六十三 どうやら任務が開始したようで
――と、いうわけで。
「……え、何も見当たらないんですけど」
ヒュドア・ウィルフィーアによる、困惑の声。
見渡す限りに広がっているのは、世界中の海愛好家が飛んで喜びそうなくらいに広がった海で、なんならテニーチェたち一行が立っているところも海だった。なぜ立てているのかって、転移門を出現させた直下すぐに床ができるようアージュスロが魔道を使っているからで在る。特段変わった理由ではない。
「団長さんよォ、こん時間って、確か、空に迷宮があるはずだって話じゃぁなかったか?」
ひゅぉ〜と通り抜けていく風が妙に心地よい。だって周囲に風を遮る何かはないんだもの。風も止まることを知らずに元気よく駆け抜けたくなっちゃうくらい、周囲には何もない。
むしろ転移門と床を引き連れ立っている総勢二十九名の方が異質かもしれないくらいに、辺り一面に広がる海の上には空しか広がっていなかった。
そんな、第七の魔道士団員たちが普段過ごしている虹の世界とは打って変わっての不思議な光景のここは、仮称で藍の世界と名付けられた場所である。
つまり、別界だ。
「まぁ、そういう日もありますよ」
そしてテニーチェは、在るはずのものがない理由を考えることを諦めた。
多分こっから探索を進めていけば理由も見つかるかもしれないという希望もあるし、まぁいいやと。わかんないことに固執し続ける方が時間の無駄だと考えるテニーチェであった。
どちらにせよ、探索はしなければならない。
藍の世界で現在発見されている唯一の構造物(?)を調べることが、今回の任務内容なのだから。
藍の世界と仮置きで名付けられたこの別界は、ナミスシーラ王国の管理下に置かれている。
去年以前の世界会議で探索が行われた結果、無人の世界と判別され、ナミスシーラ王国の管理下に置かれることになった、という経緯を持つ。
藍の世界という名前がまだ仮称なのは、もしかするとまだ見つかっていないどこかに、何か特徴的なものがあるかもしれないから。海と空とで青々しているのに藍の世界という仮称なのは、どうもこれから向かう構造物である迷宮の色が藍色だかららしい。それと、青の世界という世界は既にあるためにその名を使うことはできなかった、という経緯もあったりする。
改めて第七全員が揃っていることを確認したテニーチェが、転移門の技術者に合図を送る。
「転移門の方は閉じていただいて大丈夫です。帰りも、連絡を送ったら、同じ場所でお願いしますね」
「は、はぃ。でででっ、では、失礼しますっ」
王宮に属している技術者が転移門の向こう側に消えると、そのまま転移門も姿を消した。
仮称:藍の世界は一面海が広がっている。しかも時間によっては海から迷宮が顔を出す時もあるため、一定の場所に転移門を置きっぱにするのは非常に危険なのだ。
いや、危険というよりかは、迷宮が空に浮かぼうとして上がってくる時にぶつかりかって転移門が修復不能レベルの損傷を負う、と述べるべきかもしれない。
そもそも違う世界に転移門を送り込む時、世界を超えた転移で転移門を先に運んでから、座標を固定して転移が使えない人でも別界へ移動できるようにしている。回収する時も同様にして、世界を超えた転移で虹の世界に呼び寄せる手法を用いているのだ。
「では皆さん、一度海中に入りましょうか。このままここにいては、迷宮が上がってきた時に最悪の場合、死にかねませんので――」
「あ、団長、なんか海面が波立ってますよ」
「――……とりあえず、空の高い場所へ行きましょうか。迷宮の上辺が来るとされている地点のさらに上まで」
テニーチェは小さく手を振ると、唱えた。
「――――」
いつも通りの声な無き音を合図に、ふわっと団員たちの体が一様に浮かび上がる。アージュスロに念話で床を消すように命じつつ、テニーチェは魔道で団員全員を空に浮かぶ雲より高い場所へと運んだ。無論、上空の大気薄い問題の対策はバッチリしている。
主に、アージュスロが。
最近こき使われすぎじゃないかと、アージュスロは内心思っているらしかったり、なんとも思ってなどいないらしかったり。
一行が上空へ移動し、やがて壮大すぎる音を奏でながら、海よりなんか凄いのが出てきた。
「ぉ〜」
「ヒィ……」
「あれが、海空迷宮――」
団員たち(+アージュスロ)の洩れ出た感慨深きお言葉たちに、ふと、テニーチェは思った。
(ここまでの建造物、無人の世界にあるものとは、どうにも考えにくいのですが……)
海空迷宮の建築過程についても、今回の任務で分かれば良い。
もし過去に生きていた知的生命体らによる創造物なら、虹の世界等の魔道技術にも影響を及ぼすほどの発見すらありそうである。
ヒュドアの願いを叶えるための技術すら、そこには眠っているやもしれなかった。




