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シルバライ  作者: ゴスマ
一つの終わり
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第十話:次


翌日、迷宮から帰って来た二人を見て、ハッジは目を細める。


テビ―を手招きすると小さなマドレーヌをそっと手渡しながら囁いた。


「どうだった?楽しかった?」


俺は恥ずかしそうな表情をしたのだろう。


「はい、ステインさん凄く強い上に物知りで、モンスターの特徴や狩りの仕方について色々教えて貰いました。俺ステインさんの事誤解してたんです。あっこれ、レアドロップする兎を教えて貰って、ステインさんが俺が隠れている袋小路へ追い込んでくれたから狩れたんですけど。ハッジさんにあげます。」


差し出した掌には玉虫程の赤い宝石。


「あら、五穀豊穣のお守りじゃない。凄いわ、珍しいのよ。良いからそれは取って置きなさい。後で何かの役に立つかも知れないから。」


ステインの出立の日になると、テビ―は右手を差し出し握手を求める。


「ステインさん、僕も早く一人前のトラベラーになれるように努力します。」


「おう。」


黒づくめの男は少し照れくさそうにカウボーイハットを下げると光に包まれて行く。


ステインと彼の荷物を載せた荷馬車が消え去った残光を暫く見つめていた。


それから毎日、迷宮探索を続けながらモニュメントの前で答えを探し、トラベラーが来る度に答えを問うた。


皆一様に「自分で考えるべきだ」と言うが、3人目のトラベラーは違った。彼の名はドエインと言った。


「ああ、良いぜ。俺の荷物を一緒に運んでくれるなら教えてやる。」



ドエインの言いつけで荷車を一つ購入した。


二つの荷車には小麦がパンパンに詰まった浅袋が置かれ、その上からミノタウルスの皮

やチーズなどが積まれる。


「また近い内に遊びにきてね?」


目頭を押さえるハッジ婦人とハグをするとモニュメントに目をやる。


『人を人たらしめるものの名を唱えよ。さすれば扉は開かん。』


「よお、坊主。今答えを教えるからちょっとこっちへ来い。」


やっと答えが分かる。次は何処へ行くのかも尋ねて見よう。期待で胸がわくわくした。


「ハッジさん、また直ぐに戻って来ます。その時には飛び切り切れ味の良い革切鋏を持ってくるからね。」


「うん、うん。待っているからね。そうだ、私の息子に会ったら伝えてくれない?通り名を変えているかも知れないから分からないかもね。ドッジっていうの。もう良い年の叔父さんになっている筈だわ。でも待っているからって。お願い。」


その時、突然モニュメントが光り始めた。


気が付くとひっそりとした路地裏に居た。


脇には荷物を載せた荷車が1台。


あの時、俺は何を思い浮かべた?


ハッジさんの言葉を聞いて…


そうだ、ドエインが来る。待って居ないと...


しかし、何時まで待ってもドエインは来ない。日も傾いて来たのでモニュメントを探しに荷車を引く。


通りに出た瞬間に鼓動が大きな音を立てる。この道を知っている。あの曲がり角、あそこの店の看板も。


はやる気持ちを抑え、モニュメントの前に来た。


「違う…」


『欲する物を我に唱えよ。されば扉は開かん。』


ここは要塞都市ビギナでは無い。


あの街のモニュメントには『力の裏側を我に唱えよ。されば扉は開かん。』と書いてあった。だが、見渡す街並みには見覚えがある。若しかしてモニュメントの文字が変化したのでは?


荷車の押し棒に重い体を預ける様に歩き出す。直ぐ近くにあるパン屋をチラリと見た。あそこは時々実入りが良かった時に買った覚えがある。太ったおじさんが一人でやっている隠れた名店で、甘い乾しブドウとクルミが入ったパンが絶品だった。


ぎいぃぃぃ。恐る恐る中を覗く。


「あの、済みません。小麦粉は要りませんか?」


「何だって?あんた若いけどおトラベラーかい?うちは普段仕入れている所と定期契約してるからねえ、一応品を見せて貰おうか?」


若い切符の良いおばさんだった。


「あの、何時もの店主さんは?おじさんの..」


「ええっ?ここはずっと女手一つで切り盛りしているんだけど。」


「そうですか。済みません、勘違いでした。」


「あら?チーズが有るじゃない。それを半分貰おうかな?チャージで良い?」


「あっ、はい。」


差し出したカードを一瞥するとおばさんは溜息をつく。


「ふう~、それ違う街のじゃないの。そこの角を行った所に発行所があるからちゃちゃっと変換して来なよ。」


パン屋の店先に荷物を預け発行所を訪ねる。今までこんな店気が付かった。いや、この街がビギナで無いなら知らなくても当然か?


店舗内では白髪の老人が一人ポツンと店番をしていた。


カードを差し出すと黙って奥へ消える。室内は暗く、かざりっけが無い。小さな小窓からは燃える炭火色の光が長く室内へと差し込んでいた。


「出来たぞ。手数料は引いてある。」


カウンターの石板にカードを当てると残金が表示されるが、幾つ入れていたか定かではない。まあ、そこそこ残っているからOKとしよう。


帰りに寄り道して、気に成っていた見覚えのある道具屋へ行く。この看板には絶対見覚えがある。中には温和な外見をした初老の男性が前掛けをして座って居る筈。


扉を開けると初老の男性が座って居た。


だが、右足が無い。顔にも深い傷跡が刻まれ、傷の色から一目で古傷だとわかった。


「へい、いらっしゃい。どうした、坊主。この顔が怖いか?初めての客は皆ビックリするがな、若い頃迷宮で逸れの魔物と鉢合わせて、命からがら逃げだした。本当に助かったのが奇跡だった。ああ、スマンスマン。つい、昔話をしちまう癖でな。さて、何が要り用かな?見た所若いが剣を持って居る。そうすると、回復薬の類いかな?」


「あ…え...っと、鋏とは有りますか?モンスターの革も楽に切れる大きな奴。」


「おっと、そいつは武器屋に行った方が速そうだ。残念ながら大きい鋏はここには置いていない。」


「分かり..ました。じゃあ回復薬を一つ下さい。」


カウンターの石にカードを当てると残高が一気に3桁にまで減った。可成り高価な買い物を衝動買いしてしまった。


パン屋に戻るとチーズの代金を受け取る。4桁に戻ったカードをポケットにしまうと、荷車を引いて薄暗がりの街を行く。この先を右に行けば宿屋があり、その裏の路地に浮浪者達が屯っている。もしビギナの街ならクリオを探しに真っ先に訪れる場所だ。


「いらっしゃい。お一人様?食事はどうされます?」


宿屋の受付は若い女性だった。勿論顔を見るのは初めてだ。


ここにきて、ここは街並みだけがビギナにそっくりな別な場所であるという事実が段々心に染みて来た。なんて事だ、ドエインとも逸れてしまって移動の方法も分からない。


「あの、小麦粉があるので竈を使わせて貰えると嬉しいのですが…」


「ああ、若いのにトラベラーさんでしたか。それでしたら食事代は小麦粉でもOKですよ。未製粉の物もある?大丈夫です、お父さんは寧ろそっちの方が喜びます。」


取り合えず暫くはまたダンジョンに潜って資金を貯めよう。そして、また次の街へ。そうだ、絶対にいつかきっとクリオに会える。ルルにだって会えるに違いない。なぜって、ロムニー夫妻の村のモニュメントに刻まれた言葉『人を人たらしめるものの名を唱えよ。さすれば扉は開かん。』の前で、最後に思い浮かべた文字は「希望」だったから。


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