第三十二話:記憶の答え
他の探索者達と協力して魔物達に切り込み、街の入り口まで押し込む事に成功する。
数はかなり減らした。誰かが破られた門扉に板を打ち付けていた。その男に向かってサムライコボルトが1匹駆け寄るのが見えた。俺は懸命に走り、彼らの間に割り込むと、上段から振るわれたコボルトの剣を斜めに受け流した。
「ぐっ…」
腹に火掻き棒を突き立てられた様な痛みが走った。
振り向くと先ほど迄扉を守っていた街人達が倒れ、異様なオーラを纏ったサムライコボルトが一匹侵入していた。
最後の力を振り絞り、サムライコボルトの首を斬り飛ばすと、前方のコボルトの顔が鞭で弾けた。
「クリオっ、こっちよ。早く宿へ。」
抱き抱えられる様に肩を借り、ルルと来た道を戻る。
宿に戻ると未だトビーが居たので、慌てて避難を促す。
本当を言うとルルにも逃げ欲しかったが勝気な彼女は興奮して言う事を聞いてくれそうにない。それどころか、ルルはテビ―に食って掛かる始末。
「アンタよ、アンタが来た所為でクリオが!アンタが死ねば良かったのよ!」
状況を理解できずオロオロするテビ―に心無い言葉を浴びせ倒すルル。
俺は彼女の手を握る事くらいしか出来なかった。
一人広場へ向かうテビ―の背中を見送った後、泣きじゃくるルルの背中を摩りながら、ぼんやりとこれまでの事を考える。
城塞都市でテビ―と会って、この街でルルにテビーと間違われ、クリオ&ルルは有名になり…何か思いだしそうな気がする。そう、テビ―と出会う前の俺、それは…
「お久しぶりですね、テビ―さん。随分酷い怪我じゃ無いですか?修理しましょうか?」
少し無機質なその声の声は獣耳の少女から発せられた物だった。
「違うわ!この人はクリオよ。」
上ずった声でルルが言い返すが、相も変わらずケモは冷静だった。
「いいえ、私のセンサーがこの方をテビ―さん本人だと認識しています。間違いありません。それより、治療は必要無いのですね?」
そう言いながら答えも聞かずにケモは手を伸ばすと、そこから発せられる金色の光に当てられ、腹の傷は見る見る塞がって行く。
「こんな事っ!一体何者?」
先ほど迄の傷が嘘だったかのように立ち上がった俺は、嘗ての盟友を軽くハグする。
そうだ、俺達は嘗て友だった、
「有難う、助かった。助けて貰った所で悪いが、少し付き合ってくれないか?」
軽く手とうを光らせてやるとケモは頷き、突然銀色の光沢を持つのっぺりとしたゴーレムの姿に戻る。
それを見たルルが泡を吹きそうな勢いで叫んだ。
「えっ、えっ、きゃあああー」
正確には、突然目の前で銀色のゴーレムがパカリと割れ、1本の剣が現れたからなのだが、そこは誤差という物だ。
「ごっちゃん刀…有難い!」
今なら全て思い出せる。
俺は大昔、城塞都市ビギンにて、貴族の家に生まれたテビリア・ローデンライト・シルバーライニング。
シルバーライニング家は代々ビギンを統治して来た。
因みにシルバーライニングとは「銀の裏地」という意味で粗末な服に見えて、捲って見ると銀幕があるという事から、悪い物事にも探せば良い一面もあるという教訓から取ってご先祖様が家名にしたらしい。
あの日、俺は貴族の服を脱ぎ、下着姿のまま街へ出ると街人の服を買い街を謳歌した。
最初にクリオと出会い記憶が混濁し、すぐに二度目の再開で俺の記憶から過去の物が抜け落ちてしまった。詰まり、逃げていた事され覚えて居なかったのだ。
勿論、そのままでは直ぐに見つかって連れ戻されていただろうが、一緒に迷宮へ行く事になって状況は一変する。恐らく、魔物の体液に塗れても風呂にも入らず過ごしていたため、探しに来ていた屋敷の者に見つからなかったのだろう。
そして、
「ケモ、リンカは元気にしているか?あれは...俺達が戦ったのは何年後なんだ?」
店の影から襲って来た黄金色のカブットを真っ二つにしながらそう尋ねると、同じく余裕の対応で魔物を蹴散らすケモはウインクをしながらこう答えた。
「1400年くらい先でしょうかね?この街の歴史、説明要ります?」
「教えてくれ。」
俺達は街中の狩り残しをあらかた片付けると、迷宮を目指す。
祈祷所は無残に破壊され、瓦礫の周りで何人かの探索者がカブットと戦っていた。
ケモの話では武器の街セカンは大昔に滅んだ城塞都市ビギンの跡地に作られた街。そしてセカンも国歴が定められる100年前に滅んだという。その理由は…
「誰かが迷宮の核を壊した。だろ?」
「正解です。迷宮が無くなり資源が無くなった人々は、トラベラーに導かれ現在のナイやオクトの街の原型となったフォスやファーイブの街に移り住み、スキルや魔石工学の基礎が芽吹いたと言われています。」
詰まり、俺達は迷宮の核を壊そうとしていた。
バラバラに湧いて来る白銀のカブットや武者コボルト達。バッサバッサと切り倒されて行く奴らが消えた足元に指輪も落ちるが、気にしない。こいつ等は今の俺達にとってもはや藁人形に近い。先へ、先へと駆け進むと遂に真っ黒なコアの背が見えて来た。
「うおおおー!」
握り手の中で剣が暴れ、電撃を受けた様に手が痺れた。まるで鉄棒で岩を殴った様だ。
背中で剣を弾いたコアには傷一つ付いて居なかった。
これ、壊せるのか?
「テビ―さん、そう言えば。これを渡すのを忘れていました。」
立ち止ったケモが再び銀色ののっぺりした姿に戻ると、口の辺りから虹色のカードがゆっくり出現する。
手渡されたカードを俺は額に押し込んだ。
「おおっ、覚えたぞ。早速これで決着を付けてやる。うおおおお。」
呼吸に呼応し体中から虹色の闘気が噴き出す。
光は刀に纏わりつき、巨大な刀身となった愛刀を巨大な黒岩へ叩きつける。
パックリ割れたダンジョンコアの背中からは星色の不思議な光が溢れだして来た。
◆
ケモ耳女性がモニュメントの前に立つと何事かを念じる。
光に包まれたその姿が再び現れたのは二千年以上先の世界。
近代的な街並みを悠然と歩くと、街明かりにかき消された満天の星空をケモ耳は特殊な眼で見通した。今日は600年に一度の星回りの日。待ちに待った星のゲートが開いた。
軽やかな足取りで、ある高層マンションに入る。
エレベーターで最上階に辿り着くと、豪華なドアに手を翳した。
「ケモっ、お帰り!」
半永久的に寿命を持つ従順なゴーレムはメイド服に変化すると、駆け寄って来た小さな主人を満面の笑みで抱き上げる。
「ただいまです、タビー様。ケモは大事なお使いに行って帰って来ました。歴史の輪は閉じ、揺らぎは確定しました。お約束取り、今日はご先祖様のお話をして差し上げる事が出来ます。やっとこの日が参りました。」
(終わり)




