八 ごきげんようでございますわ
新たな訓練場が完成した。
なんか二階建てになっていた。二階建てのくせに、前までより高くなっていた。
ということで、テニーチェは団員皆に放送でお知らせをする。時は朝食前。早く食べに行きたかったので、手短に終わらせた。注意事項であまり訓練道具は壊さないようにすること、を三回くらい言ったけど。
本当は十回以上言い聞かせたかった。朝食が待っているのだ、仕方がない。
今日の朝食は、白米に八枚切りの味付け海苔八枚、ネギと卵のお吸い物とキュウリの浅漬。主菜はなんと秋刀魚の塩焼きだ。朝から豪華! レモンも付いてるよ。
飲み物はいつも通り選択制で、なんとなく麦茶にしておいた。ジュース系を飲む気分じゃなかったのだ。それに今日のメニュー的にもお茶系の方が合う。
上半分だけの仮面の下、口をもっきゅもっきゅと動かす。美味しい。なぜここまでご飯が美味しのか。こんなんでは、もし団長を解任されてしまった時に元々住んでいた場所に帰れないではないか。あるいはそれが目的か!? なんてとりとめもないことを考えていたら、白米が無くなった。秋刀魚はまだ半分ほど残っている。少し迷った後、追加料金を出して白米をもう一杯貰ってくることにした。
お腹が膨れたところで、テニーチェはついに新・訓練場に足を踏み入れる。入り口は軽くて魔力を通しやすいことが特徴のラースフォー石で作られていた。魔力を通しやすい材質は、恐らく建物全体に共通していえることだろう。前の訓練場も壁は魔力伝導の良いものだった。第七王宮魔道師団は個人の戦闘力は高い。その分訓練で使う魔道の強さも高い。ようは壁やらなんやらを魔道技術製の障壁で守らないとすぐに壊れてしまうのだ。その障壁を常時展開するためには、壁やらなんやらの素材の魔力伝導率を高くしておいた方が実はコスパが良くなったりする、なんていう裏事情があったりする。魔力を通しやすい素材自体はそれなりにお値段もするが。
「あ、団長!」
声に視線を向けると、ヒュドア・ウィルフィーアが駆け寄ってきた。となりに、ゆるふわな金髪をかかとすぐ上まで伸ばしちゃってる緑目の女の子もいる。
「おはようございます、ウィルフィーアさん、トルス=ブロントロスさん」
アウウェン・トルス=ブロントロス。
雷属性を主に使う、通称第七の姫。実家の身分も高いところらしく、伯爵家ながらトルスの称号を与えられる程だとか。称号は一つ上の公爵家でさえ持たないところもあるくらいだから、それだけの功績を残してきたといえる。むしろ功績がなければ与えられない。
「おはようございます、団長!」
「ごっきげんようでごっざいますわ、テニーチェ団長様」
そしてごきげんようがごきげんようしていない挨拶が返ってきた。しているにはしているけど、意地でも認めたくないようなごきげんようでございます。
「テニーチェ団長様、私のファゥストネームはブロントロス、でっしてよ。これで何回目でっすの?」
「ああ、ごめんなさい。ですが、今後もトルス=ブロントロスさんのことはトルス=ブロントロスさんと呼ばせてくださいね」
「ははっ、団長、名前の呼び方は頑なですもんねぇ」
ヒュドアはいつも通り軽快に笑っている。楽しそうで何よりだ。本当に何よりだ。ごっきげんようも気にならなくなってくるでごっざいます。
「ところで団長もこれから訓練ですか?」
問いに、テニーチェは小さく頷く。
「ええ、書類仕事は昨夜のうちに片付け、残っていないんです。それに、新しい訓練場というのも気になりまして」
「なら一緒に訓練してくれませんか!?」
「私も、ぜひ!」
キラキラした瞳は、テニーチェを憧れの対象として映していることがすぐにわかるような輝きを誇っていた。
「構いませんが、先に訓練場を見て回ってからでよろしですか?」
「大丈夫ですっ」
「もちろんぅ、でっしてよ」
「ありがとうございます。では、参りましようか」
テニーチェを先頭に歩き出す。
「一階はそこまで天井が高くないんですね」
「あ、そうなんですよ。なんか一階は主に器具を使って訓練をするところ、って感じでした」
一階も、普通の建物と比べると低いわけではない。というか普通に高い。
テニーチェが疑問に思ったのは、建物の外見からしてもっと高いはずだ、ということ。普通の建物の五階建てより高い新・訓練場。だが一階は普通のところの二倍もない。
「二階がとっても開放的、でっしたわよぅ。以前のは吹き抜けでしたが、新しいものは外見からもわっかる通り屋根がついておりまして、それによる狭さをすっこしでも解消するため、だとおっもいますわ」
「なるほど、そういうことでしたか。二階を見るのも楽しみですね」
ヒュドアとアウウェンの二人は既に一度訓練場の全体を確認し終えているようだ。楽しみとの言葉に違わず口元を緩めるテニーチェだが、あいにく顔全体を覆っている仮面のせいで二人には伝わらなかった。
「あ、ところで、なんですけど」
ふと聞きたかったことを思い出したのか、ヒュドアが疑念を投げ掛けてきた。
「団長の仮面って、なにでできてるんですか?」