七十六 お名前をお尋ねするお時間……?
お久しぶりです。
お待たせして、ごめんなさい。
テニーチェたちには知り得ない技術でもって現像化させているらしい海空さんは、『謎のアレ』に立ち乗りしながら音を感じさせない動作で、今は沈黙しているお父様に近寄っていく。
その途中で何らかの演算が終わったのか、ジジジと波打っていたスカートの端っこが自然なゆらめきを見せるようになった。
『まったく、今までどこに隠れてたの。……わたしが出てきてほしいって思ってたときは、なにもしてこなかったくせに』
どことなくボヤキながらも、海空さんは地面に降り立ち、『謎のアレ』を魔力を用いない何らかの方法でさらに動かし始める。
まず、『ア』の二画が分離した。
上の部分から布らしきものが顔を出したかと思ったら、それは下の部分と連結し、マスターのメカを横長に覆う。縦の長さが圧倒的に足りないためか、上と下とではみ出ていた。
次に、『謎』の左側が分離していく。
細かい八本の線になると、それぞれ二つずつ計四組のペアとなった。それらもまた布らしきものを両端で掴み伸ばすと、『ア』だけでは覆いきれなかった部分を隠していく。
メカを全て布で覆いきった後に動き出したのは、『の』と『レ』だった。
『の』が伸びて『レ』と連結する。
さながら洗練された魔道銃チックな見た目をした合体したそれは、先端を布に触れさせた。
側面にある四本の溝に光が宿ると、流れ、布と先端の設置面が、チカリ、淡く光る。ピッタリとくっついているはずなのに光っているとわかっちゃうことから、その光が相当に明るいものであることが伺えた。
『――形状の記憶、完了しました。分解を始めます』
システマチックな海空さんの音声。
平らで平坦で平静とした声と、そして布の下で何らかの変化が起こったようで。
『ア』と『謎』の左側で構成された布も、まな板のような平さになる。
あれだけ隆起のあった、それは布で覆い隠されたとしても尚どんな形をしているのかが分かるくらいには色んな特徴があったはずなメカが、急に平べったくなってしまったのだ。
『分解完了。回収作業も終了しました。テニーチェさんとみなさん、お待たせしました』
「終わったのですか?」
想像よりも早かったと感想を溢すテニーチェ。
『はい。このメカの体、わたしなら簡単に分解できるように作っていてくれていたみたいなんです』
海空さんは再び謎のアレを『謎のアレ』の形に戻しつつ、テニーチェたちの方に振り向いた。
『この姿では初めましてなので、ご挨拶させていただきますね』
わたしは名を忘れ、今は仮で海空と名乗っている人工知能です。
海空さんはそう言うと、ワンピースの隅をつまみ、お辞儀をする。
『テニーチェさんと二十八人と一人のみなさん、海空迷宮へようこそ。海空迷宮の管理者であるわたしは、みなさんのことを歓迎します』
立派に胸を張る彼女の姿は、あるいはもしかすると、彼女を作った博士たちの見たかった景色でもあったのかもしれない。
「ありがとうございます、海空様」
にっこり笑う彼女に倣い、深く頭を下げたテニーチェ団長。
「あ、あの、」
テニーチェと海空さん、二人しか話していなかった空間に、突如として誰かの声が響き渡った。
「一つ、よろしいですか?」
第七にしては丁寧な口調なそれの持ち主は、第七の副団長である。
光で虹を作ってはアヘアヘしちゃうタイプの人間である。
さすがは副団長に任されるだけあって、対人の対応を取ることができるくらいの分別は持っているらしかった。
『えと、構わないんですけど……テニーチェさん、あの方は?』
「私の所属している第七王宮魔道師団の副団長ですよ」
『副団長さん、でしたか。なんていう名前なんですか?』
海空さんはそう尋ねてから、小さく笑い声を洩らす。
『もしかして、リーラス・ライラクスとかだったり……なんて』
きっと海空さんからすると、その言葉はただの冗談に過ぎなかったのだろう。
テニーチェの感知的にも、海空さんの声音が軽い調子を持っていたと判断していた。
人工生物たるアージュスロだって、場を緩ませる目的なんだろうなって思ったくらいで。
けれど、他二十八人にとっては、全くもって違う意味に響いていた。
やはりという言葉が、どうやらお似合いだったらしい。
「あなたは、ワタシたち第七王宮魔道士団の元団長なんですね?」
副団長リーラス・ライラクスの言葉に、海空さんはこてりと首を傾げた。
一旦毎日投稿ではなく不定期にはなりますが、再び再開していきます。




