を案じる気持ちなどなく、家の責任を後継者としてすべて背負っているように聞こえた。聖女が味方についてるーー。暗殺の黒幕が味方になるわけがない。おそらく何か意図がある。兄は、ドアを開けて出ていく直前、振り返った。これ以上何をいう気だろうか、と若干警戒する。

 「……俺は結果しか重視しない。そして、この家も同じだ。もし認められたいのなら、結果を出すことだな」

 そう呟いたあと、今度こそドアを閉め出ていった。私はベッドに飛び込んでぼーっと一点を見つめる。色々言いたいことはあったが、「誰も味方なんていない」。その言葉が私の言葉を吹き飛ばし、重く、重くのしかかって行った。

 その後、メイドが食事と湯を用意したが、しんと部屋は張り詰めた空気で静まり返っていた。

 食事は豪華で綺羅びやかだったが、どこか空っぽで味気なく、風呂も湯船に全身を浸けても、体の芯までは温まらなかった。メイドはまるで罪人かのように私を避け、どこか責めるような空気が流れていた。

 そして、その間、私はあの言葉が胸に残り続けていた。私に味方などいない、私は、この家に居場所などないーー。泣きはしない。もう慣れてしまっているから。……でも、バレッタはどうしてこの状況で耐えられるのだろうか。おそらく、あの家族じゃ騒動が起こる前もこんな状態だったはず。なのに、なぜあんな誇らしげな目を浮かべることができるのだろう。

 こうして、ベッドに潜り込んだことで私の一日目は終わった。

 ……けれど、夜の静けさは私を冷静な思考に引き戻すことは、出来なかった。

今回はバレッタのお家についての話でしたね。真央にとっては辛い結果となったかもしれませんが、同時にたくさんの情報を得ることができました。真央はこれから、どのようにバレッタの家族と向き合うのでしょう。

最後まで読んでいただきありがとうございます。励みになります。

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