第十一話:セカンの街
祈祷所でこの街の名を聞いた。ここは『セカン』の街である。
行列を後ろから眺める。大半は屈強な男達だが、中には男性に引け劣らない筋肉の女性探索者も混ざっていた。
皆、体の一部に何かしら金属の防具を身に着けていて、一様に大きな荷物袋を抱えている。
カウボーイハットに黒革のベスト、剣を2本差してほぼ手ぶらの少年、つまり俺の事だが、は悪い意味で目立っている。因みに黒革ベストはハッジさんからプレゼントされた。優しい彼女は内側に幾つも指輪を収納するポケットを付けてくれた。これのお陰でジャラジャラとしたネックレスを付ける必要が無くて非常に助かっている。
再び行列を俯瞰する。武器は長剣、大斧、中槍が多いようだ。大盾を持って居る人もちらほらと見えた。
20分程並んで入り口が近くなって来た頃、列の脇から来た数人の男女が声を掛てきた。
「ねえ、君。ここ初めてでしょう?一緒に潜らない?慣れる迄付き合ってあげる。」
若い女性は他の女性探索者達と違いスリムな脚をタイトな革ズボンで包み、上半身も麻製のシャツに革ジャンというラフなスタイルだった。
こんな格好で潜るのか?と全身を睨みつけると腰に付けている物に目が留まる。鞭である。
「おいおい、マギー、少年が驚いているじゃ無いか。済まない少年。俺達は怪しい者じゃない。『不壊の盾』っていうこの街では割と有名な探索者チームなんだ。荷物を持って居なかったから、若しかして初めてなんじゃ無いかって気に成った物でね。」
「確かに初めてです。もし教えて貰えるならお願いします。」
俺は丁寧に教えを請うた。ステインは第一印象最悪だったが迷宮で親切に教えてくれた。そこで学んだのは人を最初の印象だけで判断するのは疎かだと言う事、但しライアーの様にすり寄ってきて人を騙そうとする奴もいるから簡単に心を許してもいけない。
「そうか、じゃあ今日だけ一緒に潜ろう。おい、後ろのお前。先に並んでいた坊主と俺達はパーティーだ。だから一緒に並ぶが決して横入り何かじゃないからな?」
マギーの次に話しかけて来たハンサムな剣士が陽気に列に加わると、大盾を持った小男と、奇妙な三角帽子を被ったローブ姿の女性も列に入る。
小男は赤毛の髭づらで鋲打ち鎧と頭部に鉢金という風貌だ。見た事も無いような大きな髭に暫し見入っていると、剣士の男がテキパキ話を勧めていた。
「俺の名はクリス。こっちがマギーそれから、髭面がフリオに最後はラナーナだ。お前の名は?トビーって言うのか?えっ、テビ―?分かった宜しくな、テビー。」
赤土色をした明るいレンガ模様。最初に先ず松明の数が多いと感じた。見通しの良い迷宮の通路を突き当ると、フリオが盾を翳して先行し曲がる。剣士のクリスと鞭使いのマギーが並走して2番手を行き、最後にラナーナと俺が歩く。
俺は剣士なのでフリオに近い前衛を希望したが、今日初めてここのダンジョンに潜るにはラナーナを守って欲しいと言われ、この位置に収る。
「来たぞ。スケルトン兵士と足軽コボルトだ。」
スケルトン兵士は錆びた兜と鎧の低級。手には刃こぼれした剣を握り動きはどこかぎこちない。一方の足軽コボルトは黒塗りの胴縁と単槍装備でこちらも二足歩行だが滑らかな足さばき。
フリオは直ぐに荷物を置くと、大盾の後ろから手斧を取り出し構えた。
同時にクリスとマギーも背負っていた荷物を通路の脇に置くと自らの獲物を準備する。
前方の魔物2体が突然こっちに向かって走り出す。だが翳したフリオの大盾に突撃するのかと思いきや、二体同時に両脇に回るとフリオ目掛けて武器を突き出した。奴ら知能が高い?
だがそれはクリスとマギーへ脇腹を見せる事となり、二体の魔物はフリオへ攻撃を当てる前に脇からの攻撃を食らって倒れ込む。
迷宮内に鞭で肉を撃つピシャリという音が響き、一瞬遅れて骨が砕ける音が聞こえた。
「皆後退して、行くわよ。」
此処まで無口だったラナーナがの指示で前衛の3人が素早く彼女の周りに集まる。
「ガ・エゼキュー・イフリープロビデンシャー。ビート!」
放たれた2本の炎矢は投擲より早く疾走し。コボルトの傷口を貫く。
肩を抑えたコボルトは傷口から炭化し、崩壊する。
スケルトンの方は最初の衝突で勝敗が付いていたようで、既に欠けた剣先から崩壊が始まっていた。とにかく危なげない圧勝である。
「どうだいトビー。俺達の強さは。」
「強いですね。後で俺にも戦わせて貰えませんか?」
先ほどの魔物達がどの程度強いのかが気に成る。
「じゃあ、帰りにな。3日後くらいだが。」
「ええっ!宿に何も言ってないので、心配されないかな?」
「ここじゃ長丁場が当たり前なんだが…最初だから知らなくて当然が。じゃあ、先にトビーだけで戦って見ろよ。大丈夫、危なくなったらサポートに入るから。そこそこ戦える様なら2階へ降りる入り口まで行って、そこで今日は別れよう。」
「ちょっと、幾ら1階だからって一人で返すのは…」
マギーが一人反対した。だが、実力を知る事には皆賛成の意を表し、次にスケルトン兵士が現れた時、メンバー達は道を開け俺に得物を譲ってくれた。
「はっ!」
前かがみで突進。スケルトンが剣を振り下ろすより先に居合で斬り抜くと、鎧ごと真っ二つになり一瞬で勝負が付いた。斬りごたえからすると、オーク以上ミノタウルス未満の強度か?
「おいおい、スゲエなテビ―。若しかしたら俺より攻撃力あるんじゃねえか?」
「いっそ、クリスを首にしてテビ―に入って貰おうか?」
マギーがクリスの頬を摘まんで揶揄うが、その様子に胸がチクリとした。
「とにかく、これなら途中で別れても大丈夫だ。後で、迷宮の地図に帰り道を描いてやるからな。」
地図は礼拝堂の入り口で一つ100クレジットで売っている。安いのは1階部分だけだからだという。
「そう言えばここ、何階まであるんですか?」
「5階よ。1日で5階迄降りられるパーティーはこの街でも中々居ないわ。」
「5階?」
驚いた。今まで一番深くても迷宮は地下2階までだったのに。
「そうだ、5階だ。1日で降りて、1日探索し、1日弱で帰って来る。週の残りは体を休めてまた潜る。俺達はこのリズムでやっている。」
「最近ドロップも良いのよ。『電気ウナギの籠手』、『人蛇鱗の鎧』、そうそう『アクティブバインドベスト』なんて使い道の分からないのも有ったわね。」
「うむ。だがあれは高く売れたな。」
フリオも会話に参加して来た。
しかし、これでハッキリした。ここの特産は防具だ。だから、列に並ぶ探索者達が見慣れぬ立派な防具を装着していたのだ。