六十六 さんさんのさんさんさん
少々遅くなりました。
(書くスピードが致命的に落ちていることを思い知らされた前日から本日にかけての深夜でした)
「それで、お名前は?」
『ひゅい!? あ、……ぇと、ごめんなさい。記憶領域にデータがなくってですね……。たぶん、いつかのデータ整理の際に誤って削除してしまったのではないかと……』
「つまり、覚えてらっしゃらないと」
『ぁー……はい、そういうことです』
お茶目と呼ぶべきなのか、或いは長年言葉を交わせる相手がいなかったが故に以前まで呼ばれていた名前など必要ないと断じてしまったのか。
いずれにせよ、以下略さんの名前は今すぐには分からないことだけが現状であった。
「では、どのようにお呼びすれば宜しいでしょうか?」
『わわ、わたしをっ、ですか?』
「そうですね」
『ふぇぇ……ぇと、……えぇ…………何でも、いいですよ?』
困ったような声で返ってきた。以下略さん、自分の愛称とかを考えるのが苦手らしい。
「む、なるほど。……でしたら、海空様でいかがでしょうか」
『か、かいくうぅ……? えぇっと、わかりました。暫定の呼称として『海空』を設定します。――設定が完了しました。……ぁ、ごめんなさい。根幹機構にアクセスする時、設定上作業内容を読み上げるようになっているんです』
「ああ、そうでしたか」唐突に平坦な音調になった以下略さん改め海空さんにちょい不思議そうな視線を向けていたテニーチェは、ふむと納得の意を示した。
『あの、テニーチェさん……様……?』
「どちらでも、呼びやすい方で構いませんよ」
『えっと、では、テニーチェさんで。
その、わたしが観測していた限りでは、知的生命体はおろか微生物すら生まれる気配を感知できていなかったんです。なのでテニーチェさんたちは、特異的な存在です。……先ほどこの世界の隣の世界から、と言ってましたけど、そこも含めてテニーチェさんたちの由来をできるだけ詳細に聞いてもいいですか?』
わかりました、とテニーチェは頷くと、口を開く。
おそらく、海空さんは別界という概念そのものを知り得ていないようだったので、虹の世界では割と常識的な説明も含めながら。
そしてさすがは人工的に作られた技術結晶といったところか、呑み込みは早かった。さっきまでと比べて話す際の流暢さが桁違いに良くなっているのは、開発者が埋め込んだとかいう性格に仕事のオン・オフのような切り替えスイッチがついているからなのか、そうであるように作成されているだけなのかは判別がつかなかったが。
『……つまり、わたしのいるこの世界はあくまで数多くある世界の一つでしかない、ってことなんですね。
んー、正直テニーチェさんの話聞いてる限り、わたしの世界の技術も虹の世界の技術とそう大差ないように思えるんですけどね。魔道だとかいう、わたしの世界にはない概念があるからなんでしょうか?』
「それも含め調査をするために、海空様の中へ入る許可を頂けないでしょうか?」
『えと、それ自体は構わないんですけど……わたしを作った人たちが、迷宮をクリアしないと、当時の情報を伝えることができないようにしちゃってるんですよね』
つまるところはそういうことである。
「…………え、じゃボクたち、これから迷宮攻略ってことですか?」
『あー、そうですね。はい……』
きっと目があったら逸らしているんだろうなぁ……、なんてアージュスロはこっそり思ったのであったとさ。
ちなみに第七のみんなは、ヒュドア・ウィルフィーアさんの気付きに、テンションがバカ上がっていた。さすがは第七のみなさんでしたという話です。
そんな計27名の集団に、海空さんは『ぇえ……』と驚きを通り越して呆然としていた。




