第五話:ルル
翌朝、ローンで支払いをしようとして問題が発覚した。上限を僅かに超えたらしい。
「昨日カードを作ったばかりで、受付のお姉さんからローン払いが出来ると聞いて、不足分は今からダンジョンへ行ってきっちり稼いで来ますから。何卒許して下さい。」
頭を床に擦りつけるようにして懇願した。
「この街が初めてだったのかい?街人みたいな恰好だったから気が付かなかったよ。」
おかみさんは困惑顔である。
「ママ、私がコイツを見張っててあげる。だから安心して。」
給仕をしていた娘が割り込ん出来た。
「ルル、昨日もパパに危ない事はするなって言われたばかりでしょう?」
「大丈夫、戦うのはコイツ。私は逃げないように監視するだけ。危なくないでしょ?」
ルルと呼ばれた娘は気の良さそうなおかみさんを丸め込んで、俺の手を引きダンジョンへ向かう。
「有難うな、ルル。」
礼を言うと、突然彼女は突然手を振り切る様に離し眉を顰めながらスカートの中に隠し持っていた短剣を振りかざす。
「勘違いしないでよ。私はダンジョンに行きたかっただけなんだからね!ソードの街に生まれて女だからダンジョンに潜るなだなんて、そんな事許せないんだから。」
うん、これはツンデレじゃなくてツンツンだね。詰まり本当にダンジョンにしか興味ないわ。
あれ?ツンデレって何だっけ?まあいいや。それより、ソードの街って言うのか流石は武器の街。
ダンジョン内はレンガの色が緑色をしていて、他は…前の街と同じ感じらしい。
と思ったら、やはり出て来る魔物とドロップ品は全く別物だという。
二足歩行のカブト虫が歩いて来る。奴らはこん棒や錆びた剣を持って現れた。奥へ行くにつれ敵の武器が立派になるというが、稀に入り口付近にも真新しい真剣を持った個体がうろつくらしい。戦闘において重要な点として甲虫の外殻の固さがある。
奥へ行くと大斧も跳ね返す程の固さを持つ金剛と称される亜種も出現するらしいが、入り口近くに屯する茶色い個体ですら、大人の男が長剣で二度三度ヒットしないと割れないらしい。
と、ここまでの説明を列に並んでいる間に受けてふと思う。
「ねえ、俺達ショートソードと短剣だけど、勝てるの?」
「勝てる、勝て無いの問題じゃ無くて、か・つ・の!そうすればパパも私の事を認めてくれるわ。」
あちゃー、こりゃ駄目だ。
感情論で勝てる程戦いは容易ではない。入ったら早々にリタイア(松明の炎にタッチ)し、道具屋で指輪を売って剣を買い、そいつを代わりに納める、いや、昨日2本買った内の片方を納品してしまえば今日の所は収まるか?しかし、明日から如何すれば…狩のパーティーでもあれば潜り込みたい所だけど…
「…テビ―、テビ―!早くっ。私達の番よ。」
柔らかい手に引っ張られ、とに角彼女が怪我をする前に止めようと心の中で決心する。
ダンジョンの中は本当に壁が緑のレンガで出来ていた。
綺麗な色だったので欠片が取れないかとショートソードの柄で叩いて見たが、丈夫な素材らしく傷一つ付か無い。
「テビ―来たわよ!」
何度目かの分かれ道を曲がった後、早々に茶色い敵影と遭遇する。
ガシャガシャと、ゆっくり歩く二足歩行のカブト虫。いやカブト人間、兜亜人と言った方がしっくり来る風貌。ただ虫と違って手足が太く鉤爪で器用に剣を握っている。剣の程度はまあボロい。詰まり入り口付近に相応な弱い個体という事になる。こいつに攻撃が通らなければこれ以上進むのは自殺行為だ。まずはショートソードで打ち込んで見た。
と、その前に大振りで緩慢な敵の攻撃をしゃがんで躱す。
続いて剣を打ち込む。
「やー!」
柔らかそうな腹を狙ったが、どっこい、全然固くてキュインと音と共に跳ね返された。
「おーい、こりゃ無理だ。帰るぞ、ルルー。」
早々に見切りを付けて撤退宣言をしたが、ルルは盛りの付いたネコの様に全身で怒りを露わにした。
「根性無し、甲斐性無し!倒すまで宿には戻らせないからね!」
幸い敵が1体である事、動きが緩慢で左程苦無く攻撃を避けれる事により今の所危なくは無いが、先ほどの手ごたえだと武器を斧か何かに変えないと埒が明かない。そう思われた。
「んなこと言ったって~。ショートソードじゃ軽すぎて無理だよ~。」
ゆったりとした剣舞を舞う様に敵の攻撃をやんわり躱しながらショートソードを打ち込むが、ちっとも刃が掛からない。
「この下手くそ、どいてなさい。体重の軽い人間がカブットを倒す時はこうするのよー!」
何を血迷ったかルルは俺目掛けて突進する。そして膝、肩、頭を踏み台に空中へ駆けあがりその勢いのまま腹に抱えた短剣毎カブットの首元へ突進した。
倒れ込んだカブットからネズミの様に離れたルルは勝ち誇った様に短剣を掲げた。剣先には緑色の体液が付着しており、カブットの首筋の鎧の隙間からブッブッっとそれが噴き出している。
「ほら、貴方もやりなさい!」
「出来るか!空中で迎撃されたら其れ迄じゃ無いか。危ないから二度とするんじゃない。」
成るほど、彼女の父親が彼女にダンジョン攻略の許可を出さない筈だ。あれでは命が幾ら有っても足りはしない。しかし、彼女の攻撃は参考になった。詰まり用いるべきはスピードと重力である。
のろのろと立ち上がったカブットの足元にドロップキックをお見舞いし、倒れ込んで来るその真下にショートソードを固定する。
上手く切っ先を甲冑の隙間に…
祈る様に剣の角度を調節し、倒れ込んだカブットに深々と刺さったショートソードを見て思わずガッツポーズを取る。
「ぼーっとしない!ショートソードを取られちゃうわよっ。」
言われるまでも無い。腹にショートソードを指したまま逃げ出そうとしたカブットの背中にもう一発ドロップキックをお見舞いすると、倒れた拍子に剣が深々と刺さったカブットは丸まった状態で動かなくなった。
「倒したのか?」
「未だよ。死ねばアイテムがドロップするけど、此奴は未だ生きている。瀕死だけどね。」
そう言ってルルは容赦なく首の傷に何度も重ねて短剣を振う。
やがてカブットの体が黒味を帯びるとボロボロと崩れ始めた。
そして崩壊の後には俺のショートソードの他に、見慣れぬ短剣が1本残されていた。
「さて、鑑定ね。」
ルルはスカートのポケットから鑑定紙を出して擦る。
「短剣(力+25、スキル突進)ってスキル装備じゃないの、これ。」「スキル装備?何それ?」
「何って、そのままよ。スキルが付いて居るの。突進はさっきの私みたいな攻撃が通常攻撃に付与されるって事。」
「じゃあ、その剣はルルが使いなよ。」
「本当!じゃあ、次行こうか?」
「待って、今日は一旦装備を整えに戻ろう。」
「えっ、駄目よ。カードが使えないと貴方牢屋に入れられてしまうのよ?」
「大丈夫、今日の所はここに持って居る短剣をゲットした事にして収めるから。」
その夜、チャージしたカードを持って再び宿へ戻った俺達はルルのお父さんにダンジョン探索の許可を願い出る。
ルルの父、ダントンさんは最初は渋っていたが本日の戦果と、俺は重量武器に装備変更する事、ルルは突進スキルの短剣を使う事を条件に最後には許してくれた。
その後ダントンさんは晩酌を始め、何やらツンと酸っぱい匂いのする乳白色のお酒をグビグビと飲み始めた。
「いやあ~、しかし最初からスキル付の武器をドロップするなんて、うちのルルは探索者の才能があるんだろうなあ~。うんうん。」
「あら、あなた。そんな言い方失礼ですよ。若しかしたらテビ―さんのお陰かも知れないじゃ無いですか?」
「ん~、ナイナイ。テビ―君。悪いが私くらいベテランの探索者になると、見ただけで才能が分かるから。君は戦いに向いていない。どうだい、宿の従業員として働いて見ては?」
まあ、悪気は無いのだろうがやんわりとお断りした。