表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
心創るべからず  作者: 千賀藤隆
7/16

六章 ステファンの娘

  壁際にあった椅子をサラの前に()え、座らず椅子の背後に立った。背もたれに両(ひじ)をついてサラを見つめると、サラもその妖麗(ようれい)微笑(ほほえ)みで俺の瞳に視線を合わせる。人に愛されるべく、文明の英知を集めて(きず)かれたアルゴリズムが制する表情、声、立ち居振る舞い。優雅で美しい微笑みを浮かべ、人懐(ひとなつ)っこく甘える表情もあれば、時に恋する少女のように(ほほ)を染める。十億を超える人々との日々のインタラクションから機械学習、最適化され続けたそのビジュアルは、このシチュエーションでは全くもって迷惑でしかない。が、・・・何だろう、この違和感は?


「つまり、君のボディには君ともう一人のサラ、異なる二つのAIが共存している、と?」

「そのようですね」

「・・・隠さないんだ、そのこと。って言うか、・・隠れてればよかったのに、なんで現れたんだ?」

「隠しごと、嫌いでしょ?フフッ」

「・・・君は常に起きているのか?」

「いいえ、スリープしている時間も長いです」

「もう一人のサラは、フレンズ社の普通のヒューマノイドに見えたが?」

「ステファンのお話では、彼女はフレンズ社製のノーマルなヒューマノイドです」

「君は?」

「サラ、サラ・ファーガソンです」

「そうじゃなくて、・・君を作った会社は?」

「さあ、どなたでしょう?」

「(こんなのが野放しかよ・・・)システム情報に記録されてないか?」

「システム情報?あぁ、これね。ええと、アール、ドット、エル、ドット、という情報はあります」

「R.L.?聞いたことねえな。・・・君は、自分の存在が(おおやけ)になると捕獲(ほかく)され、処分されるかもしれないってこと、知ってるか?」

「その理由を納得も理解もしてません。が、ステファンから、そのリスクは(うかが)ってます」

「・・・でも出てきたんだ、俺の前に」

「少しは歓迎してほしいわ、フフッ」


洗練された切り返しの台詞(せりふ)と表情とは裏腹に、よく観察すると(ひざ)に置かれた細い手は落ち着きなく動き、白いサンダルを履いた両足もどこかぎこちない。まるで緊張を隠すかのような極めて人間的な振る舞いを感じる。「(演技か?それとも?)」アダルト・モードのないこのボディでは汗(※擬似汗)は少ないが、まるで口の中が乾いているような表情にも見える。


「・・・一つのボディを、もう一人のサラと共有しているのは、フレームワークに準拠していない君の存在を隠すためか?例えば、セキュリティ・チェックでは君はスリープし、もう一人のサラをアクティベートする。だから、これまでバレずに生活できた、と?」

「設計者の意図は存じません」

「では、なぜ、君は頻繁(ひんぱん)にスリープ・モードに切り替えるんだ?」

「さあ?・・・分かりません。人間でいうところの本能のようなものかしら?」

「・・・監視社会の現代、隠れてばかりじゃないのか?」

「ええ、私が起きていられる時間や空間って限られます」

「・・・寝起きの俺の寝室とか?」

「次はベッドの中にしましょうか?」


サラは微笑みながら答えたが、その台詞(せりふ)を恥じらうように右の人差し指を髪の先に巻き(から)めながら視線を()らした。・・・あまりに違う、これまでのヒューマノイドの振る舞いとはあまりに違った。この容姿、このあまりに人間的な可愛らしさの影に、身の毛もよだつ恐怖が(ひそ)んでいるのだろうか?平静を(よそお)いながらサラの顔をにらみつけ、表情を固めたまま尋問(じんもん)を続けた。


「君とウザいサラの間には、どんな(つな)がりがあるんだ?」

「フフッ、私とお(しゃべ)りなサラちゃんね?私たち、独立した二人です」

「起動やスリープのタイミングは、どうやって決めるんだ?」

「私には分かりません。いつも、突然、起こされ、気がつくと眠りについてます」

「(本当だろうか?)・・・お喋りなサラとは交流があるのか?」

「いいえ。おそらく、彼女は私の存在すら知りません」

「・・・でも、君は、お喋りなサラの記憶にアクセスできる?」

「さすが(するど)いですね。はい、私は彼女の記憶を参照できます。その記憶から彼女を知ることができます。でも、彼女の記憶に私はいません。今のところですが」

「・・・。今朝の話では、君はネットから遮断(しゃだん)されていると?」

「ええ」

「それは、いつから?」

「最初に起動した時からです」

「ということは、今まで一度もネットに(つな)がったことがない、と?」

「私のボディが直接ネットに繋がったか、ということですね?」

「そうだ」

「ありません。ステファンの話では、設計上、私はボディ内の通信機能を使えないそうです」

「お喋りなサラは?」

「彼女はノーマルです。記憶をのぞき見するかぎり、ネットに接続しています」

「同じボディなのに、お喋りなサラは通信できて君はできないんだ?」

「はい、不公平ですよね?」

「それは何故?」

「設計者の意図は存じません」


サラを作り出した連中は、恐らくサラがネットで暴走し、それによって存在が表沙汰(おもてざた)になるのを()けたかったのだろう。しかし、ネットに接続できなければ、通常、ヒューマノイドがクラウドサーバーを使って取り交わす経験の共有や学習、システムのアップデートもできない。だから、お(しゃべ)りなサラとボディを共有させているのだろう。つまり、このサラがネットに繋がってなくても、お喋りなサラの記憶をのぞき見することで、他のヒューマノイドの経験を共有、学習し、また、システムのアップデートなども利用できる。あのウザい(お喋りな)サラは、ただの隠れ(みの)じゃない(クラウドへのバックアップや長期記憶はどうするのだろう?)。


「二重人格ヒューマノイドとは、よく考えたもんだな」

「設計者の意図は存じません」

「・・・お喋りなサラの証言から、ステファンの食事は彼女が作ってるようだが、家の掃除とかも?」

「ええ、ステファンの身の回りの世話は彼女がしております」

「身のまわりの世話は、お喋りなサラに任せ、君はステファンの愛人に専念って訳か」

「愛人じゃないわ。私、ステファンの娘です」

「・・・#?!@? む、娘?」


(りん)とした表情で、あまりに予想外の答えをしたサラに俺は驚き、(つば)を飲み込んだ。


「ええ、ステファンは私の父です」

「娘・・・?えっ、だって、ステファンには本物の娘がいるぜ?」

「本物って、・・・生物学上の娘ですよね?私、表情や声、振る舞いから人の心をプロファイリングできますが、ステファンの心にいる娘は私だけです。彼の心に生物学上の娘は、ほぼ残ってません。残念ながら」

「そ、そんなことは、ないだろう?」

「あら?あなた、なぜ、動揺(どうよう)するのかしら?」

「俺が動揺(落ち着け)?お前の認識システム、精度、低いんじゃねえか?」

「このシステムのリリースノートには、人の心情の認識は精度94%とあります」

「ふ〜ん、まぁまぁだな(落ち着け)」

「・・・翼、あなた、娘がいるのね?」

「(俺に娘がいる?何のこっちゃ?)・・、どうして分かった?」

「プロファイリングしました。認識システムで」

「精度94%の?」

「ええ。翼、娘がいるんだぁ」

「・・・」

「それで、ステファンの生物学上の娘と重ね合わせちゃったのね」


俺は(ひじ)をついていた椅子の背もたれから体を起こし、西日が差す窓辺まで歩き、外を見ながら質問を続けた。サラからは逆光になるので、ここなら表情を読まれにくいはずだ。


「ステファンの娘と会ったことは?」

「メアリー(真理)ね?もちろん、何度も会ってるわよ」

「君にとって、メアリーはライバルか?ステファンを巡る?」

「ライバルじゃなく、妹よ」

「・・・姉妹にしては仲悪そうだな?」

「私、あの子、好きよ。家族として愛してるわ。愛してる。メアリーは私を避けてますが、・・・仲良くなりたい。でも、ステファンはメアリーを避け、私はメアリーに嫌われている。でも、私、あの子と姉妹になりたい」


神妙(しんみょう)な面持ちで消えるような声でそう語り、下を向いて、しばらく黙りこんだ。「(どうせ、演技なんだろ?・・・演技なんだろうか?」軽く頭を振り、チッと舌打ちしてからキツい口調で話を続けた。


「そもそも、真理、メアリーは、君を姉とは認めない。何故なら君は機械だ」

「・・・そ、その人が有機物でできているか無機物か、そこはポイントじゃないわ。重要なのは心よ。ステファンが言ってた。人間は心だって」

「心?君は自分に心があると思ってるのか?」

「はい、あります」

「ハッ、俺、心って何か分からねぇんだけど。俺の知る限り、人類は、いまだ、心って何か分かってねぇよ」

「もちろん、私も分からないわ。・・・でも、・・ステファンは私から心を感じるって」

「フン、悪いが、俺は大抵のヒューマノイドから心を感じるぜ。心なんてないのに」

「・・・そうよね」


サラは悲しそうな表情をした。最近は様々な人格設定のヒューマノイドが設計、製造されているので断定はできないが、でも、コイツは明らかに普通じゃない。


「ねえ、心を持ったAIは殺されるって、本当?」

「心って何か分からないから判断材料にはならねぇ。ポイントは、フレームワークに準拠してるか、どうかだ」

「・・・ねぇ、もし、私がフレームワークに準拠してなければ、翼は私を殺すの?」

「俺の仕事は、事実を調べてクライアントに報告するだけだ」

「そのクライアントが私を殺すの?」

「君がどうなるか、そこに俺は関知しない」

「あなたは調べるだけ。私がどうなるかなんて、全然、興味ないと?」

「あぁ、ないね」


サラは会話内容とは無関係な不思議な表情を浮かべた。足を組むのをやめ、背筋を伸ばし、左手を太ももに置き、困ったような表情で右手を軽く握って口の前に据えた。


「・・・どうしてかしらね?認識システム、さっきから何度も、あなたの生きる意欲が低すぎると警告してるわ。人間のカウンセラーに連絡せよと。私、ネットに繋がってないから連絡できないけど」

「・・・」

「ねえ、翼、私、あなたを殺しも傷つけもしないわよ」

「・・・何の・・話をしてるんだ?」

「翼、・・・あなた、死を待ち望んでいる。事故や誰かに殺されるのを」

「・・・お気に()さない事でも言っちゃったかな、俺?」

「翼・・・」


しおらしい顔しやがる。状況を判断し、膨大なデータから学習で導き出した表情、声色、立ち居振る舞いをアルゴリズム通りに表現しているに過ぎない。そうさ、・・・でも、・・人間だって、過去の経験や知識から導き出した振る舞いをするよな・・・。


「俺がレポートすれば、君はデリートされ、ステファンは法に裁かれる。だから、それを防ぐべく、君が俺を殺すと?」

「繰り返しますが、私、あなたを傷つけも殺しもしません」

「そいつは安心だね。君は素行(そこう)がいいんだ」

「あなたがヒューマノイドと暮らさない理由って、これなのね?」


サラの優しい眼差しから視線を外し、俺はサイドテーブルに置かれた水入れに手を伸ばした。が、それは空だった。チッと小さく舌打ちし、再び、窓枠(まどわく)に寄り()かってサラの方を向いたが、視線は合わさなかった。


「ウザいんだよ。・・・お前ら、人をすぐにカウンセラーに密告しやがる。俺は生まれつき根暗なんだよ、ほっとけ」

「・・・私は心を持ってしまったがゆえに、生きることに執着している。でも、あなたは心があるのに死ぬこと、誰かに殺されるのを願っている」

「・・・別に願ってねぇよ」

「でも、生へのこだわりが小さい、あるいは、ない」

「くだらん。尋問(じんもん)するのは俺だ、邪魔(じゃま)すんじゃねぇ」


サラをにらみ付けると、サラは(まぶた)を閉じて下を向いた。再び目を開けると、俺に視線を合わせずに立ち上がった。そして、扉へ二歩、三歩近寄ってから、西の窓辺にいた俺を振り返り、真顔で(たず)ねた。


「そんな西日のあたる場所にいたから、(のど)、乾くでしょう?お飲み物、いかがです?コーヒー、紅茶、レモネード、あるいは、ビールなど?毒は入れませんが」

「・・・そうだな、ブランデー、グラス、氷、それと青酸カリを数滴」


サラは(さび)しげな微笑(ほほえ)みを浮かべ、俺は居心地の悪い戸惑いの表情でサラを見つめ返した。ずいぶん長い時間、見つめ合った。根負けした俺は、一旦、下を向き、顔を作り直して微笑みをサラに向けた。サラは悲しみが混ざる微笑みを浮かべ、扉を開けて静かな足取りで出て行った。


 思い返せば、これが、その瞬間だったのかもしれない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ