プロローグ
初めまして、皆様。わたしの名前は、……――失礼、名乗ろうと思ったのですが、わたしには名前がないのでした。
え? なぜかって? ――なぜでしょう、覚えていないのです。
あぁでも、彼から〈夕桜〉という名前だと教えていただきました。これからはそう名乗ることにしましょう。
わたしは所謂、異世界転移なるものをしました。〈日本〉という場所から、このファンタジー世界にきたわけですが。……わたしを含め、皆様の考える輝かしい異世界転移とは程遠いもので。
能力なんてものはございません。さらには、わたしは奴隷という身分です。加えて人攫いに捕まり売られたわけですが、どういうことでしょう。
――魔王様に、買われました。
まずはこの世界の説明を致しましょう。……と言っても、魔王様から教えていただいたことをお伝えするだけですが。
この世界では、生を受けた者全員が魔法を使うことができるようです。えぇ、わたし以外。まぁわたしは別に、この世界で産まれたわけではないので、当然と言えば当然ですね。
しかし驚くべきことに、“人間”という種族がいないようです。この世界には、“天族”と“魔族”という種族しかいないらしく、使える魔法の性質も“天”と“魔”で分かれているそうです。
そして、この世界では、魔力の質がその者の髪色に現れ、魔力の量がその者の目の色に現れるそうです。
髪色は明るければ明るいほど良いと言われ、逆に目の色は暗ければ暗いほど良しとされているようで、事実、この世界を治める魔王様は、史上最強と称されておりますが、その髪は絹のように美しい銀色、瞳はまるで夜空を映す海の如き濃紺をしております。
顔に関しても、それはそれは美形でして、眉目秀麗という言葉は彼のためにあるのだと言われても疑いもしないほど――失礼、話がずれました。
さて。そんな世界で異端者と呼ばれるようなわたしが、この世界の最高峰とも言える魔王様に、なぜか買われたわけですが、その買われた瞬間を、わたしは一生忘れることはないでしょう――。