七十二 第七入団に関する思考事項
「えと、……つまり」
ヒュドア・ウィルフィーアが首を捻る。
「蒸発させないで、水を水のまま小さな粒子に分けた、ってこと?」
「えへ、ヒューちゃんのゆーとーりだよ! えへへっ」
ニッコニコと楽しそうに笑うロコ・パートイーサ。未だ団長の腰にぎゅっと手を回していた。時と場合によっては単なる変態野郎なロコロコさんであったとさ。
許されているのは、テニーチェが団長だからと寛大な心を持っているからである。
あるいは、テニーチェがあまり世間を知らなかったりすることも一つの要因なのかもしれなかったり。
「水を粒子にわけた――ってことは、力を殺した、ってことだよね。……いやぁ、あの一瞬でそんな細かいことできるって、本当にすごいと思う」
「えへへ、わーい褒められたぁ! えへへっ♪」
先ほど見せた冷笑が嘘かのようだ。
それほどまでに、弾け踊り出しそうな笑顔を浮かべている。
ようは、ロコは水を水蒸気にすることなく粒子に分けた――ということらしい。
大波として迫り来るくらいに勢いを有した水の塊を、光という名の粒子を微細に操作して水を極細に包み込み、壁の前に運んだ後、細かく分かれていたそれらを左右それぞれ一枚ずつの薄膜として水を繋げた。
仕上げに水の粒子レベルでの振動をぎゅっと抑えることで氷とし、光を消しても壁に張り付いたまま形が壊れないようにしてから魔道を終わらせたのだ。
「うやぁ、俺もスゲェなっては思うぞ。俺さ、細かい作業嫌いだしできねぇし。ロコって普段……いや普段は……」
あれれと、イグール・アトリボナが首を捻る。
「ロコ、おまえ団長いねぇとき、そんなおちゃらけてたっけ……?」
問いに、ロコは目を瞬かせた。
「えへ――そぉ? えへへ」
両腕を使ってテニーチェにしがみつく。
そろそろ離してくださいと言っている団長様の声は完全に無視されていたのであったとさ。なんとも悲しいことである。
「ですからパートイーサさん、このままでは動きづらいので」
「えへへ、だってさ、イーくん……だんちょーは、ロコロコがロコロコであっても怒んないじゃん、えへ」
「あー……まぁ、団長さんがイヤ言ってんのは、任務を続行しづらくなるからだもんなぁ」
感慨深そうに息を吐いちゃってるイグール氏。
お話に興じることに文句を言うつもりはないが、頼むからこのくっつき虫をひっぺがす手伝いをしてくれないだろうかと目元が諦観し出したテニーチェさん。残念ながら言葉にしなければ伝わりそうにもなかったのである。それもこれも仮面をしていたがために。
……というか、今、任務実行の真っ最中じゃなかったっけ?
「アトリボナさん、それからウィルフィーアさんも。このままでは任務続行に支障を来しかねないので、パートイーサさんを剥がす手伝いをしてくれませんか?」
そう言うわけで、テニーチェは任務を言い訳にすればどうにかなるだろう作戦に出たのであった。
「だってよロコ」
「えへへぇ、ロコロコ、だんちょーから離れたくないな♪ えへへっ」
「わかったから、とりあえず離れなよ」
イグールとヒュドア二人がかり(+テニーチェ)でどうにかひっぺがせたくっつき虫ことロコ・パートイーサ。無駄に剥がしにくかったことから、魔道だけでなく物理的な力のかけ方も上手いのかもしれない、なんて心の隅っこでテニーチェは考える。
物理と魔道ができる存在といえば真っ先に第二の団長が思い浮かぶが、ロコが第二ではなく第七の団員になっているのは、ひとえに実力以外で協調性を欠いていると国の上層部が判断したからなのだろう。
そもそも、協調性を欠いていると判断する基準がよくわからなかったりもする。
単に態度的にそうなのか、或いは実力がありすぎることで協調性がないとされているのか。
もし後者も判断の一因を担っているというならば、ロコの場合、周囲と合わせて魔道を使うくらいなら一人でも使える環境をという意味で第七に放り込まれた可能性もある。
……まぁ、協調性の有無で第七に入れられるか入れられないかを決めているのかどうかすらも、あくまでテニーチェがここまで団長をやってきての考えでしかないのだが。
「さて、先に進みましょうか」
大波を経てどこかげっそりとやつれた声で号令をかけるテニーチェ団長。
魔道を使ったわけでもないのに疲れたように感じるのは、十中八九ロコのせい。第七入団の判断基準とは違い、ここだけは明確たる事実で真実だった。
青い光が壁を駆けていくのを横目に、一行はさらに歩を進めていく。
道中大袈裟すぎる仕掛けに何度も出くわすも、その度にどう見ても本気出してないテニーチェや時折くっつき虫に変化するロコ、それから力試しとイグールやらヒュドア、髪の毛がくるぶしまである第七の姫アウウェン・トルス=ブロントロス、その他第七団員たちによって蹴散らすだの逆に被害を被るだのしつつ、まぁ特筆すべきことだらけで海空迷宮を攻略していったのである。
『あ、みなさん、もうそろそろですよ〜』
一部ボロボロな癖に治療してもらうことすらなく歩いている人もいる第七王宮魔道士団に、久方聞いていなかった声がかかる。海空さんの機械声だ。
『えと、この通路を抜けた後にある扉を超えていただければわたしの本体のいる部屋に着きますよ』
海空迷宮攻略も、どうやら終わりが近づきつつあるようだった。




