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ノクトとの食事


「さぁミア。どれがいい?」


(あ、このスタイルは固定なんですかね)


 セツナが用意してくれた朝食を前にして、ノクトはわたしを膝に乗せ問いかけてきた。

 彼はわたしの頭を撫でながら、気遣わしげにわたしの表情を伺いみている。どこか、慈しむように髪を梳く手の仕草からは、彼がわたしの髪を大切にしようとしていることが窺えた。

 

「昨日もそんなに食べていなかっただろう。食べたいと思うものがないか?」


「そんなことないです……! どれもとても美味しそうです!」


 そう、どれも輝かしいくらいの見た目からその美味しさが窺えるし、鼻腔を擽る香ばしい匂いもお腹を空かせる。


 それでもわたしが進んで食事を取ろうとしないのは、食事自体にあまり良いイメージがないからだ。

 そもそも奴隷にまともな食事が与えられるということがまずない。食事、と言えるものが与えられたら、それはもう豪華と言って差し支えなかった。

 そして、普通以上の食事が与えられたら、そこには裏があるのが常だ。そして、わたしの黒髪や血には、何かしらの価値があるらしく狙われることが多かった。例えば、その対価として髪を寄越せと言われたり、食事に睡眠薬が盛られていて、眠っている間に血を抜かれたりもした。

 わたしは常に髪はバラバラだし、傷が絶えることもなかった。それがいつの間にか、わたしの中では普通になっていた。


 昨日はオークションで自分に支払われた対価を少しでも払えるならと、どんな食事がでようが食べようと思っていた。それで出てきたのが、〈肉じゃが〉や〈おにぎり〉といった懐かしのもので、この世界に無いはずなのにわたしが食べてくれるよう考えられたものだったから、そこにどんな裏の理由があれど喜んで口にした。

 しかし、目を覚ましてみれば、自分には何の変化もなかった。あれは油断させるためのものだったとか、翌日に対価を払わせる気だったとか、思考を巡らせたものの、ノクトから発せられる言動は真っ直ぐ純粋にわたしを想ってのもので。


 わたしにとってそれはあまりにも温かすぎて、受け止めきれずにいた。理由のわからない親切心ほど、期待し、踏みにじられ、そうして失うことを恐れて、警戒してしまう。


「今日は結構歩くことになる。ちゃんと食べておかないと倒れてしまうぞ」


 ノクトが子どもを諭すようにそうわたしに言った。

 そんなにこの城は広いのか、そもそもちゃんと食べなきゃ倒れるほどの広さって日常生活に支障が出るんじゃないか、と思ったものの、そういえばこの人瞬間移動できるんだったと気づき、その心配は自分に一番向けるべきものとなり、今後の生活を憂う。


「俺が運んでやってもいいが、どうする?」

「食べます」


 つまりはお姫様抱っこで城内を歩き、好奇の目に晒されるということで。そしてそれは、この美麗すぎる顔面凶器を間近で見ながら城の説明を聞くということで。

そんなのわたしの心が悲鳴をあげてしまう。即答するのも無理はない。


 ノクトが笑みを零しながら「それは残念だ」と言っているのを横目に、わたしは食事を始める。──と言っても、昨日と同様に彼の手から頂く食事は、申し訳なさと羞恥がせめぎ合い、終始落ち着かないものであった。

 ノクトはと言うと、わたしの口に入れる前に自分が味見をするように一口食べていた。わたしが食べた後、わたしの反応を微笑を浮かべながら見て、同じものをもう一度食べ、味の感想を共有する。

 誰かと共にする食事が楽しいと感じたのは久しぶりだった。



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