十章 姉妹
二階に続く大きな階段を登り、ピアノが置かれたホールに入る。その先のテラスにつながる扉は開け放たれ、デニムのショートパンツに大きめの白いブラウスを羽織った真理が朝食のテーブルを用意している姿が見える。振り返るとサラは手のひらで先に進むよう促した。扉をくぐり、真理に「おはよう」と声をかけると彼女はカラ元気の笑顔をつくり、「おはようございます」と答えた。ウッドデッキの大きなテラスには木製の大きな長方形のテーブルが構え、庭から伸びた木の枝が風を通しながら日差しを遮っていた。真理はパンを盛り付けたバスケットをテーブルに置くと奥の席に座り、俺をテーブルに招いた。
(本城)「また真理に、飯、世話になるな。ありがとう」
(真理)「いえ、そのうち、美味しいレストランに連れてってもらいますから(ドヤ顔)」
(本城)「フッ・・だな」
白い大きなテーブルクロスの上には、真理が作ったサラダやフルーツの盛り合わせ、コーヒーやジュース、ヨーグルトなどが彩りを添えていた。一緒に来たサラは、給仕台からナプキンを取って俺と真理に手渡した。
(真理)「留学前に、お会いできる最後のチャンスかと思って」そう言うと、真理はオレンジジュースを口まで運んだ。
(本城)「日本行き、明日だよな?準備は?」
(真理)「完了です。なので、今日、することなくて」
(本城)「えらいなぁ。俺は、いつも出発直前までドタバタだ(しかし、健気だよな、コイツ)」
口には出さないが、この子はステファンのことが気が気じゃないのだろう。いくら、構ってくれなくても実の父親だ。その横では、ヒューマノイドのくせに気が気じゃない顔をしたサラが立ちすくんでいた。
(サラ)「私も真理と呼んでいいかしら?」
いかにも唐突な言葉に、真理は一瞬だけサラをにらみ、すぐに視線を逸らし「あなたはメアリーのままで」と言って突き放した。
真理はサラに背を向けるように斜めに座り、サラを無視するように俺に朝食で使った野菜や果物、ヨーグルトを自慢げに紹介した。食べ物の話が終わると、俺の生まれ故郷の話や卒業した高校や大学、真理の留学先の神奈川県の話などを食べ物を頬張りながら次から次へと問い続けた。俺は、時々斜め後ろに立つサラに視線を向けたが、そのたびにサラは弱々しく微笑みを返した。
食事がひと段落つきそうなタイミングでサラは扉のそばの給仕台に向かい、コーヒーを淹れて俺と真理に振る舞い、テーブルの上の食器を給仕台まで下げた。真理の話がひと段落したタイミングでサラは真理に歩み寄った。
(サラ)「メアリー、これ」
(真理)「・・・何これ?」
(サラ)「しばらく会えなくなるし、私より、あなたの方が似合うと思うの」
緊張した面持ちで、サラは綺麗に包装された小さな箱を真理に差し出したが、真理は冷ややかな表情でサラをにらんだ。サラは、その優れたプロファイリング機能で表情や身振り、言葉使い、声のトーンなどから真理の心情は手に取るように理解しているはずだ。が、理解はできても、どう対応すべきかは推論できないだろう。父親からネグレクトされた娘と、その娘の地位を奪ってしまったヒューマノイド、こんなケースの学習データなんてあるはずない。
(真理)「あたしが父のヒューマノイドから施しを受けると思って?」
(サラ)「施しではなく、プレゼントです。私、あなたと仲良くなりたいです。明日から、しばらく離れ離れになってしまうけど」
(真理)「あ・た・し、今、本城さんと朝食してるの、分かる?あたし、明日から留学するから、しばらく本城さんと会えなくなるの、邪魔しないで欲しいの。分かる?」
(サラ)「あの、これ」
(真理)「いらない。受け取りません」
真理は、そう言ってプレゼントの箱をサラに突き返し、サラと逆方向へ顔を向け、拒絶の意思を示した。サラと視線の合った俺は、小さく首を横に振り、サラは寂しげな微笑みを浮かべ、行き場を失った小さな箱は、サラの胸の前で上品に手に包まれたままになった。気まずい雰囲気を察したサラは、俺に軽く会釈して家の奥に去った。
(真理)「あたし、意地悪かなぁ?」
真理はフォークで刺したメロンのかけらを皿に戻し、大きくため息を吐いた。
(本城)「まあ、いいんじゃない。相手は機械だ(心があっても・・・)」
(真理)「・・・でも、あのサラ、妙に人間っぽいというか、・・ご存知ですか?サラって、日によって二重人格者のように、全っ然、違うキャラになるんです」
(本城)「ああ、昨日、調べたよ」
クッキーを一枚口に運びながら、サラが二重人格のように見える理由を説明した。基本的に実験機であり、フレンズ社の製品にレンレイというスタートアップのAIが寄生する構造になっていること、切り替わるトリガーやタイミングに関しては解明してないが、お喋りなサラとクールなサラは交互に登場すること。もちろん、オーナーが『娘として一生育てられる』コンセプトであることは伏せたが。
(真理)「それで納得したわ。本当に違う二つのAIなんですね。あたし、あのクールな方のサラ、実は嫌いじゃないです」
(本城)「へぇ、そうなんだ」
(真理)「悪いのは、あの子じゃない、頭では分かってる。・・・そのレンレイ?フレンズ社が『友達』のコンセプトなら、レンレイは『娘』とか『息子』ってコンセプトですか?」
(本城)「・・さ、さあ、どうだろう」
(真理)「隠さなくていいですよ」
(本城)「(大人だなぁ、この子)・・・レンレイって、中国語の『人類』って言葉が由来だと思う」
(真理)「人類?今までのヒューマノイドより、さらに人間ぽいってことですか?」
(本城)「さあな」
(真理)「クールなサラ、悲しんだり、憂いたり、普通のヒューマノイドにはない感情、あたし、見たことあります」
(本城)「うん」
(真理)「フレームワークを無視して設計され、いつか抑えきれずに暴走してしまう。その危険を嗅ぎつけ、当局が捜査を開始、そして、凄腕の本城さんが呼ばれた、と?」
(本城)「凄腕じゃないけどね。AIが人に代わって働く世の中だ、大学進学率も激減、研究者のレベルも下がった。AIのことが分かる人材は極端に少なくなった。だから、毎回、俺が呼ばれる」
(真理)「・・・三日前から、ベイエリア一帯の監視システムがトラブル続きですが、関係あります?」
(本城)「かもしれない」
(真理)「・・・あのサラが犯人なんですか?」
(本城)「いや違う。ただ、サラと同じモデルのヒューマノイドが容疑者というか、捜査ターゲットだ」
(真理)「サラは安全なんですか?」
(本城)「分からん。だから、これ食べたら真理はすぐ家に帰りなさい」
(真理)「ここも、一応、あたしの家なんですけどね」
真理は、再び、食べ物を黙々と食べはじめた。時折、目が合うと真理は軽く微笑みを浮かべた。数年前までは、親子仲良く賑やかであったであろう朝食の情景。三歳で両親を失い、子供のいない老夫婦に引き取られて育った俺には本当のところは良く分からない。が、この数年の環境の変化は少女に大きなショックを与えたはずだ。「(翼って、メアリーに対しては、娘に抱くような反応ですね)」、サラの言葉が記憶に甦ったが、俺には、そもそも親子ってものが良く分からない。こんな俺が『人々の真の伴侶』なんて掲げたのが、そもそも大きな間違えだったのだろう。
テーブルに置いたモバイル・デバイスが俺の注意を引き付けた。NSA(国家安全保障局)のジョンからだ。




