第二話:成長
本日2回目の投降になります。
迷宮からの脱出は驚く程簡単であった。
通路に掲げてある松明の火は実は熱くなく、消える事も無いと言う。それは炎では無く、何かの力で生み出された光りその物だった。そしてそれはとても便利な機能を持ち合わせていた。手を翳すだけで街の中央にあるモニュメント前に転移出来るのだ。
街に戻った二人は戦利品の指輪を二つ握りしめ、街の道具屋へ走り込む。
「おっさん、鑑定と査定宜しく!」
チャリンと薄汚れた茶色い硬貨2枚を傷だらけのくすんだカウンターに投げ出すと、クリオは慣れた仕草で椅子に陣取る。
「おい、テビ―。ビギナーズラックって奴だ。普通は20体くらい倒さないと出ないんだぞ?」
クリオは上機嫌である。だが、カウンターで示された黒板の数字を見て一気に不機嫌になる。
「おい、何だこりゃ。力+1に魔力+1だって?金色だぞ?そんなに数値が低い訳無いだろう。ははん、さてはわざと低く査定して買い叩こうって腹だな?止めた、売らねえよ。返せ!」
カウンターの指輪をひったくる様に店を出たクリオをテビ―は必死で追いかける。背中で道具屋の店主が大声で戻って来いと叫んで居たが今はクリオを見失わない様に必死だ。
「いいか、テビ―。奴らはああやって直ぐに買い叩こうとするんだ。騙されるなよ?クリケットが落とす指輪は鉛、銅、銀、金、そして翡翠の指輪が有って大体上に行くほど良い能力が付いているんだ。だから査定が悪くても直ぐには売らずに何件か回る。おっ、ちょっとこれ持ってろ。俺便所に行って来る。」
クリオは道端の小屋を見るとそこへ入って行き、暫くするとすっきりした表情で戻って来た。
「何?お前もか?じゃあ落とすといけないから指輪は持っててやる。おい、若しかして便所初めてか?絶対に脇に置いてある棒で穴の中を突いてからするんだぞ?」
言われた事の意味も分からず、何故か置いてある棒を手に取るとトイレの穴にそおっと突っ込む。すると何やら手ごたえがあり、慌てて棒を引き出すと中から半透明な鳥もちの様に粘っこい物がくっ付いて出て来た。
思わず棒を放り出してしまった。漏れそうな股間を抑えたままクリオの元に戻るとトイレの騒動を説明する。するとクリオは指輪を穴の開いたズボンのポケットへそっとしまうとトイレまでついて来て棒に絡みつき蠢くその生き物を何と蹴り飛し、更に棒で散々に叩いて穴の中へ撃退してしまった。
「いいか、奴ら時々餌欲しさにああやって体の一部を外へ出して来るから、そういう時はとにかく殴るんだ。」
「トイレって全部こうなのかい?」
「そうさ、奴らなんでも飲み込みやがるからな。トイレだけじゃなく、ゴミも全部まとめて便所行さ。」
よく見ると、手洗い所の排水もトイレの中へ流れ込んで行く。
「この水は何処から来るんだい?」
クリオは黙って遠くにある白く四角い物を指差した。それは先ほど迷宮から出て来たモニュメントである。
「水はあそこの天辺から大量に染み出して来る。大昔からそれをパイプで各所に引き込んでいるって聞いた事がある。大昔はすごい技術があったんだ。」
クリオの話では今ではその様な技術は失われ、もし故障しても修理は出来ないだろうという。
「所で、指輪。どうするの?」
「そうだな。今日は宿に泊まるのは諦めて、明日稼いでからにしよう。」
翌日、2人は空きっ腹を水で紛らわせると、朝一番で礼拝堂にならぶ。
そして又もや1時間もせずに金の指輪を1個と銅の指輪2個を入手した。
「いっひっひっひ。ついてる、ついてる。」
ご満悦のクリオは昨日とは違う道具屋へ行くと、銅の指輪を売り払う。
2個の指輪が銀色の硬貨3枚と茶色い硬貨8枚になって帰って来ると、クリオは銀色の硬貨1枚を差し出し戸棚の一部を指差した。
「ハイヨ、鑑定紙。他に何か良い物拾ったんなら鑑定するよ。」
「へっ、買い叩かれて堪るか。じゃあな!」
捨てぜりを残し店を出たクリオは購入したてのゴワゴワした紙の上に昨日の金の指輪を押し付けるとごしごしと擦り出した。
「けっ、やっぱりだ。見て見ろこれ、力が10も付いている。お宝級だぜ。」
テビ―が紙の上に浮かび上がった文字を見て驚いていると、クリオは胸元から紐を引きずり出し、じゃらじゃらと鉛色の指輪が連なったその紐へ力+10の金の指輪を通すと大事そうに胸元にしまった。そしてもう一つの金の指輪を擦り始めると直ぐにその手が止まって一点を睨みつける。
「如何したの、クリオ?あれ、運って文字の後に変な事が書いてある。これって何て読むの?」
「パーセントだよ。+30%、つまり運が3割も向上するって、こりゃあマジモンのお宝だ...売れば金貨数枚、いや数十枚は堅い。1年間潜らなくても宿屋暮らしが出来る代物だ。」
暫く指輪を凝視していたクリオは再び紐を弄り、指輪の束に咥えようとしたが突然こちらを振り返り、手に指輪を握らせた。
「おい、テビ―。これはお前の運がもぎ取ったお宝だ。だからお前が付けるのが一番効率が良い。今これを売れば暫く贅沢が出来るがそれまで。この指輪を着けて明日からも潜れば、きっと俺達は強くなれる。なあ、一緒に強くなろう。」
頷く事しか無い。どの道この世界の事を何も知らないのだからクリオに付いて行く事しか無い。
その日は残った小銭でやたら堅いパンを2つ買うと、舌で溶かす様に時間を掛けて食べた。クリオ曰く、街の住人は紅茶に浸しながらこのパンを食べるのだと言う。
翌日からも二人は毎日の様に迷宮に潜り、俺達は着実に強くなって行った。
今や二人の首からぶら下がった紐に有るのは金銀の指輪ばかり。それも全てそれなりの力が付与された逸品ばかりだ。
ある日、迷宮から戻ると4人の不良たちに後を付けられ、路地裏へ追い込まれてしまった。不良の一人が脅して来る。
「おい、最近羽振りが良いじゃねえか?金の指輪を売って大儲けしていたのを見たぜ?餓鬼には必要の無い大金じゃねえか?俺達が使ってやるよ。」
クリオの1.5倍はある大柄な不良は拳タコの出来た拳をぐっと突き出すと、口角を上げニキビだらけの頬が歪む。
実は最近この手の事は日常茶飯事だ。
何時もは持って居る小銭を全部路上に投げて、敵がそれを拾って居る間に逃げるのだが、今日は少し様子が違った。
クリオはその指に嵌められた銀色の指輪を一瞥した後、突然その腕を掴み捻り上げる。
「いでででで」
驚いた事に絶対に勝てないと思っていた相手を軽々と組み敷いてしまった。