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心創るべからず  作者: 千賀藤隆
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五章 もう一人のサラ

「つまり、翼、お前が俺を取り調べるってことか?」


ステファンの顔に分かりやすく焦燥感(しょうそうかん)(ただよ)った。夕刻だが、まだ日は高く、書斎の窓から入る日差しは昼のままだ。


「違う。俺が調べるのは問題のありそうなAIだけだ。俺の仕事は、どんなAIで、誰が何の目的で、どうやって作ったかを調べることだ。お前の取り調べは怖そうなおじさん、おばさんが担当する。俺は関知せん」

「そ、その怖そうなおじさん、おばさんって、どこにいるんだ?」

「この辺りにウジャウジャいる。あそこ見ろ、・・・あの木の下で話してるスーツ着たおじさんとおばさん。あの服装、どう見てもカリフォルニアの人間じゃねえだろう?」

「・・・お前、はなから俺を調べに来たのか?」

「俺もサラが調査対象ってこと、一時間前に知ったんだ。で、お前が大学院の同期で、しかも昨日からお前の家に厄介(やっかい)になってるのがバレて上の方で問題になってな。俺は、今回、お役御免(やくごめん)かも(この仕事、人材不足だから、俺の代役は見つからんだろうが)」


  真理を母親の家まで送り届け、ステファンの家への帰路、途中でNSA(国家安全保障局:今回の俺のクライアント)の連中に呼び止められた。俺の仕事は当初の予定では週明けからで、俺が今日どこに泊まろうが知ったこっちゃないのだが、昨日の昼間に深刻な事件が発生、連中は前倒しで調査を開始した。


  渡された調査対象リスト、つまりフレームワークに準拠していないと思われる疑惑のヒューマノイドが30体(ただし、こいつらの事前調査はいい加減だ)、この地域に数多く分布しているそうだ。リスト筆頭のマシューという名のヒューマノイドは逃亡中となっていた。サラの名前はリストの中頃に記載されていた。なので、俺がステファンの家に滞在していることで、エージェントのバーバラ(※今回の偽名はヴァレンシア)から散々説教されたが、・・・。


「ちょ、ちょっと待ってくれ。知らねぇ奴らに調査されるんだったら、お前の方がマシだ。う〜ん、確かに思い当たる節はあるんだが、でもなぁ・・・」

「思い当たる節?今朝、言ってた相談って、このことか?」

「こうなる前に相談したかったんだよぉ、・・・ったくよぉ。・・う〜ん」


ステファンは、腕を組んで書斎の中を歩き回り、その後、立ち止まって、しばらく天井を見ていた。が、観念したのか、壁にもたれかかって静かに口を開いた。


「どこから説明すればいいんだ?う〜ん、説明が難しいぜ。・・・話せば長くなると思う・・・」

「構わんぜ」

「・・・そうだな、うん。・・とりあえず、サラを調べてみろ、まずはノー・ヒントで」

「ノー・ヒント?」

「お前は大学院では飛び抜けて優秀だった。だが、今のお前のことは知らねえ。探偵として、どんだけ優秀か、まずは、それを見せてくれ」

「探偵じゃないけどな・・・」


ステファンはドアを開けてサラを呼んだ。やって来たのは朝食の席のサラだった。その場が一気に騒々(そうぞう)しく(明るくなる、とも言うのだろうが)、低俗(華々(はなばな)しい、とでも言うのか?)な空気で満たされた。


   *  *  *


「あッ、あぁん、いっ、痛い、・・・」

「えっ?・・・って、嘘つけ!」

「もう、そんなにゴシゴシやったら、私の頭皮、ボロボロになっちゃうわ」

「俺は不器用なんだよ、変な声出すな(今朝のクールで妖麗(ようれい)なサラは何だったんだ?)」

「貸してください、私、自分で開けます。・・・ハイ、開きましたよ」

「・・・」


サラはフレンズ社製のヒューマノイドだ。同社製品はジェネラル・ロボティクス社のボディ(ハードウェア)を使っている。ヒューマノイドの通常のシステム・チェックは、近距離無線通信で行われるが、(すみ)から隅まで徹底的に調査する場合は、セキュリティー上の理由で端子(たんし)にプラグを差し込む必要がある。ジェネラル・ロボティクス社製のボディでは端子は頭部にあり、頭髪に隠れ、さらに頭皮の下に埋れた小さなフタを人口皮膚に切れ目を入れて開き、そこにある端子にプラグを差し込み、ボディ内の様々な情報にアクセスする。もちろん、この操作を実施するにはオーナーの承諾(しょうだく)声紋(せいもん)虹彩(こうさい)の認証)が必要だが、ステファンには承諾後、この書斎から出てもらった。


「プラグ差し込むけど、変な声、出すなよ」

「ユーモアの分からない男って、つまらないわ」

「・・・」

「ねぇ、本城教授は、どこのヒューマノイドと暮らしてるのかなぁ?やっぱり自分が開発に関わったカンダ製?それとも、私と同じフレンズ社?可愛いの趣味ならアプリコットだしぃ」

「(うるせぇなぁ)」

「実はマッチョ系のニコラやMIダイナミクスが好みとか?あるいは、変わった好みでシュールなリイマジン社?あっ、分かった、もしかして、イタリアの」

「ちょっ、動かんでくれ・・・。俺は、家にロボット置いてない」

「・・あら、女と暮らしてるの?」

「一人だ。動くなよぉ〜」

「本城教授って、カッコイイけど、性格悪そうだもね〜」

「・・・」

「ねえ、ガールフレンドはいないの?」

「・・・」

「性格悪いから難しぃっかなぁ〜?」

「動くな」

「は〜い。・・・ねえ、いないのぉ?」

「うるせえな、・・・いるよ」

「ホントかなぁ〜?じゃあ、名前は?」

「うるせぇ〜な〜、もう」

「やっぱり嘘ね」

「・・・ヴァレンシア」

「どこに住んでるの?」

「・・・シアトル」

「ボストンに住んでるのに?」

「俺は、あちこち移動して歩くから関係ないんだよ。それに性格悪いからね、遠距離の方が長続きするんだよ」

「そぉかもね」


  フレンズ社は、ヒューマノイド設計の天才、サマンサ・フォーサイスが友人のプロ経営者、ケイト・ナカガワと2045年に設立した新興のヒューマノイド・メーカーだ。同社製品のコンセプトは、社名が示すように『友達』のような存在のヒューマノイド。オーナーやその友人とタメ口で話し、時に励まし、時に喧嘩もする(仲直りが絶妙に上手いそうだ)。お喋りで、流行・ゴシップ好き、冗談も多く、俺が最も嫌いな機種だ。


  そんなニーズがあるのか、当初、市場性を疑問視する声も多かったが、ふたを開けてみると、一時、市場シェアで世界第二位まで上り詰め、その後も四位から六位の地位を維持していた。が、商品開発をリードしていた創業者のフォーサイスが婚約者の闘病生活(その後、亡くなったそうだ)のために会社を去り、ジェネラル・ロボティクス社の傘下に入った後は徐々に特徴が薄れ、他社との差別化要素がなくなってきている。競合他社がアダルト・モードを早々にデフォルト機能として実装したのに対し、フォーサイスが指揮を執っていた期間、そんなモードは実装されなかったのだが。


「(2047年製?)お前のボディ、ずいぶん、古いんだなぁ?」

「失礼ね!!それ、女性に向かって言う言葉?」

「あっ、ゴメン」

「プッ、謝った!ねぇ、新城教授って実は優男(やさお)?」

「(あ〜、うっとうしい、電源オフにしたい・・・)次のリース更新が、・・・えッ?リース期間が7年?・・なんで、5年じゃないんだ?いや、ステファンなら3年、いや、新機種がリリースされるたびに更新するだろう?」

「あぁ、たぶん、最初のオーナー、お金無かったのね」

「最初のオーナー?ステファン以外にオーナーいたの?」

「えぇ、ステファンは二人目よ。私、工場出荷状態にリセットされちゃったから、一人目の記憶、皆無(かいむ)ですけど」

「(・・・何でステファンが中古を?)」

「私、どこか変かしら?」

「・・・タメ口(たた)いたり、冗談言うヒューマノイドは全部変だ」

「え〜、だって、これはフレンズ社の仕様です〜」

「(うぜえ・・・)」


  とりあえず、サラにインストールされたソフトウェアを調べたが、全てフレームワーク(AIが暴走しないための枠組み)に遵守(じゅんしゅ)している。ブロックチェーンを追う限り、違法なソフトウェアを混入したり、必要なコードが削除された形跡はない。もっとも、量子コンピュータがこれだけ進歩、普及した今の時代、いつまで、あんな古い検証法を信用すべきか疑問だが。


「記憶を読ませてもらうぞ」

「えっ、待って、私、浮気してないわよ!」

「・・・」

「ノリ、悪る〜い!」

「俺は仕事してんだよ」

「は〜い」


  昨日、午後3時12分から、わずか100秒足らずの間に、軍事、金融、送電、交通など、2千を超えるシステムが次々とサイバー攻撃を受けたそうだ。そして、最後に攻撃を受けて乗っ取られた著名大学のオンライン講座では「楽しかったよ!またね!」という、ふざけたメッセージを残し、その何者かはオンラインから消息を絶った。


  連邦捜査局など様々な機関がサイバースペース上を追跡し、サラトガ市を含むサウス・ベイ(かつてシリコンバレーと呼ばれた一帯)までエリアを特定したが、数百万台に及ぶコンピュータ(主に監視システムや家電、サイネージなどのパワーの低いコンピュータ)が攻撃に巻き込まれ、利用され、当局の追跡を邪魔した。明らかに高性能AIが攻撃に(から)んでおり、つまり、フレームワークを破った高性能AIが、この辺りのどこかに(ひそ)んでいるのだ。


「ふぅー(よし、やっとテストモードに入った)」


サラは背筋を伸ばしたまま、真っ直ぐ前を向いて動かなくなった。


「君の名は?」

「サラ、サラ・ファーガソンです」


無表情のまま抑揚(よくよう)のない声で答えた。フレンズ社製でもテストモードでは愛想はなくなる。これで、ようやく静かに仕事を進められるようになった。


「型式を教えてくれ」

「基本システムはフレンズ社のLS380-51モデルSです。ボディはジェネラル・ロボティクス社のSF-ACS47、F165SSです」

「OK、じゃあ、昨日の午後3時11分から14分までの3分間に、君の視覚と聴覚のセンサーが捉えた映像を表示してくれ」


そうサラに指示し、モニターのそばに近寄った。しかし、画面はいつまで待っても真っ黒のままだった。


「おい、何も表示されないぞ、映像はまだ、」

「その時間帯の映像記録は、ございません」

「・・・ないってことは、ないだろう。7月9日の午後3時だぞ?午前じゃないぞ?」

「はい、7月9日午後3時11分からの3分間ですね。映像記録は何も残っておりません」

「・・西海岸の時刻で?」

「はい、太平洋標準時刻です」

「・・・この時の君のアクションをゆっくり順に言ってくれ」

「はい、この時間帯はディープ・スリープ・モードに入っておりました」

「えっ?ディープ・スリープ・モード?昼の3時だぞ?」

「はい」

「・・・何時何分から?」

「7月9日、午後1時30分からです」

「・・・で、目覚めたのは?」

「 7月9日、午後6時30分です」

「・・・」


サラの顔を真正面から(のぞ)き込んだ。サラは無表情のまま、七分開きの目で俺をじっと見返していた。


「1時半にディープ・スリープ・モードに入る前、君は何をしていた?」

「ステファン・ファーガソンさんへ、ランチを給仕(きゅうじ)しておりました」

「午後6時半に目覚めた後は?」

「ステファン・ファーガソンさんへ、ディナーを給仕しました」

「そんな馬鹿な!昼の午後1時半から夕方6時半まで、君はディープ・スリープ・モードだったのか?」

「はい、そのように記録されております」

「・・・6時半の次は、いつ眠りに着く?」

「9時にディープ・スリープ・モードに入りました」

「朝は?」

「昨日ですか?7月8日ですか?」

「・・・今日だ。今日、7月10日の午前8時は、何をやっていた?」

「ディープ・スリープ・モードに入っておりました」

「そんな馬鹿な!?君は、その時間、俺の部屋に・・・(壊れてるのか?でも、システムチェックで何も警告が出なかったが・・・)」


手元のタブレットを確認するが、何もエラーは出ていない。


「もう一度、確認するが、今日の朝8時から8時半の間、君はディープ・スリープ・モードに入っていた、と?」

「はい」

「・・・君と同じ顔のヒューマノイドは他にいるのか?」

「すべてのヒューマノイドを把握(はあく)してはおりません」

「いや、この家に君と同じ顔のヒューマノイドはいるか?」

「同じ顔とは、同じ型番号という意味でしょうか?」

「いや、う〜ん、そうだ、人間でいえば一卵性双生児のようにそっくりな顔だ」

「私の知る限り、そのような者はいません」

「君の知る限りねぇ、・・・とりあえず起動し直す。リスタートしてくれ」


サラの頭からプラグを抜き、端子(たんし)を格納するフタを閉めた。人工皮膚の自己回復能力で頭皮がジワジワ(つな)がっていく様子を(なが)めた後、プラグのケーブルを解析装置から抜き、ケースに規則正しくしまい込んだ。


  かたわらで眠りに落ちる子猫のように、ゆっくり体を動かすサラに一瞥(いちべつ)をくれると、俺は解析機材の入ったカバンを抱え、書斎のドアへ向かった。と、その時、聞き覚えのある口調で『あの声』が耳元に届いた。


「あら?私、寝る前に鍵、かけ忘れちゃったのかしら?」

「・・・」

「フフッ、これで、おあいこね?」


振り向くと、サラは高い背もたれの椅子に座りながら左足を右足の上へ重ね、右の(ひじ)を肘掛に置いて頬づえをつき、あの妖麗(ようれい)微笑(びしょう)を浮かべはじめた。


「ねぇ、翼、私のこと、理解してもらえたかしら?」

「・・・君は、・・誰だ?」

「サラ、私もサラ・ファーガソン。ねぇ、シアトルのヴァレンシアは、あなたのガールフレンドじゃないと思うわ」

「・・・」


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