事件の核(スイッチ)
(まえがき)
この日、朝から何か嫌な空気が漂っていたように感じた。その何かに遭遇するのは、そんなに遠くない気もしていた。曇りがちな毎日も、一日晴れたら気にならなくなる様に、空気とは、流れている。人々の動向も似たようなものを感じる。毎日の繰り返しの中で癖ついてしまったもの。例えば、急激な圧迫感や緊張感を自然と感じたときに起こる。マイクロジェスチャー(なだめ行動)も要素として挙げられる。なんでそんな話を悠長に話せるか?
それは、僕が天才…いや、何でもない。一つ明確に言えるのは、人は誰しも癖があるということ。その癖は時として答えを導き出してくれるものでもある。人の心理を紐解くのなら心理学。“目には目を歯には歯を”みたいにね。人の気持ち、人の流れとは残酷で、過ぎ去るものだけど、真実というのも、また、人が隠しているものでもある。答えはすぐそこに、目の前にあったりもする。では、その先の真実を解明してみよう。
第一章
本日もお日柄よく…という手紙を朝から受け取ったのは、紛れもない僕だ…。ただの学生なのに、なんで送られてくるんだよ。と嘆きながらも少し嬉し気な笑みを浮かべる。僕は、臨床心理学を専攻している東海林 光樹 高校生。
その高校生に何の手紙なのか…なんてことは、彼は考えていなかった。事件って言われても出来ることもないし…とぼやいていた。ただ、無下にする事も出来ず、右往左往していた。
ガチャ。扉が開く音に気が付き振り返ると、同級生の桃夏の姿があった。
桃夏(また、サボってるの?)
光樹の同級生の平山 桃夏
物理学を専攻している高校生。光樹とは、同級生。
光樹(また、いつもの手紙だよ…)乱雑に桃夏に見せる仕草は半ば投げやりにも見えた。
桃夏(光樹には、お似合いだね。刑事さんからのお手紙)頬を膨らませて、笑いをこらえる姿は光樹を挑発している様にも感じられる。
光樹(いい加減にしろ。)一言釘を指し、携帯を徐に出し桃夏に画面を見せる。顔をこわばらせて画面を見ると事件の詳細が記載されていた。
桃夏(この事件って…。)何も言わず頷く光樹。朝の嫌な空気は的中していた。ここ最近のニュースになるほどの事件であることは間違いないのだが、まさか自分の所に捜査協力の依頼が来るとは思いもしなかった。
光樹(今から一緒に行こう)
桃夏(え!なんでよー)
この事件には、物理的要因がありそうだと、光樹が言葉を交わした。
二日前の夜中に事件は起こった。ホテルに集まり、パーティーを楽しんでいた数名が容疑者・重要参考人に当てはまっていた。被害者はパーティーに参加していた夫婦。奥さんの方には、無数の痣があった。日常的に暴力を受けていたのではないかと疑いが持たれている。旦那さんにおいては首元に自ら切ったと思われる傷が見受けられた。一部では無理心中ではないかと、ニュースでは、報道されていた。
光樹(何か変だよな?)首を傾げて考え込む。だが、検視の結果だと納得せざるを得ない。気になって仕方ない様子を見かねていた。
桃夏(勉強会だし、行ってみようよ。)仕方なく同調してしまう自分にため息をつく。
光樹(桃夏が行きたいなら仕方ない。)
ため息交じりに一言いうはずが、携帯の画面を見て考え込む光樹には、言い出せなかった。
事件となると、考える事をやめられない。人というのは時として残酷で魔物にもなり得る。
殺人と聞くと、一般的には触れることにないワードであり、事件だと思う。
しかし、一つ時空の見方を変えると事件の欠片は誰しも持っている。例えば、心理学的には、目の動き、瞳孔の開き方で、噓をついているのか。または、隠しているのかを指し示す材料を集める様に。核を体内に隠している。だけど、スイッチ(核)を物理的に押すことも出来ない。だから、人は“衝動”で動くと定義できる。
衝動的本能がある様に、素直に従わなければならないのだけど、扱いを間違えると、人は法を犯してしまうのかもしれない。と何処かの教授が言っていたようなこと思い出す。
そこに、刑事から電話があった。桃夏は不安そうに光樹を見つめる。一通りの電話が終わった頃、話を聞きに行く姿は、いいコンビに見えた。
事件があった部屋からは、あるはずのない鍵があったそうだ。
桃夏(物理的に考えると、誰かが持っていたからとしか考えつかないけれど、もう一つあるとするなら、無理心中の線なら誰の邪魔も入ることなく行う事が出来るよね。)
部屋の見取り図を軽く書いて説明する姿は、物理学者さながらだと感じた。桃夏の進むペン先は答えを導てるような仕草にも見えた。
光樹(被害者と加害者の接点がどこか。参考人たちは、この痛ましい事件をどう感じているかが重要だと思う。主観ではなく物事を見たときに、何も知らずにパーティーをしていられるだろうか?誰にも知らずの中で無理心中をするなら、協力者がいるはず。または、
この事件の犯人であろう人物。)
一頻り、人物像や事件当日の様子を照らし合わせて、まだ分からぬ、答えをひねり出そうとする。
桃夏(勉強会に時に、当時の参考人は集まるんだよね?)顰めながら光樹に問いかける。
軽い返事をする。
光樹(現場に行けばいい。そうしないと、物理的に立証は難しい。)
桃夏(それはそうだけど。)と不安そうな桃夏を置いて光樹は学校を後にした。後日、桃夏のもとへ、現場集合と連絡がきた。桃夏は、呆れた様子で、現場に合流した。