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創作者失格  作者: 伊藤乃蒼
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自作と盗作

僕の事を書く前に君にはどうしても言っておきたいことがある。僕はね、文学が嫌いなんだ。作家も嫌いなんだ。


 志賀直哉も、夢野久作も、オスカーワイルドも、シェイクスピアも、谷崎潤一郎も、泉鏡花もみんなみんな大嫌いだ。作品も大嫌いだ。特に大嫌いなのは太宰治だね。名前を聞いただけで反吐が出る。


 僕の最初の名前を見て文学を少し齧った人がこれを読んだらどうしてその名前で太宰治が嫌いなのか不思議に思うだろうけれど、これは僕の両親のせいだ。僕の好みじゃない。改名出来るものならしたかったよ。


 僕の両親は古典文学の化け物だった。自分の子供にこんなみっともない名前を付けるくらいの化け物さ。僕の両親どちらかの名字が志賀だったら僕の名前は直哉だっただろうし、尾形なら紅葉だっただろうし、江戸川だったら乱歩だっただろうね。


 幼い時から小説や詩をたくさん読まされたよ。あらすじどころか内容まで暗唱できるくらい読まされたさ。そのおかげ(?)でこっちの世界では大金持ちになれたけれど、それはそれとして当時は本当に嫌だったよ。


 そして、両親は僕に小説家になるように言った。普通の親ならもっと堅実な仕事についてもらって売れるか売れないか分からないギャンブルみたいな仕事をするなというだろうけれど、僕の両親は僕を小説家にしたがった。


 でも、僕は売れなかった。だってしょうがないじゃないか。当時の主流は異世界転移や異世界転生をして、チートを使ってハーレムを作るもの。もしくは悪役令嬢が大活躍するざまぁ系なんかのライトノベルが人気だったんだもの。右を見ても左を見てもそんな小説が山ほどあるから、両親が読ませるような古典的なものを読む僕では流行の小説は書けなかった。


 じゃあ芥川賞や直木賞なんかの純文学賞なんかを狙えと君は思うかもしれないけれど、それも無理だったんだ。僕に文才はなかった。本をたくさん読んでも文章能力は鍛えられないというものらしい。


 僕はいつか異世界転生系や悪役令嬢もので一発当てることを願っていた。僕自身が異世界転生系や悪役令嬢ものが好きだったし、そういった物の方が本になって売れる確率が高い事は分かっていたからね。でも、僕の両親はそういったライトノベルで書くことは許さなかった。ライトノベルは馬鹿が読むものだと思っている正真正銘の馬鹿両親だったんだ。ライトノベルは皆に読まれるから売れるという当たり前のことが理解できなかったんだね。


 だから、僕自身が交通事故にあって本当に異世界転移した時は驚いた。カフカの『変身』の最初の驚きを経験した気分だったよ。僕は神様によって勇者に選ばれて、魔王を倒すためにたくさんのチートな能力を持って王様に呼ばれたらしい。


 異世界に呼ばれて魔王を倒すまでの話に面白みはないから結果から話すと、僕は魔王をあっさり倒せたよ。実に簡単だった。神様からもらった能力ってすごいんだね。


 でも、魔王を倒しても元の世界に帰る気は起きなかった。元の世界にはあの馬鹿両親がおそらくまだいるからね。僕は両親の事が嫌いだから、そのままこの異世界で生きることにしたんだ。


 この世界で生きると決めたからには仕事をしなければならない。勇者だからっていつまでも自堕落なニートじゃいられないんだから世知辛い世界だけれど、僕はそんな世界を選んだのだからと納得した。そして僕にできる事を考えた時に、僕には小説を書くという事しかできないという事に気が付いたのさ。だって、小説を書くこと以外やったことがないんだもの。接客の経験も、物を作り出す経験も、人の世話をする経験もなかったんだ。


 しかたがなく僕はまず、僕が魔王を倒すまでの小説を書いてみようかと思ったんだ。けれどこの世界には冒険者という戦闘が得意な職業の人もいるし、エルフっぽいのもドワーフっぽいのもいる。冒険ものは売れなかったし、チート系も売れなかったし、悪役令嬢ものも売れなかった。


 だって、城には本物の令嬢がいるしチートを使ったものも「ふうん。それで?」で終わってしまう。この世界では日本で売れていたものがごく普通の事で目新しいものでもなんでもなく、売れなかったんだ。僕の技量の問題もあるのかもしれないけれどね。


 じゃあ売れるなにを書こうかと考えた。僕にはネタがなかったから試しに織田作之助の『夫婦善哉』を少しだけ都市の名前なんかを変えはしたものの内容は変えずそのままで本にしてみた。美味しそうな描写や大阪気質が文学の中では割と好きな方だったからね。これは盗作だなと僕は思ったけれど、バカみたいに売れたんだ。この世界の顧客は冒険譚や悪役令嬢の恋愛模様よりもこういった内容の小説を求めていたんだ。


「シュウさんは革新的な考えをしている! こんな小説は見たことない!」


 そう評された時、僕は困惑しながらも学生時代に大学で文学部の教授が言っていた言葉を思い出した。


「書かれている題材が飽和した時、解決する方法は二つしかありません。新しく革新的なものを生み出すか、地球の反対側くらい遠い文化をそのまま持ってくることです」


 教授の言っていることは正しかった。地球ではインターネットが進化しすぎて地球の裏側まで遠い文化でも持ってこられなかったけれど、異世界である僕の世界では古典的な作品がこっちの世界では斬新な視点だったんだ。


 イギリスかどこかのジャポニズム的なものや、アメリカの民族音楽の歴史的なものを感じたよ。全く未知の遠い文化だからこそ斬新に映るんだ。


 じゃあ、僕が馬鹿両親に読ませられて覚えている日本の古典文学を中心に盗作していけばきっと売れるはずだと僕は考えたわけだ。まあ盗作も何も、異世界だから訴えられることも非難されることもないと思っていたけれどね。


 そこから僕の人生は狂いだした。盗作小説家シュウの始まりだ。

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