七十四 ほんのちょっぴしの良心が、理由です。
あのメカもやはり、魔力が全くもって備わっていないらしい。アージュスロの調査結果がそう言っているのだから、そこに間違いはない。
なので、海空さんの意思を無視すれば、これまでの文字やら何やらと同様に跡形もなく消し去ってしまえば全てが解決する。任務の報告書には、海空迷宮で出会した攻撃には魔力がこもっていなかっただとか、おそらくは魔道ではない違う力でさまざまな機構が動いているだとかを書けば済む故、わざわざあのメカを残しておく必要もない。
だから、ここから先はほんのちょっぴしの良心から生じた行動である。
海空さんは、あのメカを残しておいて欲しいらしいから。
きっとそれは、ずっと会っていない『マスター』の名残を手元に残しておきたいからで。
テニーチェも、そろそろ彼女のことを名残惜しく感じてきている日々だから。
そっと両手を、宙より降りる何かを受け取るようにして前に差し出すと、体内で魔道を発動させるための準備を始める。
メカの周囲はさまざまな色で埋め尽くされていた。
足止めをされ、自称:お父さんは激しく発狂している。否、そう発言するように設計されているのだろう。
第七の皆は、そんなお父さんに怖気付くことなく魔道を使い続けていた。氷に、雷に、火に光に闇に。海空迷宮の床が無機質で滑らかな、およそ自然物とは真反対にある物質で作られているのに、土の塊やら茎やら根っこやらがニョキニョキ生えてきてはメカの手足に絡みついている。
メカの核的存在は、体の中心部――人間でいうところの心臓部分にあるとのこと。
魔力がなかったため調べやすかったとはアージュスロ談だ。
詳細の解析結果はアージュスロから見せてもらっている。
温度変化に強く、強度も高い、小さな小さな脳みそのような役目を持った機構。
人間の脳みそだって潰したら使い物にならないんだから、その核的なのを消す――のは、やっぱりマズい気がする。多分あのメカ、一生動かなくなる。
なので、動きを止めることにした。
動力源は、メカに入った別の機構で担っているらしい。そこに貯蓄された分で動き、無くなったらどこかから供給できるようになっているとのこと。
おそらく、普段動いていないときは海空迷宮そのものから力の源を得ているのだろう。すると海空さん、海空さん自身の中身を完全把握している訳ではなさそうだ。少なくとも、このメカの存在は知っていても、中身に『マスター』の声が残っていることは知らなかったようだから。
動きを止めるのに、一番確実な方法。
なにも難しいことではない。
「――――」
どこかに手を添え押し潰す仕草と共に、テニーチェは魔道を発動させた。
狙うは、動力源からの供給を止めること。
動力源そのものに入れられたエネルギーを消し去ること。
――パン、と軽い音が無機質に響き渡る。
『……――ら、娘、に、ぁ……………………』
糸が切れる。
空色に爛々と輝いていた瞳から光が消えた。
動力を唐突に失ったメカは、ついぞ立ち続けるはずのマリオネットが支えを失った時に見せるような、人間ではおよそありえない方向に関節を曲げ崩れていく。
足止めはもういらないだろうと判断した第七団員が、各自己の使っていた魔道の継続をやめていた。
それに伴い、不自然に上がっていた片腕も重力に従い落ちていく。誰かの魔道が腕を空間そのものに固定していたのだろう。
眼前で広がる光景、それからアージュスロによる再度行われた調査結果からもう動くことはないだろうと判断し、テニーチェは胸の前で合わせていた手を静かに降ろした。
調査結果からはメカの機構に何かしらの損傷が生じてはいないと報告が上がっているため、エネルギーを注ぎさえすればまた同じように動き出してくれるはずだ。流石に表面に幾らかの傷はついてしまっているようだが、そちらも手入れでどうにかなる程度である。
「終わりましたよ、海空様」
『……えと、バッテリー切れ、ですか……?』
海空さんの訝しげな声に、テニーチェは「はい」と頷き返した。
『じゃあ、本当にテニーチェさんはマスターの声が記録されたこのロボットを壊さずに倒してくれたんですね』
ありがとうございます。
きっと彼女(?)の姿が目に見えていたら、どこか泣き出しそうながらもはにかむ顔を浮かべていたのだろう。
『……にしても、テニーチェさん、遠隔で電力を抜き取ることもできるんですね。やっぱり、テニーチェさんたちが使う技術って、とっても不思議です。マスターたちの作っていたバッテリーって、他からの影響を受けにくいようにさまざまな加工が施されていますし、そこから電力だけを抜き取るのって難しいですもん』
「お褒めいただけ光栄です。
ところで、こちらの御方はこのまま放置した状態でよろしいのですか?」
『あ、えと、今回収します。ちょっと待っててください』
しばらくもしない内に、メカの背後の扉が滑らかに開く。
海空迷宮は滑らかに満ちているのだろうか。床も壁もメカさえも質感は滑らかだったというのに、ここにきて扉の開き方さえも滑らかときた。そういえば、メカの動き出しも滑らかだった。
扉の奥から、ちょうど十五、六歳ほどの少女の背丈をした影が揺らめく。
『あー、あー、……発声場所が口元になるよう空気の振動を調整したんですけど、ちゃんと聞こえてますか?』
しかもその影、何かに乗っていた。
めちゃくちゃでかい、何かに。
…………なんだろう、アレ。




