第三十一話:ルル&クリオ
気が付くと、柔らかい…とはお世辞に言えない腕に抱かれて解放されていた。
「テビ―!テビ―!ああ、どうしちゃったのよ。急に居なくなるし、こんな所で倒れているし。神様、私の命を上げます。だから、どうかテビ―を助けて。」
…テビ―。居るのか?どこに…
次に目を覚ますと、ベットの上だった。
階段を登る足音。ドアが開くと中年の女性だった。
「良かった、気が付いたのね。ルルを呼んで来るわ。」
食事の入ったトレーを入り口に置くと、女性は行ってしまった。
直ぐに足早に階段を登る音がして、左右に髪を纏めた少女が駆け込んで来た。
「テビー、心配したのよっ!」
抱き着いて来た少女を必死で引きはがすと、おたおたしながら自分もテビ―を探している事を説明すると、少女の顔は驚きから絶望、そして怒りの表情へと変わる。
「だって、こんなにそっくりなのに。別人だって言うの?嘘!テビ―貴方は記憶を失ったのよ。きっとそうよ、出なきゃ私の事を忘れる筈が無いわ。私よ、ルル。私待ってたの。思い出して、お願い。」
少女はとうとう泣き出した。
仕方が無く背中を摩ってやると、やがて眠った様だ。先ほどの女性が来て、昨晩寝ずの看病をしていたので寝かせてやってくれと頼まれると、少女が不憫に思えて来た。翌日から、テビ―でないが彼にそっくりだと言う俺は、テビ―の代わりにルルと迷宮に潜る事にした。
◆
ルルは強い。父親は一流の冒険者で、きっとその血を引いているのだろう。
一方の俺はというと、全然だめだった。
ルルに追いつきたい一心で努力した。相変わらずドロップは最悪だったがお金を貯めてマシな武器も買い、徐々に二人の若き探索者の名、即ちルル&クリオの名前は街に広がって行った。
彼女との仲は良好、だが頑なに俺の事をテビ―が記憶を失っただけと思い込んで居る節がある。呼び名はクリオで定着したが、油断すると直ぐにテビ―と呼んで来る。だが、俺は幸せだった。相手はテビ―では無いが、毎日おはようとお休みを言える生活は至福の時間と言って良かった。
俺が恋に落ちるのは時間の問題で、元々テビ―に焦がれていた彼女がテビ―だと思い込んで居る俺の求愛に答えるのは自明の理であった。
十八になったら結婚しようと約束をした俺達は、過酷な探求者としての毎日と、将来を夢見るカップルという甘い毎日の両方を享受し、少しづつだが着実に腕を上げて行った。
だが、数年もすると迷宮の最下層が開き、新たな最下層が現れた。
最下層から湧き出るモンスター達は上層を目指す。
危機感を覚えた街の自警団は、最下層のモンスターを一掃する大作戦を立案するが、戦いは敗北。最下層で多くの犠牲者が出た。死ななかった物の大怪我を追った探索者も少なく無かった。ルルの父親もその一人で、失血死手前で戻って来た。何とか一命を取り留めたが、右太ももに負った傷が深く、冒険者は引退する他無さそうだ。
次の日から俺は死にもの狂いで頑張った。
モンスター達から街を守る為、怪我をした親父さんを守る為、何よりルルとの生活を守る為。
残った探索者達も同様だった。皆一丸となって迷宮に潜り、徐々にだが魔物達を下層へ押し戻して行った。
そして、俺とルルは式を挙げた。
◆1900
俺達の式は新婦の実家、つまりダルトンさんの宿屋の前で開かれた。
白いドレス姿のルルは本当に美しかった。飾りで溢れたスカートの裾は長く、胸元にも花の飾りで盛られていて、飾りの無い腰元の一部だけが彼女の健康的な躰を映し出していた。
式は順調だった。あれが来るまでは。
街の人達からの祝福。素晴らしい時。突然ダルトンさんが素っ頓狂な声を上げた。
「テビ―君?!」
其処には、異形な人物がいた。身長は俺と同じ位、まるで10年以上も散髪していないような異様な風貌、だがその瞳の輝きには懐かしを感じる。テビ―!お前なのか?今まで何処にいた?否、今はそれを詮索している場合では無い。
「でたぞー!戦える者は武器を取れー!」
暫く魔物達を押し込んでいたから油断していた。
奴らは突然湧いて来る事がある事は知っていたというのに、選りによって人生最良の日を邪魔されるとは。
怒りに打ち震えていると、ルルが宿屋に駆け込んだ。と思うと鞭を片手に飛び出して来る。余りの着替えの速さに、事前にドレスの下に服を着こんでいたのでは?と疑う程だ。
俺はテビ―にダルトン夫妻を託すと、自らも剣を取り妻を追った。




