九十四 可愛い二人が戻ってくるまで
変わらないのは彼女への想い。
変わってしまったのは、大事に想う存在が増えたこと。
増えて、しまったこと。
悪いという訳じゃないことはわかる。
少なくとも世間一般論的には、悪いどころか良いことなのだろう。大事に想うものが多い方が巡り巡って自分の生きる意味に繋がったりもするんだろうし、守る為の強さとかいうものも手に入る。
手に入る、というのは少々おかしな表現技法なのかもしれないけれど。だってそういうのは、自然と身についちゃう類のものだろうから。
手に入るというより、気付いたら所持していると言うべきか。かつてのテニーチェがそうだったように。
思い返せば、長いようで短い一年だった。
団長就任初っ端から、ただの挨拶の為に二時間以上待たされ。
でもってまとまり力ゼロの第七に対して集団魔道なるものを使えるようになれ(期限は一週間⭐︎)とか言われ、ついでのように世界破りを命じられた。いや就任直後なのにぶっ飛ばしすぎじゃねとか思ったのも、今じゃ懐かしき過去である。
……思い返して、よく自分どうにか出来たなとかいう乾いた笑いは出てくるけど。
その後は合宿にも行った。
四季魔境とかいうとりあえずなんかすごいとこで、クアットホワライトンとかいうなんと言うかそうとりあえずなんかすごい美味しい豚を喰らった。
あの唐揚げは天才だ。
誰が何と言おうと天才であるとテニーチェは胸を張れる。
あとは、一人での任務の後、合併任務として第二王宮魔道士団と行動を共にしたこともあったか。
翻訳機器を通しての会話だったから妙なぎこちなさがあったけれど、どちらかというとお花さんがお喋りしていた衝撃の方が強い。
その名もぱーぷる・ちゃん。
テニーチェにとっての呼称はちゃん様である。ちなみに真名は不詳。教えられなかったことについてはテニーチェも理解している為、特段問題ナッシング。
それから、海空迷宮へ行ったんだったか。
魔力とは異なるエネルギーで動くその世界には、前団長の面影そのままの少女がいた。
彼女についてはまだまだ謎と謎、あとはそこら辺から摘み取った謎で満ち溢れている。シャイだけど良さそうな女の子、というのが今の所の印象である。
今後その印象が変わる予定も、テニーチェの判断次第だ。
ロコ・パートイーサとアウウェン・トルス=ブロントロスがわいわい話しながら並んでいる様子を見やる。
団長として、まだまだ成長途中にある彼ら彼女らをすぐに見放してしまうことへの罪悪感を抱いているわけではない。
されど、彼ら彼女らの成長をすぐそばで支え見守りたいという気持ちは、あった。
(ですが、やはり彼女のことを考えると、自由で動ける身であった方が……)
なんて、考えて。
ふと、思い至る。
王宮に直属の職についている現状。
しかもナミスシーラ王国とかいう虹の世界でも屈指の王国のいわゆる国家公務員とかいう立ち位置だ。
ぶっちゃけちゃえば、今度国王陛下に謁見する際に「団長やめまーす」とか言って独り哀しき身の上になるよりも、よっぽど情報収集とかしやすい気がする。
そりゃ確かにここは虹の世界だけれど、虹の世界は意外と他の世界にも影響を及ぼしちゃってる系世界だったりもするのだ。
まぁ要するに、このまま団長の職を続けた方が、テニーチェにとって大事なもの全部を欲張りセットでいただけちゃうわけで。
確かに、自由度で言えば団長の職を辞した方が良い。
時間的にも、今のテニーチェがかつてのしがらみからむしろ解き放たれている状態でいること的にも。
解き放たれている、というよりかは、無理矢理解放された状態を作ることは出来る、と表現した方が正しいが。
けれど、それを鑑みた上でもやはり、団長でいることの方が利益は多そうだ。
国王陛下はテニーチェの状況をある程度は分かっているから、万が一の時は部下として頼ることが可能であるということも大きい。
それに。
国王陛下が知っていて、されども教えてくれない情報があるなら、吐かせればいいのだ。
正直弱みを握ろうと思えば、多分、いけなくはない。
(……その場合、ウィルフィーアさんには悪いことをしてしまいますが)
友人のことと、第七のこと。
どちらが大事になっているかは、その時にならないとわからない。
ヒュドア・ウィルフィーアを大事に思うなら、別の手段を取る可能性もあるが、まぁ一つの手札として数えておいても良いだろう。
どちらの選択肢が正しいかなんて、きっと選択してみないとわからない。
今はこう考えているけれど、現実なんてどう転ぶかしょーじき分からんものなのだ。
利益的には団長でいることの方が良さそう。
でも実際に選択してみたら、辞めた方が良かったのかもしれない。
そんなの、未来のifが現在の確定事項に変わらないと判断することはできないから。
「えへへ! だんちょ〜、買ってきたよ! えっへへ!」
「こっちらがだぁんちょう様の分! でっしてよぉっ!」
さめの煮物を持って、二人が帰ってくる。
ありがとうございますと、テニーチェは笑った。
こっそり上半分しかない仮面に変えておいたから、きっとこの笑顔は伝わるはずだ。
だからひとまずは団長のままでいようと、そう判じた。




