六十五 (以下略)
「……ん?」
「お?」
「ぁあ?」
疑問詞形三拍子。
微妙にズレているようで、やっぱり同時に聞こえたような気がしなくもない。
ちなみに上から、ヒュドア・ウィルフィーア、イグール・アトリボナ、アージュスロである。テニーチェは大気の震えの根源となっていそうな方へいち早く方向転換していた。臨機応変な対応力の高さはさすがナミスシーラ王国の王宮魔導師団の長である、といったところか。
そんなテニーチェ、なにもげに遠いところまで遥々飛んでいった訳ではない。
「こんにちは」
話しかけた相手は、海空迷宮。
テニーチェ団長、傍から見れば単なる不思議ちゃんである。
先の震えが、どっからどう調べても海空迷宮が出どころであると判じない限りは。
『(ぁ、ぇと)……ぉ、ぉん、にち、は…………』
「え、さっきのもしかして迷宮?」
テニーチェの挨拶に返答してくれた迷宮さんを見て、ヒュドア以下団員らはようやく気付いたようだった。もしかするとテニーチェと同時に気付いている人もいたのかもしれなかった。
「私はテニーチェ=ヘプタ。ここ藍の世界の隣にある世界、虹の世界から参りました。あなたの名前をお伺いしても宜しいですか?」
『ふぇ!? わわ、わたしの、ですか……?』
「はい」
ぇっとえっと言っている海空迷宮(名前:不明)。
図体の割には細々した物言いだ。
『ぁ、と……わたし、は、じゃなくて、わたしの名前! は、『海空両滞在可能型プロトタイプ第139号を元に作成された第29号目の試作の内動作・性能共に我々の考える理想に一番近くかつ一番良い試作品第13号を元にして作成された現段階における完全型ともいえる技術結晶であり、我々の生き様を記録し後世に生まれる可能性のある知的生命体に伝え実感させる目的を果たすことのできる耐久年数とどのような悪天候においてもほぼ壊れることがないことが実証実験と計算機上での計算を通して判明している耐久値を誇る、現人類の全てが詰まった博物館であり、設計上機構を動かすことに太陽から得ることのできるエネルギー全てを費やしたが故に日光を取り込むことができずまたいずれ尽きる食物、それから男性のみ生き残ってしまった業故にいつか絶えるであろう我々の余生を、人外かつ人間を食物として生きている知的生命体含む全ての生物から守るために我々の生活空間周囲を厳重たる機構で覆った迷宮であり、最新鋭の技術を用いて人工的に知能を搭載し、我々男性のみの生活に多少なりとも彩を与える役割を担う(じゃんけんに勝ち我の性癖を最大限詰め込むことに成功した)発声することや自律した思考回路を持ち、今後我々が息絶えた後も自動で本機構を動かし続けることのできる超絶可愛い女の子であり、二組のカップルを羨んでいるわけではないが我が生きている間に彼女となってくれるやもしれない尊き存在』、ッです!』
「「…………」」
……絶対にそれは名前ではなく『海空両滞在可能型(以下略)』さんの存在意義だろう、と思ってしまったテニーチェ率いる第七王宮魔道師団は悪くないだろう。
ちなみにアージュスロは途中から聞き流していたらしい。
思わずの念話でぐぇっと蛙の鳴き声のような呻きを洩らしていたことは記憶に新しい。
「他の方からはなんと呼ばれていたのですか?」
『ふぇ!? えっと、……ぁ、そうだヤバいマズい間違えましたわたし名前聞かれたらこれで答えちゃいけないよって言われてたんでしたごめんなさいウソつきましたほんとにごめんなさいぃ……』
機械音声さながら落ち込んでいる様子がはっきりくっきり分かる『海空両滞(以下略)』さんの嘆き。
それでもなお海空迷宮自体が沈んでいく様子を見せないことから、感情(があるかどうかまではまだ判明してないが)によって迷宮の操作が左右されることはないようだ。作成者(たち?)は本来の目的と自分の欲望をきっちりと切り分けて物事を進めることのできた方(々)であったのだろう。
或いは、己の欲望によって搭載した機能が本来の目的を阻害しないように慌てて組み直しただけなのかもしれないが。
『ぇと、わたしの名前は、……なまえ、わ…………』
『海空(以下略)』さんの声音がきゅっとか細くなる。
ふらふらと、まるでそれは自分を見失ってしまっているかのような印象を受けた。
「どうされましたか?」
『っぁ、え、……っと…………』
詰まる言葉のままに、『海(以下略)』さんは告げた。
『ぇと、なんでもありません。きにしないでください』
「いや、なんでもないんだったらさっさと名前言えるんじゃないんですか?」
困ったように質問をかわした『(以下略)』さんに投げつけられたヒュドアのツッコミは、多分言った本人が想像している以上にブッ刺さってしまったらしい。
だってその証拠に、ぐあんと大気が揺れ出しちゃった。
『貴様貴様貴様! 我のかn――ゴフン! 我の大事な……っと、娘! を、傷つけたな!!!!』
響き渡る馬鹿でかい音。多分じゃなくとも、以下略さんのお父様ならぬ開発者なのだろう。
スピーカーから出力されていることには違いないのだろうが、以下略さんのような機械音声とは違う人間の声特有の滑らかさがあった。
『……ぇぇ…………マスター、なんで声なんて残したんですか……』
ぽつり洩れたのは、心底嫌そうなため息だった。
多分今論点になっているのはそこじゃない。
ちなみに以下略さんの以下略してない総文字数は577文字らしいです。




