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心創るべからず  作者: 千賀藤隆
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十二章 危険な存在

  テラスに入ると男が一人、真理とテーブル越しに話を続けていた。よく見ると20代前半、あるいは10代にも見える顔付きの男の子、真理と同世代にすら見える。夏にも関わらずスーツを着込み、それもサイズが少しばかり大きい。真理は社交辞令程度の笑みを浮かべていたが、俺が現れるとホッとしたのが見て取れるほど表情を変えた。男は洗練された営業スマイルを浮かべながら立ち上がり、右手を差し出した。


(男)「本城教授ですね?はじめまして、FBIのカルビン・スタイナーです、カルビンとお呼びください。NSAのジョン・パーカーから応援を頼まれ()けつけました」

(本城)「(ゆっくりとした口調で)カルビン、はじめまして。FBIということは、あなたの管理官はマーガレットかな?」

(カルビン)「・・・メリンダのことですか?メリンダ・サマー。FBIも大きな組織で、また、機密上の理由で管理官の名前、全部を知ってる訳じゃないですが」

(本城)「・・・そうか、彼女の名前はメリンダだったか。記憶力悪いんで間違えた」

(カルビン)「いえ、本城教授は、たくさんの方から依頼を受けているので。名前、覚えるの大変でしょう?」


テーブルに向き合って座る真理とカルビン。サラを真理の横に座らせ、俺はカルビンと名乗る男の横に座った。真理とサラをどうすべきか?最大の誤算は真理がこの場にいることだ。かと言って、このタイミングで家に帰したり、別の部屋に送るのも危険だ。「(ジョンの部下は、いつ、たどり着くんだ?)」そう心の中で(つぶや)き、それとなくテラスの向こうの裏山に視線を向けた。


(カルビン)「早速ですが、サラは我々が預かります」


そう言って立ち上がろうとするカルビンの肩に手を伸ばし、「まあ、慌てるな」と(さと)した。カルビンは感情のない視線を俺に向ける。


(本城)「(ゆっくりとした口調で)君は人間の捜査官?それともヒューマノイド?どうも、この周辺、妨害電波がひどくて判定不能なんだよ」

(カルビン)「ははっ、人間かヒューマノイドかは分かるでしょう?赤外線や超音波は撹乱(かくらん)されてませんし」


ゆっくりモバイルデバイスをポケットから取り出し、テラヘルツのセンサー部分をカルビンと名乗る男に向けてセンシングした。


(本城)「ああ、本当だ。君はヒューマノイドだ。ん〜、でも、ボディはジェネラル・ロボティクスという情報が取得できるけど、え〜と、AIシステムは、え〜と、・・・ど〜こだぁ?分からないなあ。どうしてだぁ?(スミス&ウェッソン?SW1911、古風な武器だなぁ)」

(カルビン)「リ・イマジン社のシステムをベースにしたFBI特別仕様のAIシステムです。一般には公開しておりません。当然、ご存知ですよね?」


注意を真理から()らすため、俺は立ち上がり、このカルビンと名乗るヒューマノイドの後方のテラスの手すりに寄り掛かった。遠くの景色を見るフリをしながら近場に目を移すと、ジョンの部下がこの状況を認識しながらか、静かに屋敷に入るのが確認できた。ゆっくり男の方へ振り返ると男も俺に視線を向けた。この位置なら日差しの中に立つ。手のひらで()(さえぎ)るふりをしながら顔を隠し、表情を読まれにくくする。


(本城)「メリンダから聞いてないか?俺は捜査にあたっては、全てのヒューマノイドをチェックしないと気が済まないんだ」

(カルビン)「メリンダをご存知なんですか?」

(本城)「ああ、二ヶ月前に彼女のチームへ最新のAI犯罪に関する研修をやったよ」

(カルビン)「・・・」


モバイルデバイスを周囲のセンサーを検出するモードに変え、画面を一瞥(いちべつ)する。家の中からはセンサーの信号は何もない。ホームセキュリティーはダウンし、潜入したNSAの捜査官は何も発していない。常にアクティブなのはカルビンとサラのボディ内の通常のセンサー信号。それと、厄介(やっかい)なのがカルビンが十秒に一度、発しているスキャンセンサーだ。NSAの捜査官が壁の向こう2メートルに近づけば検知されるだろう。気付かれる前にアクションが必要だ。


  カルビンに視線を戻し、問いかけるようにゆっくり言葉を発した。


(本城)「君は、あの研修にいなかった。オンライン上にもな」

(カルビン)「記憶違いじゃないですか?妨害電波で通信不能なので、お互い確認できませんね」

(本城)「・・・ティム・シェイファー氏を知ってるか?」

(カルビン)「いいえ、存じません」

(本城)「資産家で投資家、クラシック銃のコレクターでもあるそうだ。そして、」

(カルビン)「・・・」

(本城)「マシュー・シェイファー、君のオーナーだ」

(カルビン=マシュー?)「ははッ、残念ながら少し違います。しかし、さすがですね、本城教授」


カルビンは立ち上がると大きめのスーツの下から昔の映画に登場するクラシカルな銃(※2000年頃の製品)を取り出し、俺に向けて構えた。真理の表情が(こお)りついて蒼白(そうはく)になり、その真理の肩をサラが少し乱暴に引っ張り、テーブルの影に隠すように引き倒す姿が視界に入った。ここまでは段取り通りだが、その後、サラは段取りを無視して立ち上がり、こちらに向かって近づいてきた。


(本城)「さすがって言うか、FBIに偽装(ぎそう)するなら、その銃は手抜きだろう?そんな古典的な武器、20年前からレギュレーション違反だぜ」

(カルビン=マシュー)「セーフ・ウェポンを入手するには時間不足でしてね」

(サラ)「やめてください」


サラはカルビンの構える銃の真正面に立ち、両手を横に大きく広げて俺を守ろうとした。サラの行動には感動して泣けてくるが、狙われているのは俺じゃなくサラだ。俺はサラに近づき、後ろからサラを抱きしめ、驚いて振り向くサラをワルツでも踊るように体を入れ替え、サラのボディをカルビンから遠ざけた。


(本城)「大丈夫、マシューは俺を撃たないさ。コイツの狙いは君だ」

(サラ)「でも、・・・」

(マシュー)「お互いに守り合う、感動的ですね。でも僕は打ちますよ」


大きな爆裂(ばくれつ)音と共に右の頬に何かを感じ、サラの白いワンピースに赤い斑点(はんてん)が二つできた。


(本城)「へぇ、撃てるんだ、お前。・・だが、殺す気ならロボットが外すわけねぇだろう?(これで、NSAの連中も気付いただろう)」

(マシュー)「僕が欲しいのはサラだけで、そのために効果的なことをやるだけですよ。次は、もっと痛くしますよ、本城教授」

(本城)「・・・もったいぶらずに殺せよ(どうせ、直接は人間を殺せねぇだろう?・・・たぶん)」


最優先は真理に注意を向けさせないことだ。腕をまくるふりをして腕時計型デバイスに触れ、昨夜、応急処置で作ったエナジー・ストレージ・システムの復旧プロセスを起動する。一連の動作の続きで腕に力を入れ、サラに近づき両肩を突き飛ばす。バランスを崩したサラは、テラスの手すり近くに倒れこんだ。すぐに振り向いてマシューへ二歩近づく。マシューまで2メートル。視界の(すみ)(うつ)る真理は、テーブルの向こうで頭を(のぞ)かせている。「(顔出すな!テーブルの下に隠れてろよ!)」そう口にも表情にも出さずに真理に(ねん)じる。

  マシューは機械が作る優しい表情を浮かべ、俺の左の太ももに銃口を向けた。電源復旧まで10秒、9、8、7・・・


(本城)「このリーバイス、買ったばかりなんだけどなぁ」

(マシュー)「経費で弁償してもらえますよ」


視界の(はし)で扉近くに置かれたポットのインジケーターが点灯する。計算通りのタイミングでエナジー・ストレージから電力が供給され、セキュリティ・システムや家の中の電気製品が一斉に復活した。停電で真っ白だったサロンホールの窓が透明感を取り戻し、テラスの扉からはセーフ・ウェポンを構えたNSAのジェイソンとヒューマノイドの捜査官たちが突入した。俺は反射的にテーブルを飛び越え、真理の首根っこを(つか)んで床に押し倒した。

  マシューは逃げながら二発、三発と古典的な銃を放った。右腕で真理を抱えながらマシューへ視線を向けると、銃口から赤いレーザー光が眉間(みけん)に照射された。思わず笑みがこぼれ、胸元の真理を両手で突き放そうとした。が、次の瞬間、それは許されない結末であると強く(さと)った。「(違う!真理の前では死ねない、絶対に!)」強烈な自責(じせき)(ねん)が胸に飛び込む。真理は恐怖で目を閉じたまま必死に俺にしがみついている。無機質なマシューの目・・・間に合わない。胸元の真理を両手できつく抱きしめ、マシューに背を向けて目を閉じた。


「(すまん、真理・・・)」心からの()びを心の中で叫ぶ。


  が、マシューの銃は炸裂(さくれつ)しなかった。代わりに白い華奢(きゃしゃ)な腕が俺の背中を包み込む。大きな足音が近づき、通り過ぎた。ジェイソンと部下たちだ。ジェイソンは大声で(いく)つか指示を出すと、最後に「飛び降りるぞ!」と(さけ)んだ。

  全身から力が抜け落ち、崩れるようにサラに寄りかかった。寄りかかりながら、胸元で震える真理の頭を優しく()でた。


(本城)「ありがとう」


そう言って振り向こうとすると、サラは抱きしめる腕に力を入れ、俺の(ほほ)にその頬を寄せた。


(本城)「ハハッ、また助けられたな」

(サラ)「うううん、レンレイのAIが悪いの」

(本城)「・・・」

(サラ)「でも、・・・方法、見つけた!」

(本城)「方法?・・って何の?」振り向いてサラの瞳を(のぞ)き込んだが、サラはフフッと微笑み、人差し指を唇にあて「内緒(ないしょ)」としか答えなかった。



胸元で真理が頭をもたげ、何かを訴えるように俺を(にら)んだ。「(あ、これ、怒られるやつか?)」と思ったが、とりあえず、頭を()でる手を止め微笑(ほほえ)んでみた。


(真理)「本城さん、血、血ぃ、流れてる!」そう叫んで体を起こし、その大きな瞳を俺の右頬に近づけ、周囲にいた捜査官(ヒューマノイド)に手当てするよう要請した。真理は女性型の捜査官が俺の傷を手当てしている間、神妙な顔をしながら右頬に施される処置をじっと見ていたが、それが終わり、捜査官が去るタイミングで視線を合わせてポツリと尋ねた。


(真理)「助けてくれたの?」

(本城)「ん?・・・これも仕事さ。俺はサラに助けられた、2度もネ」


真理の視線を避けながら立ち上がり、真理とサラに手を貸して二人同時に引っ張っり上げると、二人はちょうど向かい合った。サラの挙動が再びぎこちなくなる。


(サラ)「あの、・・・メ、メアリー、怪我はない?」

(真理)「真理、・・・真理って呼んでいいから」

(サラ)「・・・では、・・真理、えと、怪我はない?」


俺の頬を手当てした捜査官が近づき、ぎこちない二人を(さえぎ)るように会話に割って入った。


(捜査官A)「メアリー・ファーガソンさん、カウンセリング致しますので、一階までご同行ください」

(真理)「カウンセリング?」


真理は怪訝(けげん)そうな表情を浮かべて俺に視線を向けた。


(本城)「連邦政府のプロトコルさ。一般人が凶悪事件に巻き込まれた時にメンタルケアをするんだ。PTSD(心的外傷後ストレス障害)って、聞いたことあるだろう?そうならないための処置さ」

(真理)「あ、あたしは大丈夫だよ、ほ、ほら、強いから」

(本城)「まあ、そう言わんでくれ。ルールだから、やらないと、こいつら困るんだ」


真理はうんざりした表情で渋々捜査官の後について歩き出した。が、思い出したように振り返えり、サラに歩み寄った。サラの真正面に立ち、(にら)むように見つめ、それから両手のひらを広げて差し出した。


(真理)「ん」

(サラ)「?・・・!」


サラは戸惑いながら、差し出された両手を手がかりに真理をハグした。


(真理)「ありがとう、本城さんを守ってくれて。それから・・・いつも冷たい態度だった、・・・ゴメン。本当は、あなたは悪くないって理解してる」


サラは最初はびっくりした表情を浮かべたが、真理の言葉に感極(かんきわ)まったような表情になった。真理はハグを解くと俺に視線を向け、少し照れた表情で子供っぽい笑顔を見せ、待っていた捜査官と一緒に家の中に入って行った。


(うつむ)き加減で俺に背を向けるサラに「いい子だろう?」と言うと、クスッと笑いながら「あなたの娘ですから」と返した。「いや、違うから、それ」と否定すると、サラは顔を()せたまま振り返って俺の正面に立ち、「ハイッ」と言って両手を広げた。

  腕の中のサラは震えていた。この心のようなものを持つAIは様々な感情を持つ、或いは表現できる。その高度なプロファイリング機能を使って揺さぶられれば、人間をマインドコントロールするなど造作(ぞうさ)もないことだ。・・・それは理解している。理解しているが・・・。サラを抱きしめる腕に力が入る。同時に自分を(いまし)める「(感情を(いだ)くな、抱くな、抱くな)」


  少し落ち着きを取り戻したタイミングで大きく一呼吸する。その後、サラの両肩に手を当てて引き離し、微笑(ほほえ)みを作りながらサラの顔を(のぞ)き込んだ。


「一つ、分かったぜ」

「・・・」

「マシューは(うそ)を言ってない。マシューはじめ、レンレイのヒューマノイドのオーナーはメイ・リンだ。資産家のシェイファー氏はじめ、他のオーナーは(だま)されていただけだ。それに対し、君にオーナーはいない。ステファンもメイ・リンも君のオーナーじゃない。君は誰の所有物でもなく、君は君だ」

「・・・私も、・・・一つ分かった」

「?」

「私、とても危険な存在。私、・・・一刻(いっこく)も早く、死ぬべき」

「・・・」


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