三章 波打ち際
コン、コンッ
「誰だ?(サラ?ステファン?)開いてるぜ」
カチャッ
「こんにちは」
「おう、真理ちゃん。・・・今日は可愛い服着てるね、・・髪型も」
「そっ、そうですか?ありがとう御座います。あのぉ、父は出かけたようですが、お昼どうされます?」
「ん?そうだなぁ、ロス・ガトスのダウンタウンで適当に済ますよ」
「あのぉ、ピクニック、行きませんか?今日はマリンレイヤー(※この地域特有の霧雲)もなく、海岸線、綺麗に晴れ上がってますし」
入口にたたずむ真理の姿をしばし見つめた。普通、この年代の女の子は、親の世代の男をピクニックになど誘わない。じっと見つめ続ける幼さの残る顔からは、不安と勇気が入り混じった心境が手に取るように分かった。
ステファンは何かトラブルを抱えている。おそらく、この子はそれに気付いている。この子は特別調査員という俺の別の顔も知ってるのかもしれない、 ・・・知ってるさ、ネットで俺の名前を検索すれば、ロクでもないサイトが裏の仕事まで暴き出す。
16歳、17歳は、大人が思う以上に家族や友人、将来について考えている。論理力と表現力が未熟なだけだ。それに真理はとびきり優秀で、とても自立している。「(ハニートラップ?この子が?・・・ないとは言い切れんが・・・。避けるべきか?・・・でも・・・)」
『現代ヒューマノイドの父』、一部のメディアが俺のことを勝手にそう持ち上げた。以来、俺はアンチ・ヒューマノイド派からお尋ね者として扱われ、陰口や罵倒だけでなく、暴行や拉致されそうになったこともある。あっさり殺してもらった方が楽なのだが、しかし、この子たちを犯罪者にはしたくない。下手に避けるより真正面から受けて立った方がやりやすい。
返事をするには不自然な間が空いてしまったが、気付かれないよう、そっと呼吸を整えてから口を開いた。
「そうだな、ちょうど気分転換したかったところだ。じゃあ、フライング・カー(※無人自動運転の空飛ぶタクシー)を呼ぼうか?空から半島、横断すれば、海岸まで15分くらいかな?」
「はい!じゃあ、あたし、サンドイッチ作ったので持ってきますね。じゃあ、玄関で!」
そう早口で言うと部屋を飛び出し、すぐに何かにぶつかる音がした。
「痛っ!」
「大丈夫か〜?」
「だ、大丈夫です、何でもないです」
「(俺が行かないって言ったら、サンドイッチ、どうしたんだろう?)」
* * *
フライング・カーの扉が開き、強い日差しと潮の匂い、波の音が一斉に五感に降り注いだ。綺麗に刈られた芝生に降り立つと、少し霞んだ太平洋が目の前に広がった。浅い岩場が続く海岸線に白波が幾つも線を引き、晴れ上がった西の空と太平洋との境界線が今は限りなく曖昧だ。海岸線を歩く人影はまばらで、時折、カモメや鳶が上空を横切った。遠くで波間に頭をもたげたのはアザラシか?
俺と真理は、太陽に焦がされた砂の上を海に向けて無言で歩き、波が濡らし平らにならした波打ち際で、どちらともなく立ち止まった。
「この先にあるんですよね、日本って」
「五千マイル彼方にな。行ったことは?」
「あります、母方の祖母がいたので。それから大学の見学や入試でも」
「そうか」
「本城さん、前回、いつ日本に帰りました?」
「いつ?・・・思い出せないくらい昔だな」
水平線を見つめる真理へ視線を向けた。百七十センチ近いスラリとした長身、ストレートのロングヘアーに三つ編みのカチューシャ、白のワンピースに白のサンダル、ピンクのペディキュア、・・・真理は白がよく似合う。気のせいかもしれないが、ステファンのヒューマノイド、サラは真理に似ている。
真理も俺に視線を向け、少しの間、互いに見つめ合った。
「あたし、この海岸線、大好き」
そう言って少しはにかむ。真理は歩き出すと、すぐに立ち止まり、左足を後ろへ折り曲げてサンダルのフックに手を掛けた。砂浜で片足の真理はバランスを崩し、俺はその細い左腕をつかんで支えた。真理は少しつり目のキツイ視線を左腕を握る俺の右手に向け、その顔を上げて俺をギッとにらんだ。それから、一旦は俺の手を払いのけるように振り解き、脱いだサンダルを右手に持ち替えると、今度は俺の右ひじに、その瑞々しい左腕を回して寄りかかった。右足を後ろへ折り曲げ、左のサンダルを持ったままの右手で右足のサンダルも脱ぎ、左右のサンダルを右手の人差し指と中指にかけて揺らした。再び俺に向けた顔には愛らしい笑みが浮かんでいた。
「ありがとうございます」
そう言ってニッといたずらっぽく笑顔を向けると、組んだ右腕をグイッと引っ張り、俺を半ば強引に波打際へ促した。左手に提げたラタンのピクニック・バスケットではガラスの瓶がコトリと音を立て、ステファンから借りた(勝手に拝借した)サンダルには波に転げた砂が紛れ込んだ。海側を歩く真理は、左手を俺の右腕にからませながらサンダルを持つ右手を大きく振り、年齢の割に古い歌を口ずさみながら、西の水平線に視線をさまよわせていた。
「(よく分かんねぇな、この娘。・・・ヒューマノイドの登場で親に構われなくなった子供。そして、今日は父親代わり?・・・そんなんじゃ、済まねぇよな)」
「何か言いました?」
「ん?いや。・・・真理は可愛いなって。君を見てると、俺も結婚して娘を授かればよかった、って思うよ」
「大変ですよ、娘は」
そういって、再びイタズラっぽい表情を浮かべると、さらに一歩、俺を海へ引っ張った。打ち寄せる波が足に当たって跳ね上がり、俺のジーンズと真理のスカートが濡れた。視線を白いワンピースの裾から真理の瞳に移すと、そこには柔らかい微笑みがあり、俺の顔も無意識にゆるんだ。
「ステファンが羨ましいぜ」
「本城さんに、お世辞は似合いません」
「お世辞じゃねえよ」
真理は覗き込むように睨み、すぐに微笑んだ。
「本城さんは、お父さんってタイプじゃないです」
「じゃあ、どんなタイプだ?」
「本城さんは、本城さんですね」
「何だよ・・・、でも、俺たち、何か似てるよなぁ?一見、無愛想なところとか、親子っぽくネ?」
「え〜、あたし、本城さんほど無愛想じゃないですよ」
「そうかぁ?これでも、結構、気ぃ使ってんだけどなぁ」
「あたしもですよ」
真理は弾けるような笑顔を浮かべながら体を寄せ、腕を包み込むように寄り添った。
「(この年代、難しいぜ)今日は、まるで娘ができたみたいだ」
「え〜、娘ですかぁ?あたし、結構、年上好きなんですけど?」
「それも似てるねぇ。俺も、結構、年上好きなんだ(きたかぁ?)」
「ぶー、じゃあ、あたしって恋愛対象に入りませんか?」
「はぁ?・・入る訳ねぇだろう」
「全然ですか?・・・そんなに子供かなぁ?」
「ん〜、君は、結構、大人だ。ただ、俺には15年は熟成不足だ」
「じゅ、15年もですかぁ?」
「ふッ、真理流のお世辞かい?いい子だな(何企んでるんだぁ、この娘?)」
「・・・そうでもないですよ」
「結衣さん、お母さんとは会ってる?」
「会ってるというか、一応、あたし、母と暮らしてます」
「そうなんだ」
「母はヒューマノイド依存症です」
「・・・そうかぁ」
真理は急に元気がなくなった。視線も下向きに、歩みも遅くなった。触れるべきでない話題のようだ。そろそろ右腕を解放してほしいが、どうもタイミングが悪い。しばらく無言で歩き続けた。なにか適当な話題はないか考えを巡らしていると、真理の方からポツリと語りかけてきた。
「本城さんは、どうしてヒューマノイドと暮らさないんですか?」
「ん?・・・付きまとわれるのが嫌いなんだ」
「でしたね」
「・・・まあ、ショックだったのかな」
「えっ?」
「最初に『不気味の谷』を超えたヒューマノイド、KGE41型のベータバージョン(※商品化一歩手前の製品)を見た時。あの時のショックがデカいと思う」
「ショックって?」
「あっ、あれかな、崖の上のレストラン跡って?」
「えっ、あっ、はい。覚えてました?」
「何となく。そういや真理と初めて逢ったの、ここじゃないかなぁ?」
「そうなんですか?」
「うん、ほっぺたパンパンの元気な赤ちゃんだった」
「うっ、・・なんか、それ知られてるのって、究極に恥ずかしいんですけど・・・」




