九十五 一年目の終わり、暗黒に似合わぬ白銀の長は
心が決まれば早かった。
重しのない休暇なんて、そんなもんただのボーナスである。
そんなこんなで、早一週間。
時の流れというものはいつだって速くて遅いもので、まぁつまるところ速くて遅いなぁというのを繰り返しながら日々は流れていった。
なお、オーダーしたドレスの到着日は購入してから一ヶ月か二ヶ月くらいあとである。どんなものにしたのかは流石に覚えているが、やはり完成品が楽しみだという気持ちもあったりするのでありましたとさ。
なので世界の一翼を担っているとかいうナミスシーラ王国の国王陛下に絶賛謁見中なテニーチェさんは、いつも通りの制服姿なのでした。
顔を上げて、と国王陛下。
ヴェール越しに恐らく目が合っているであろう状態で話は進む。
「それで、決めたかしら?」
何を、とは問われない。
察せられないほど、テニーチェも社会というものは学んでいる。
「第七王宮魔道師団の長を続けるか否か、についてですね」
「ええ。どうするの?」
テニーチェは答えようとして、分岐点への心構えを再確認した。
……大丈夫、気持ちは変わっていない。
実益的にも兼ね備えている答えはもう、出ている。
息を吸って、答えを音に。
「私は――」
☆☆☆
謁見も終わり、テニーチェは第七の建物がある地点へ向かって歩を進めていた。
一年間で何度も往復した為か、付き添いがなくとも迷いなく歩けるくらいには慣れている。
絢爛で、されど煌びやかすぎないナミスシーラの王宮は、一年経った今でも飽きのこない見栄えを保っている。そりゃもちろん生けられているお花だとかが月どころか下手すると週単位、日単位で変わっているんじゃないかってくらいに毎回見るたびに変わっていたりすることもあるだろう。
けれど、基礎は変わらない。
毎日毎日そこらあちらに飾られているちょっとした宝石だとかシャンデリアだとかを取り替えるわけにはいかないのだ。そんなことをしていては、いくら予算があっても足りなくなってしまう。
つまりは、一部分が変わっているだけで毎回の新鮮さを保てる見栄えというものをこの王宮は備えているというわけで。
流石は十三代という、比較してみればまだ若いとも称せなくはないこの国が世界の一翼であるだけはあるといったところか。
ほんのわずかにカツリカツリと靴音を鳴らしながら歩くテニーチェ。
意識をすれば足音を消せなくはないが、終ぞ無意識下で、という神技を身につけることは叶わなかったのであった。まぁ意識すれば消せるのだから、別に困りゃしないのである。
テニーチェは別に超天才じゃない。
なので空を見上げるくらいの才に見舞われた何かしらと戦わないといけない時は、その差を出来る限り埋めれるように技術を身につけちゃえば良いのであった。
何かの試合のように、実戦にて剣で戦わないといけないとかいう縛りはない。テニーチェはテニーチェにとって得意な分野を組み合わせて戦い続けてきた。
結果として今こうやって生きていられるのだから、きっとそれは、絶対的に間違った方法ではなかったのだろう。
(彼女のことを考えると、あの時の自分に驕りがあったことは事実ですが)
だから、もう驕らないと決めている。
事実、ここ一週間の長期休暇の間も、休みを入れずに鍛錬は行なっていた。
というか単独任務終了時に願い出て少ししての許可が出てから今日この日まで、用意された平野での自己鍛錬をかかしたことはなかったのである。そう実は。
決めたことはちゃんとこなしちゃう系団長なのである、テニーチェは。
真面目と言うより、そうせねばならない理由があるというか、主に彼女のためといっても過言ではない。
事情があるからこそ鍛錬にも身が入るというものなのである、少なくともテニーチェの場合は。
そんなこんなで戻ってきましたは第七に与えられた王宮の一角。
ひとまず第二の団長様に第七の面倒を見てもらっていたお礼と引き継ぎをしなければならないので、訓練場へ向かうことにしたのでしたとさ。
⭐︎⭐︎⭐︎
その日はかつてと同じく曇天に染まりきった暗黒の日だった。
暗黒の日。
黒の世界と定型となりつつある取引をするために、かの世界とこちらの世界――虹の世界を繋げるがためになんか鬱々しちゃう日のことである(再確認)。
去年、テニーチェが団長就任挨拶をした日でもあった。
……のだが。
(いつもと変わりませんね)
特別与えられた任務のない日と普通の日。
今日もそれに当てはまるようで、テニーチェが起床して準備を整えてから訓練場に行った時には既に鍛錬を始めている人もいた。
本当にいつもと変わらない、当たり前となってしまった光景。
「おはよーございます! 団長!」
「ごっきげんようぅっ、でっしてよぉ!」
声に振り向けば、とてとてっとやってきたヒュドア・ウィルフィーアとアウウェン・トルス=ブロントロスがいる。
「えっへへ! だんちょ〜だぁ! えっへへへ!!」
かと思えば、真後ろからくっついてきやがる輩がいた。
皆様お馴染み、ロコ・パートイーサ君である。”君”である。
相も変わらずえっへへなロコさんなのでした。
ロコのことを半分気に留めながらも、周囲を見回す。
「……あれ?」
どことなく、人が少ない気がする。
確かにまだ就業時間外ではあるから、ギリギリに来る人がいたっておかしくはないのだけれど。
いつものこの時間は全員が集まって鍛錬を始めているものだから、珍しいなと、テニーチェは思った。
というか、訓練場の方からくっついてきたロコはともかく、テニーチェよりも後に来たヒュドアたちも、普段なら訓練場からおはようございますが飛んでくるというのに。
暗黒の日だからだろうか、と真面目に考えてしまったテニーチェなのであった。
そしてその答えは、当日中に判明した。
「これは?」と問うテニーチェ。
いつもの第七の食堂。
されど、普段とは異なる様子を見せていた。
木製で彩られた壁には、紙で作られたであろう輪っかの飾りがかけられている。
同じく紙で折られ組み立てられた星も散見される。
いくつかある長机の上には、これでもかというほどのご馳走が美味しそうな湯気を備えて佇んでいる。
秋刀魚の塩焼きにジュワッと肉汁が美味しそうな小籠包、多分クワットでホワライな豚の唐揚げだってある。
和に洋に中に、あるいは地域の美食と、様々な食事がそこにはあった。
せーの、と第七の団員たちは声を揃える。
「「「テニーチェ団長、就任一周年おめでとうございます!」」」
そして。
ここには、一年を共にした仲間たちがいた。
ひょこっと懐から顔を出すアージュスロ。
ケラケラしながらテニーチェに視線を向ける。
「どしたんだ? 珍しく言葉を詰まらせて」
「……うるさいですよ」
言葉なんて、これまでずっと詰まらせてきた。
ここに来てからは、団長として振る舞っていたから、詰まらせないようにしていただけで。
ふとテニーチェは、自分が笑っていることに、気がついた。
「ありがとうございます、皆さん」
どうやら自分は、団長として、しっかりやれてきたらしい。
少なくとも一年の終わりで始まりでもあるこの日に、暗黒に似合わず祝ってもらえるくらいには。
当日の、本当はきっとやりたくてたまらなかったであろう鍛錬の時間を減らしてまで、準備をしてもらえるくらいには。
だってあのイグール・アトリボナでさえ、今日の鍛錬には遅れてきていたのだから。
「ささ、団長。乾杯しましょう!」
ヒュドアから差し出されたグラスを受け取って。
そしてテニーチェは、息を吸い込んだ。
「一年間、ありがとうございました。
次の一年もどうぞよろしくお願いします。
――乾杯!」
「「「乾杯!」」」
いつの間にかポケットから出てきていたアージュスロも一緒に。
ワイワイガヤガヤした宴会は、始まりの鐘を鳴らす。
第七王宮魔道師団の長テニーチェ=ヘプタの仮面は、まだ、外されない。
今回にて一旦区切りがつくということで、一度完結表示にします。
続きについては、書くとしたらにはなりますが、
ここまでプロットなしでやってきて少しきついところがあったため、プロットを組み直した上で書こうと考えています。
ここまで読んでくださった方、長い間付き合ってくださった方、本当にありがとうございました。
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それでは良いお年をお過ごしください!
2023/12/31 叶奏




