大泥棒

　……私はしがない小説家

　毎日文字を繋いで、物語を書いている

　毎日物語を書いて、飯を食らっている

　毎日飯を食らって、文字を繋いでいる

　ある日、泥棒がやってきた

　知らぬ間に私の財産を盗んでいった

　私のモチベーションが盗まれた

　何もする気になれなくなった

　止まる思考に動かない体

　……今日はもう寝てしまおう

　ある日、泥棒がやってきた

　知らぬ間に私の財産を盗んでいった

　私のストイックが盗まれた

　急にばかばかしくなった

　続けることがめんどくさくなった

　……今日も何もしないで寝てしまおう

　ある日、泥棒がやってきた

　知らぬ間に私の財産を盗んでいった

　私のポジティブが盗まれた

　次から次へと不の感情が押し寄せた

　いつもなら気持ちをごまかすはずなのに

　……今日も何も考えずに寝てしまおう

　ある日、泥棒がやってきた

　知らぬ間に私の財産を盗んでいった

　私のアイデアが盗まれた

　頭の中がスッキリした

　久しぶりに現実だけを見ることができた

　……今日はぐっすり眠れそうだ

　泥棒に色々盗まれてしまった、私

　私の勢いが失われた

　私の意固地が昇華した

　私の大暴走が止まった

　私の妄想癖が消えた

　もう、私は、物語が書けなくなるのだ

　……そう、思っていたのだけれど

　落ち着いた文章を書くようになった、私

　物語を書かねばという義務感から開放された、私

　現実味のある穏やかな物語を書くようになった、私

　アイデアのふりをしたおかしな妄想から開放された、私

　……知らなかった

　こんなに繊細な物語が書けるとは

　こんなに丁寧な描写ができるとは

　こんなに素直に気持ちを表せるとは

　こんなに創作を楽しむ事ができたとは

　私は今まで、いらないものを溜め込んでいたらしい

　新しい自分を楽しめるようになった、私がいる

　……良かった、盗んでもらえて

　こんなものはいらない

　こんなものがあると困る

　こんなものに狂わされるなんて

　こんなものを盗んでしまうなんて

　こんなもののせいで俺は自分の世界を失いたくない

　どこかで、なにやら叫んでいる人がいるようだけれど

　私は、絶対に、ドアを開けないと決めて、愛用のペンを手に取った